NVIDIAの株価が大幅に下落した。1日で失った自己総額としては過去最高だったようだ。この原因になったのがディープシークという中国系のAIアプリだった。中にはスプートニク級の衝撃という人がいる。様々な論点があり大変興味深かった。
全体で155兆円が吹き飛んだ
読売新聞はNVIDIAだけで一日に90兆円の価値が失われたとしている。Bloombergによると全体で155兆円近い価値が失われたそうだ。ただしMETAの株価は最高値をつけたという。起業決算を前に期待が高まっているようである。
米国株式市場で人工知能(AI)投資への懸念から1兆ドル(約155兆円)近い時価総額が消失した27日、メタ・プラットフォームズ株価は最高値を更新した。これは同社のAI戦略に対する投資家の信頼の表れと言えそうだ。
メタとマイクロソフト、AI投資の評価で株価に明暗-29日決算に注目(Bloomberg)
そもそもなぜディープシークが衝撃だったのか
そもそもなぜディープシークが衝撃的だったのか。
これまでは生成AIシステムには高度なAI用集積回路が必要だとされてきた。ところが、ディープシークは安価な集積回路で同じような性能を発揮したとされている。この性能が「公開のアリーナ」で証明されたため業界に衝撃を与えた。アメリカ型のオープンなプラットフォームが世界中から富を引き付けていることがわかる。
ただしBBCは「コアの集積回路はNVIDIA製なのではないか」との見方を出している。つまり中国が自前の半導体だけを使って開発をしているわけではないかもしれないということだ。
梁氏は大学で情報電子工学を学び、現在は中国への輸出が禁止されている米エヌヴィディアの半導体(チップ)A100を大量に蓄積したと報じられている。専門家によると、推定5万個とも言われるこの集めたチップを、現在も輸入可能なより安価で低性能のチップと組み合わせたことが、梁氏がディープシークを立ち上げるきっかけとなったと考えられている。
中国「ディープシーク」AIアプリが人気、米ハイテク企業の株価急落 どんなアプリなのか(BBC)
アメリカの株高はマグニフィセント・セブンに偏りすぎている
今回の出来事をきっかけに「マグニフィセント・セブン」の優位性は一夜にして崩れてしまうかもしれないとの懸念が高まっている。
トランプ大統領の登場でアメリカの金融市場はボラティリティが高まっている。このためリスク資産の中でも比較的安全とされるマグニフィセント・セブンに富が集中する。この例外的なアメリカの株価(特にマグニフィセント・セブン)の好調さがが一夜にして新興勢力によって崩されてしまう可能性が現実のものになったと言えるだろう。
米金融市場がこれほどわずかな銘柄に翻弄されたことはなく、「マグ7」は今やS&P500種全体の時価総額の35%超を占めている。一方、世界の株式投資のうち、米国市場は過去最高となる3分の2を占めている。
コラム:中国AIのディープシーク、揺るがすのは「米国の例外主義」か(REUTERS)
ただし後述するように「AIブームはますます加速するだろう」と見る人達もいる。つまり「祭り」としてのバブルはまだ終わらないかもしれない。
アメリカだけは特別という例外主義の終わりと保護主義の限界
当初このニュースを聞いたとき「アメリカが独占してきた原爆開発にソ連が参入してアメリカの一国優位状況が崩れたのに似ている」と感じたのだが一般には宇宙開発競争に例えられるようだ。TBSはスプートニクの瞬間と表現している。CNNによると投資家のマーク・アンドリーセン氏の「スプートニク・モーメント」がオリジナルのようだ。
バイデン大統領は世界をTire1・Tire2・Tire3に分けて半導体の輸出規制を行った。アメリカの同盟国は概ねTire1に入っているが敵対国はTire3になる。理論上はこの保護主義によりアメリカの優位性は守られるはずだった。
しかしながら今回安価な半導体を使った成功事例がオープンな共通基盤である「アリーナ」によって認定されたことでこの戦略に狂いが生じたといえる。
奢れるアメリカ人と謙虚な天才
中国のハイテク業界は「中国には豊富なIT人材がいる」と成果を強調する。一方のアメリカではラストベルトの白人を中心とした保護主義的欲求が高まっている。また「中国はアメリカから盗んだに違いない」と息巻く人達もいるようだ。アメリカ人の自信の喪失と一種の奢りはアメリカの優位性を揺るがしている。
ところがトランプ大統領の主導するスターゲイト・プロジェクトにも参加しているサム・アルトマンCEOは「ディープシークの実力は本物であり侮るべきではない」と評価している。このあたりの冷静さはぜひ見習いたいものだ。
サム・アルトマン氏がAI分野でトランプ大統領に接近したことを快く思わないイーロン・マスク氏は「スターゲイト・プロジェクトなどうまく行くはずがない」とケチをつけていた。トランプ大統領は「マスク氏はアルトマンCEOが嫌いなのだろう」と問題視しない考えだった。
マスク氏を一人勝ちさせず常に宙吊りにしておくあたりにトランプ大統領の独特なバランス感覚が感じられる。大統領としては問題があるがビジネスマンとしてはそれなりに経験があるということなのかもしれない。
AIは第二の核爆弾になるのか?
今回中国にライバルが生まれたことでトランプ氏に「アメリカ勢も必死で頑張らなければならない」と主張する根拠が生まれた。またベンチャーキャピタルも安くて革新的なイノベーションはAI市場に活気をもたらすだろうと今回の動きを歓迎している。
しかし、この動きには当然懸念点もある。AIはやがて人間が制御できなくなるまで性能が向上するだろうと言われているそうだ。バイデン政権下では「AIの知性は賢い人間がコントロールすべき」という考え方をする人たちもおり一時はアルトマンCEOの解任にもつながっている。
「とにかく中国に負けてはいけない」という勝ち負けの問題になってしまうことでAIの開発競争が加熱し最終的に人間がコントロールできなくなる可能性は大いに高まった。AIをドローンと組み合わせると人間なしで戦争を行う事もできる。そうなればAIは第二の核爆弾のような存在になるだろう。人間の知性が試されている。