トランプ大統領が嬉々としてアメリカ合衆国の軍事的優位を破壊している。この動きを喜んでいるであろう指導者も多いものと思われる。プーチン大統領は積極的に介入し習近平国家主席は沈黙を貫いてる。
プーチン大統領の画策はアメリカとヨーロッパの引き剥がしだ。「スパイ」としてはおそらく基本的な工作であり驚くに値しない。だがトランプ大統領はプーチン大統領から頼まれたわけでもない行動も取っている。軍の幹部を軒並み粛清してしまった。
自身も現地で東ドイツの崩壊を経験したプーチン大統領は民衆蜂起を恐れている。ウクライナの民衆蜂起が自国にも波及するのではないかという警戒心を持っており、隣国ウクライナをベラルーシのように無効化したい。このため親ロ派の大統領を立てるのだが工作に失敗した。2013年のマイダン革命によってヤヌコビッチ大統領は追放され、これがクリミア半島とウクライナ東部への侵攻につながっている。
NHKはプーチン大統領をよく知るミハイル・カシヤノフ氏をインタビューした。カシヤノフ氏は2000年にロシアの首相としてプーチン大統領のもとで働いた経験があるそうだ。現在は外国の代理人(スパイ)に指定されておりプーチン大統領とは敵対関係にあるため、彼の政治的ポジションは割り引いて考える必要があるが、それでも読ませる内容に仕上がっている。
プーチン大統領が目指すのは大国(アメリカとロシア)が勢力圏を分け合う帝国主義的な世界としたうえで、あくまでも停戦を目指すトランプ大統領とは折り合わないであろうとしている。しかしプーチン大統領は人心掌握術に長けておりトランプ大統領に「希望」を抱かせている。結果的にトランプ氏は自らのカードを手放してしまったというのがカシヤノフ氏の考えだ。
ただし2025年末にかけてロシアが経済的に困窮すれば交渉に乗り出す可能性もあると付け加えている。カシヤノフ氏の発言は極めてロシア的。つまりヨーロッパにウクライナへの継続的なコミットメントを促すためのニンジンをぶらさげてるのだ。
トランプ大統領は「ウクライナは近く対米経済協力案に同意するだろう」としている。日本でも想定外のアイディアを出してくるトランプ大統領の突破力に期待する人は多いようだ。
ところがここで疑問がわく。
仮にアメリカ合衆国がウクライナに鉱物権益を獲得したとする。ところがこれは文明の衝突の前線(フロントライン)に極めて近い防衛コストの高い資源になるだろう。企業投資家は安全の確証が得られるまでは現地に投資しないはずだ。しかも鉱物資源はウクライナの東部に偏在している。ロシアも一部権益を確保するものと見られている厄介な土地だ。
さらにウクライナ人は眼の前でアメリカ合衆国が鉱物資源を搾取するのを指を加えてみることになるだろう。
つまり、獲得した財産は武力で内外の抵抗勢力から守る必要があるということだ。トランプ氏のプランは経済的にはある程度合理的なものかもしれないが軍事的視点に欠けている。つまりロシアの再侵略を許さずなおかつウクライナ人を懐柔するためのプランに欠けているのである。
現在唯一提起されている解決策はロシアがウクライナに侵攻してきたらNATO加盟を即時で認めるというアイディア。だがNATOはそもそも紛争が起きている国の加盟を認めていないうえにトランプ大統領の側近であるバンス副大統領はヨーロッパの政治家は「内なる敵である」と挑発してしまっている。いざとなったら米軍が出動せずにアメリカの既得権益をヨーロッパにも守ってもらうというのは虫が良すぎる。また仮にプーチン大統領がウクライナをロシアの勢力圏とみなしているならばそもそもウクライナのアメリカ権益を認めるはずもない。
しかし話はここで終わらない。そもそも軍隊の強さはどこから由来するのか。設備や世界的広がりはもちろん重要だが、兵隊の士気も大きなファクターとなるだろう。
トランプ大統領は黒人のブラウン統合参謀本部議長とフランチェッティ海軍作戦部長らを解任した。ブラウン氏は、ジョージ・フロイド氏が警官に暴行死させられたときに異例のコメントを出している。自身も黒人として過小評価と戦ってきたという。フランチェッティ氏も女性発の海軍トップだった。
今回トランプ政権が問題視したのは軍人としての力量ではなく「多様性推進」姿勢だった。アメリカのメインストリームの白人男性たちのなかには「優秀な自分たちが黒人や女性に負けるはずはない」と考える人たちがいる。この考えを正当化するために「黒人や女性が昇進する裏にはなんらかのインチキがあるに違いない」と考える傾向がある。また、ヒスパニックの男性も男尊女卑の文化を持つという。なかには「女のしたでは働きたくない」と考えるひとたちがいるようだ。
軍隊を支えるマイノリティや女性たちはおそらく「この政権のもとで自分たちが正しく評価されることはないだろう」と考えるだろう。
またBloombergによると試用期間中だった非軍人が5,400人が解雇される。軍はおそらく今後人手不足の影響を受けることになる。すでに退役軍人たちはトランプ政権と対峙しており命をかける価値のない軍隊になりそうだ。
先日「マールアラーゴ合意仮説」をご紹介した。トランプ大統領の政策はどれもドルの価値の毀損につながるがお金を借りている企業家はむしろインフレによる債務の減価を喜ぶのではないかという現時点では荒唐無稽に思える話だ。
だが彼らにとって見れば将来すべての批判を引き受けてくれるであろうトランプ大統領ほど便利な存在はいない。
同じようにアメリカをライバル視する外国勢力にとってもトランプ大統領の諸政策は極めて都合良いものに映るだろう。
特に難しい働きかけは必要がない。アメリカ合衆国に向かって「一緒に世界を支配しましょう」と持ちかけつつ「平和の使者」になりたがっているトランプ大統領を支援して見せるだけで良い。プーチン大統領はこのあたりが実によくよくわかっており「ドナルドと会うのが楽しみだ」と言っている。
カシヤノフ氏は次のように分析する。彼の政治的ポジションは割り引いて考える必要があるだろうがこの認識自体はおそらくさほど間違っていないのではないかと思う。アメリカ合衆国をヨーロッパから引き剥がし国際的地位を落としたうえで「交渉相手」にしたいのではないか。
「彼(プーチン大統領)の計画の中では、ウクライナはアメリカとの関係を築くうえでのひとつの要素に過ぎません。ソビエト時代そうだったように、2つの大国が世界の運命を決めることを彼は望んでいるのです。ウクライナ問題があれば中東問題もあり、核軍縮や核兵器管理など様々な戦略的テーマについて話し合いを続けること。プーチンが求めているのはそういうことで、あらゆる国際的な問題やヨーロッパにおける安全保障の新たな枠組みについて協議したいと思っているのです。ここヨーロッパはプーチンの勢力圏、アメリカやそのほかの地域はトランプ大統領の勢力圏というふうに」
プーチン大統領の思考を知る男が語る“トランプ交渉の危うさ”(NHK)