ゼレンスキー大統領が退任を決断したとしてニュースになっている。見出しだけを見ている人の多くが内容をよく読んでいないようだ。実は続投宣言になっている。このニュースで最も興味深いのは日本人が持つナイーブさと一部の日本人の持つ「きれいごと」への憎悪である。
ゼレンスキー大統領を実力がなく「きれいごと」だけの人物だと評価する人は意外と多い。実力主義者のトランプ大統領と対立構造におかれている。
実はこの枠組みこそがあやしい。
小泉悠氏と小原凡司氏ががYouTubeでウクライナ情勢の分析を行っている。このなかで小泉氏はゼレンスキー大統領もトランプ大統領と同じポピュリストであると言っている。
プレゼンテーションの中にある勝利計画について調べてみた。確かに小泉氏が指摘する資源管理についてはゼレンスキー大統領から提案されている。ポイントになるのは「公開されない附則条項」だ。BBCは3つあるとする。小泉氏は中国排除であると断定しているが根拠は示されていない。
- Inviting Ukraine to join the Nato military alliance
- The strengthening of Ukrainian defence against Russian forces, including getting permission from allies to use their long-range weapons on Russian territory, and the continuation of Ukraine’s military operations on Russian territory to avoid creation of the “buffer zones” in Ukraine
- Containment of Russia via a non-nuclear strategic deterrent package deployed on Ukrainian soil
- Joint protection by the US and the EU of Ukraine’s critical natural resources and joint use of their economic potential
- For the post-war period only: replacing some US troops stationed across Europe with Ukrainian soldiers
ご存知のようにEUはもともと鉄鋼・石炭の共同開発から始まっている。ウクライナは同じようなプランを提示して安全保障を求めているということになる。このためできるだけ高くウクライナの資源に値札を付けたい。
トランプ大統領はゲームのロジックを理解できない。かなり焦っているようだ。もともとケロッグ氏を特使にしていたが機能しなかったため中東担当のウィトコフ氏が出てきた。妥結は目前と語っているがトランプ大統領に対するCNNを通じた言い訳にしか聞こえない。一方でウクライナ側は「長いお話し合いになりますね」といっている。戦争で攻撃を受けている国にも関わらず自分たちの資源をできるだけ高く売りたいのだ。
なぜ附則がポイントになるのか。
果たしてゼレンスキー大統領はアメリカとヨーロッパに同じ提案をしているのだろうかという点がまず気になる。仮にヨーロッパがこの提案を魅力的だと考えていればまず「アメリカの軍事支出で格安に資源を手に入れたい」と考えるだろう。またヨーロッパはすべてをトランプ大統領の持ち逃げを許さないはずだ。モノポリーはボードゲームの世界だけで成立するゲームであり「勝者総取り」は特にヨーロッパでは通用しない考え方である。
トランプ氏はウクライナに対し、「5000億ドル(約75兆円)相当」のレアアースを要求している。これは公開されている米国の援助実績を大幅に上回っており、ウクライナは応じない姿勢を示している。
トランプ氏、対ウクライナ支援と同額「取り戻す」(AFP)
トランプ大統領はおそらくゼレンスキー大統領の勝利プランを最大限都合よく解釈しようとしたがヨーロッパには受け入れられなかったという見方ができる。イギリスが何を期待しているのかはよくわからないがとにかく継続支援すると言っている。ヨーロッパはアメリカが資源を総取りすることを許さないだろうが戦争が終わるまでは資源にアクセスできないというジレンマも抱える。
日本では「大国に翻弄される悲劇のウクライナ」というシナリオが確定的に語られている。80年も戦争を経験していないのだからこのようなナイーブなシナリオに支配されるのはやむを得ないのかもしれない。そしてこのシナリオが確定的であればあるほど「オールドメディアの決めつけだ」と反発する人が出てくる。このニュースには様々なコメントが寄せられているが、大体は決められた構図の中の対立構造になっている。
自分たちはメインストリームであると考えている人たちは「正当に認められていない」という不満を感じているのかもしれない。このためきれいごとをふりかざすだけで優遇されている人たちを選択的に作り出し攻撃するのだろう。だが彼らをいじめたところで自分たちの処遇が改善されるわけではない。
トランプ大統領もこうした複雑な国際情勢(いわゆる政治)を理解できない。だからこそ彼は政治の世界ではアウトサイダーであり政治を通じた利権にアクセスできない。同様に政治の外側に置かれていた国民もトランプ大統領を支援する。
BBCは「平和の配当」についても言及している。平和が実現すれば軍事費を削減し経済成長に回すことができる。しかし再び冬が始まればこうしたリソースを防衛のために割かなければならない。トランプ大統領や「政治からマネタイズ出来ない」一般国民たちは、結果的にこの平和の配当を破壊しようとしている。
日本ではゼレンスキー大統領は大国に振り回される悲劇の人物だとみなされることが多い。だが今回の「退任宣言」を見ると別の姿が浮かび上がる。ゼレンスキー大統領は平和が実現すれば退任すると言っていて、そのためにはNATO加盟が必要であるとしている。つまりNATO加盟が実現するまでは戦争は終わらずしたがって自分は辞めないということになる。ネタニヤフ首相と同じロジックである。
ロシアとアメリカが選挙を画策する中で堂々と続投宣言をしているわけで「単なる被害者」ではないということがわかる。これくらいの野心家でなければそもそも俳優が「本物の大統領」を目指すことなどない。