ミュンヘンで安全保障会議が開催された。ヨーロッパの参加者たちは「トランプ政権がどんな外交姿勢を示すのか」に注目していたがバンス副大統領は突然ヨーロッパを批判し始めた。
主語は「私」でありバンス副大統領の強いルサンチマン(恨み)を感じさせる内容でヨーロッパとアメリカ合衆国では衝撃が広がっている。
ただおそらくこの会合で日本がどう行動するかが伝えられることはないだろう。どうせ何もしないことがわかっているからである。
これまでの安全保障会議ではロシアが批判されることが多かったがバンス副大統領が批判したのはヨーロッパの「内なる敵」だった。しかも主語がアメリカ合衆国ではなく「私」になっている。
また欧州に及ぼすロシアと中国の脅威についてはこれを重要視しない姿勢を強調。「私が欧州に関して最も懸念する脅威はロシアではなく、中国でもない。その他のいかなる外的主体でもない。私が懸念するのは内側からの脅威だ。欧州がその最も根本的な部類の価値観から後退してしまうことだ」と語った。
バンス氏、演説で欧州同盟国を痛烈批判 ロシアと中国の脅威は重視せず(CNN)
これを理解するためにはいくつかの背景情報が必要だろう。
バンス副大統領は破綻したアパラチアの破綻した白人家庭に育ちそこから脱出するために軍隊に志願する。そしてそこでエスタブリッシュメントたちの「欺瞞」に気がついたとされている。自分たちは利用されているだけでいい思いをしているのはエスタブリッシュメントなのだと深く恨むようになった。
さらに、アパラチアの住民らについて、「ひどい状況に対して最悪の方法で対処している」とし、「社会の腐敗にあらがうのではなく、それを助長する文化」の産物だと記した。
【米大統領選2024】 ヴァンス副大統領候補はどんな人物か かつてトランプ前大統領を酷評(BBC)
その後、オバマ大統領に期待するのだが、オバマ大統領も所詮はエスタブリッシュメントだったと考えるようになり、最終的にトランプ大統領(お金持ちの白人だが政治の世界ではアウトサイダーだった)に接近する。
このように「私」としてのバンス副大統領は自分たちを「利用」してきたエスタブリッシュメントに深い恨み(ルサンチマン・リゼントメント)を持っている。この「復讐の機会」が安全保障会議だったようだ。
今日のメインテーマは「日米同盟の今後と経済への影響」なので先にこの問題を片付けておく。現在のアメリカ合衆国は経済・軍事に対する自信と「自分たちはもっと評価されても良いはずだという劣等意識」がメインテーマになっているように感じられる。つまり日本は主役でも脇役でもない。だから、日本政府がアメリカに経済的メリットを直接働きかけても実はあまり意味はない。
ただ、アメリカ合衆国の「私」が持っている強い不満は日本人が想像する以上に大きなハレーションを生み出しつつあるようだ。
まず、関税を通じた恫喝は被害を受けるであろう大きな市場を持たないアジア各国に複雑な感情を巻き起こすはずだ。
バンス副大統領は今回の一連の演説でドイツ政界のタブー領域にも踏み込んでしまっている。それがドイツ政治へのあからさまな介入だ。BBCは次のように伝える。
独極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアリス・ヴァイデル首相候補は、後に、ヴァンス氏の演説の一部をソーシャルメディアで公開し、「素晴らしい」と称賛した。独公共放送ZDFによると、2人はその後、面会したという。
ヴァンス米副大統領、言論の自由と移民問題めぐり欧州を「口撃」(BBC)
これまでアメリカ主導の平和に依存し独自の外交政策を持たなかった日本にとって非常に難しい状況が生まれつつある。
これまで日本は自由主義主要先進国の中で唯一のアジアからのメンバーと言う地位を享受してきた。しかしトランプ・バンス政権の誕生によりこの結束が揺らいでいる。当然中国はこの状況を利用しようとするだろう。アジアの各国は関税によって恫喝されヨーロッパは安全保障上の大きな転換点に立たされている。
例えば台湾海峡問題について考えるならば、中国は理不尽な敵とはみなされなくなるだろう。
中国はウクライナ支援でイギリスで協力すると申し出た。戦略対話が実施されたのは6年半ぶりだったそうだ。ウクライナはウクライナの優位が確認されるまでは停戦交渉には応じないとしておりヨーロッパもこれを支援する姿勢だ。記事ではドイツの首相の名前が上がっている。一方NBCではトランプ大統領がウクライナの希少資源の5割をよこせと要求し断られたと伝えている。
ヨーロッパはそもそもロシアとアメリカが頭越しに和平交渉を始めることを快く思っていなかったが、バンス副大統領が自分たちを「内なる敵」扱いしたことに感情的な憤りを感じている。これを目ざとく見つけたのが中華人民共和国だ。
では日本はこの動きにどう呼応しているだろうか。多くの人が予想した通り「何もしない」のが日本の姿勢だった。ヨーロッパへの協力は申し出たが、アメリカ合衆国を批判するようなことはなかった。世界は日本に何が正しいかの意見を聞いているのではない。日本がどう行動するかを知りたがっているのだ。
岩屋外相は15日夕(日本時間16日未明)、ドイツ・ミュンヘンで開かれた「ミュンヘン安全保障会議」に出席し、ロシアによるウクライナ侵略を巡り、「正しく終わらなければならない。ロシアが勝者になる終わり方であってはならない」と訴えた。
岩屋外相、ウクライナ侵略で「ロシアが勝者になってはならない」…ミュンヘン安保会議で表明(読売新聞)
日中貿易摩擦では日本が漁夫の利を得られるかもしれないと考えられているが、安全保障では構図がやや異なっている。