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アメリカ連邦政府の社長気取りのイーロン・マスク氏が生じさせる混乱

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ウクライナ問題に関する記事では伝統的共和党タカ派とMAGAの間に広がるひびについて書いた。このひびを叩き続けばおそらく大きな亀裂に発展するだろう。だが内政でも混乱が広がっている。イーロン・マスク氏が「アメリカの社長」になりつつあるのだが幹部職員たちはマスク氏に忠誠を誓ったわけではない。

マスク氏がこれまで経営してきたのはスタートアップと呼ばれる比較的規模が小さな会社ばかりだ。この手法を伝統的大企業に持ち込もうとしているようにも見える。

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アメリカ合衆国では連邦職員の解雇が問題視されている。真面目に連邦のために尽くしてきた事務職や軍の高官などが一方的に職を解かれており真面目な職業倫理を持つ一般のアメリカ人にとっては耐え難い屈辱に見えるだろう。

これまでは連邦職員とアメリカ合衆国政府という対立だった。これが変質しつつある。内部の権力闘争に発展しつつあるのだ。

これについて考えるためにはまずアメリカ型の会社について理解しなければならない。

日本では営業部に所属する社員は営業部長の部下になる。営業部長は人事採用権を持たない場合があり社員は「総合職」として人事が採用する。

「当たり前ではないか」と思うかもしれない。

このため「情報システム部」の部長が情報システムについて知らないということが起こる。情報システム部長が部員を採用するわけではないのだから自分の部門を運営するためにどんな技能が必要なのかを知らなくてもいいからだ。また広報のスペシャリストのような部門も成立しにくい。営業畑の人が広報を担当し「これは少し違うのでは?」ということが起こるだけでなく、そもそも営業と広報の違いがわからない広報部員という人達も出てくる。

フジテレビでは港浩一前社長の企業統治や広報に関する知識不足がCM企業撤退という大惨事につながった。所詮は制作屋でありそれ以外の企業経営について勉強する機械がなかったのだろう。日産でも同じような問題が指摘されることがある。日本ではプロの経営者やマネージャーが育ちにくい。

アメリカ合衆国では予算を与えられたプロの管理職が自分でどんな人を採用するのかを決める。ジョブ・ディスクリプションを人事に渡して人を探してもらったり自分の人脈から人を連れてきたりする。また、自分が採用した部下は自分が管理するのだからレポートを上げさせる。

このため上司・部下ではなく「report to〜」という表現が使われることがある。外資系ではよく聞かれる表現だが大きな日系企業でこのような表現を採用している所も多いのではないだろうか。組織所属概念ではなく個人的な人と人のつながりが重要視されるのだ。

イーロン・マスク氏は「何をやったのか自分に報告せよ」とすべての連邦職員に求めた。これはすべてが「マスク氏の直轄である」ということを意味する。スタートアップ企業の素早い判断力を連邦政府に持たせようとしたのだろう。

問題が3つある。

まず連邦政府は極めて複雑な組織であり1人の人間がすべてを管理することなどできない。

次にマスク氏の立場が曖昧だ。いくつもの企業を抱えるマスク氏は利益相反の可能性がある。司法省が監督することになっているのだが「特別連邦職員」という特殊な立場に置かれており上院などの監査が入りにくい仕組みになっている。

司法省もあてにならない。

ニューヨーク市のアダムス市長は汚職容疑を抱えていたが連邦司法省は起訴を取り下げた。移民追放に協力するという裏取引があったと見られており副市長たちが辞任の意向を示している。ホークル州知事は「罷免はしない」としつつも特別監査のためのポジションを新しく作り混乱収拾に乗り出している。

この事例でわかるようにアメリカの法秩序は「ディール次第」という状況に陥っている。

最後にマスク氏の「先週やったことを5つ報告せよ」という通達はその他の管理職の否定に見える。高官はトランプ大統領に忠誠を誓ってはいるがマスク氏とは無関係である。つまり高官はマスク氏とレポート関係にない。

このためトランプ氏に任命された高官たちの間に強い反発が生じているようだ。BBCは2つの事例を紹介しているが、マスク氏の内政干渉に見えるのだろう。

BBCがアメリカで提携するCBSニュースが入手したメールによると、パテル氏は、「FBI職員は、OPMから情報提供を求める電子メールを受け取ったかもしれない」、「FBIは、すべての(人事)審査プロセスを長官室を通じて仕切っている。FBIは、FBIの手順に従って審査を実施する」と述べていた。

マスク氏、米政府職員に「先週したこと五つ」メールするよう指示 一部省庁は「従うな」と

国務省も同様のメールを職員に送り、指導部が省庁を代表して対応すると述べた。ティボール・ナジ管理担当次官代理は、「省内の指揮系統を外れて、自分の行動を外部に報告する義務は、職員には一切ない」と説明している。

マスク氏、米政府職員に「先週したこと五つ」メールするよう指示 一部省庁は「従うな」と

トランプ大統領はマスク氏を選挙を抱える議員たちを抑え込む武器として利用している。トランプ大統領に逆らえば豊富な資金力を持つマスク氏による刺客候補を送られる可能性がある。またトランプ大統領は連邦政府の「マネージャー」になるつもりはない。このため彼に代わって行政を取り仕切ってくれる社長を求めている。

しかしトランプ大統領の行政に対する無責任さは行政府内部に司法闘争だけでなく権力闘争を持ち込みつつあるようだ。

法律や一貫した価値観はなく「トランプ氏が誰を気に入っているか」によって判断はコロコロと変わるだろう。

ディールベースの外交はプーチン大統領に利用されつつあるように見える。プーチン大統領はトランプ氏に合わせた「言語」を話しトランプ大統領をコントロールしようとしている。一方、トランプ大統領はマスク氏を理解できていない。このため常に想定を超える混乱が引き起こされることになっており、アメリカの行政府の中に強い混乱を引き起こしつつある。

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