昨日の国会は森友学園祭りだった。大阪に新しく作られるという「安倍晋三」小学校がかなりめちゃくちゃなことになっていたからだ。Twitterから流れてくる話をまじめに読んでいると気分が悪くなる。
政治家が介入しないとあんなに不自然な取引は行われないはずだという声があるのだが、もしかしたらそういう話でもないかもしれない。NHKは安倍首相が「勝手に名前を使われて迷惑している」と態度を表明してからおずおずとこの件について報道しはじめた。それまでは「森友学園は支持者だ」などと言っていたので「なんか触るとやばいんじゃないか」と考えて調査していなかったのだろう。NHKは報道機関という名前を広報機関に変更したほうがよいと思うが、直接働きかけを受けたというよりも「官邸に脅されたらやばいな」と思っていたのかもしれない。
つまり官邸は、普段からやくざまがいの恫喝を行っていたことがわかるのだが、「森友学園」という安倍首相のお友達もかなりのタマだったようだ。俺のバックには首相がいるんだぞと嘯(うそぶ)きながら、土地を借り、それを原資にして各種補助金を引き出していた。途中から「ごみが出てきている」と難癖をつけて安い価格で土地を買い叩いた。政治家の斡旋があったかどうかは各機関が調査すればいいと思うのだが、本当に斡旋はなく「やばい人みたいだけど首相ににらまれたら厄介だから」と考えて言いなりになった可能性もある。「もう土地は要らないから後から難癖をつけてこないでね」という契約になっているようだ。
森友学園は安倍首相のお友達だ。安倍さんがおなかを壊して首相を辞めてから年寄りしか読まない右翼系の雑誌で「安倍さんが悪いんじゃなく、安倍さんを否定した世間が悪いんだ」などと盛り上げていた。「見かけは不良なのだが実はいいやつ」という評価なのだろう。しかしやっていることは怪しかったので、自分は合おうとせず奥さんをお使いに出していた。最終的には「私は知りません」と言えるからだ。安倍さんの国会でのあわてぶりをみていると「予想はしていたんだろうなあ」と思えてくる。
しかし安倍首相の愉快なお友達は「ワシは安倍首相と友達やねんで」と雑誌などで吹聴し、寄付金を集めていた。民進党が調査したところでは、森友にはお金がなく、当局もそれを知っていたようだ。そもそも学校が作れるかどうかすら怪しい団体だったのだ。
このように学校を補助金ビジネスにしようとしていた森友だが、運営している幼稚園はさらにひどかった。教育勅語を暗唱させ……などと言われていたが、実際には「右翼コスプレ」だったようだ。天皇・皇后の写真がぞんざいに飾られていて敬意などなかったのではという記事があった。
また「中国韓国に謝罪させるぞ」と幼稚園児に宣言させる一方で、子供がトイレに行かせるのが面倒なので時間にならないとトイレにいかせなかったそうである。汚物に腹を立てて子供のバッグにお弁当箱と一緒に突っ込んでいたそうだ。さらに、汚染物質が出てくるといっていた土も「お金がないから」という理由で敷地に埋め戻していたそうである。子供が遊ぶ土地だからきれいにしてやろうという気持ちは一切なかったようだ。
つまり子供は彼らの政治的な主張を刷り込む道具であって、子供の世話なんかどうでもよかったということになる。
ではさぞかし複雑な政治的主張があるかといえばそういうわけでもない。「中国と韓国はダメ」というような全く中身がないもので、中には「コーラは韓国人が飲むものだからダメ」というようなものもあったようだ。この理屈だとアメリカ人は韓国人ということになってしまう。
つまり「現在の愛国主義者」というのは俺の言うことを聞かせるための道具として天皇の権威や子供を利用するだけの人ということになる。安倍首相はそういうやばい人たちを「でも俺のファンだからだなあ(永田町用語では「私の考え方に非常に共鳴している方」)」といって放置していた。いつもマスコミや役所を恫喝していたので「安倍のお友達」を放置していた。
さて、ここまでは「森友学園ってひどいね」という話だがもう一つ驚いたことがある。かなりひどいことが知られていた塚本幼稚園だが「淀川区にはほかに通わせる幼稚園がない」という理由で通わせていた親が一定数いたそうだ。市立幼稚園がない地域もあるという。
さすがに「幼稚園がまったくない区」というのは関東圏では考えられないような気がする。淀川区がどんな地域かは知らないが、よほどの貧困が進んでいるのだろう。維新の党は国会でも全く中身のない質問を繰り広げているが、経済が荒廃するとこういう人たちが沸いてくるのだ。
もともと大阪は政治に信頼感がなく昔からテレビタレントなどを市長や府知事にしていた。これが貧困を生み、貧困がさらに中身のない政治家を増殖させるという構図があるのかもしれない。これを「日本の大阪化」と呼びたい。
日本が大阪化すれば憲法レベルで森友学園みたいな存在を容認することになるかもしれない。当然子供は単なる道具のように使われることになる。国家レベルで推進しなければならない事業なんかあるわけはないので、国の私物化が始まるのだろう。