読売新聞が「告発者を懲戒処分とした組織と個人に刑事罰、3000万円以下の罰金など…公益通報者保護法改正案」という記事を書いている。いわゆるアドバルーン(観測気球)で世論の反発がなければ法案が議論されることになるのだろう。政府御用達の観測気球打ち上げ機関としての役割をきちんと果たしているようだ。
ここでは、そもそも「公益通報とは何か」をおさらいしたあとで、この刑事罰に実効性があるかを簡単に議論する。
公益通報は「内部告発」の一部。本来は外部への情報漏洩は厳しく制限されているが公益に合致する場合に限り例外的に告発が認められている。内閣府の情報によると公益通報窓口は勤め先・行政機関・報道機関などとされている。公益通報受付の国家機関はない。またおそらく報道機関の取り決めもないのではないかと思う。いずれにせよ報道機関も信頼されていないため週刊誌が多用される場合が多い。しかし週刊誌は公益のためではなく自分たちの販売部数を伸ばすために情報を加工することが多い。
今回の議論のきっかけは兵庫県知事を巡る公益通報の扱いの不備だがフジテレビの女性従業員が保護されなかったことでも世間の注目を集めた。
例えばパワハラやセクハラも内部通報の対象になると判断されることがある。
いわゆるパワー・ハラスメントやセクシュアル・ハラスメントには、様々な行為があります。その中でも、ハラスメントが暴行・脅迫や不同意わいせつなどの犯罪行為に当たる場合は、公益通報者保護法によって保護される内部通報に該当します。
組織の不正をストップ!従業員と企業を守る「内部通報制度」を活用しよう
ここでいくつかの疑問が出てくる。
第一の疑問は「公益通報窓口の信頼性をどう担保するか」だ。公益通報窓口はこれまでも内部告発者を保護するとされているがまともに機能しないケースのほうが多い。さらに公益通報窓口は(裁判所ではないにも関わらず)ハラスメントが「犯罪級」なのかを審査しなければならない。大きな会社は弁護士に相談できるだろが経済的余力がない会社もあるだろう。結果的にマスコミさえ信頼されない。代わりに機能している「目安箱」が週刊誌だが週刊誌報道は様々なハレーションを引き起こす。公益保護に完全に役に立っているとはいい難い。
第二の疑問は公益通報が経営幹部・行政組織幹部を対象にしていた場合の問題だ。実は兵庫県とフジテレビの問題はともにトップが関わっていたことがわかっている。この場合、そもそもコンプライアンス担当に情報が伝達されない可能性がある。仮にコンプライアンス担当が情報を把握していたとしても公益と経営者の板挟みになるだろう。最悪のケースではコンプライアンス担当だけが処罰される可能性もある。
「こうした隠蔽体質をカバーするのが刑事罰の目的であろう」と考える人もいるだろう。ここで役に立つのがケーススタディーだ。先日、中居正広さんの問題を考えるためにフジテレビとSMAPの歴史を調べた。
このケースのポイントは「2023年6月の段階では経営幹部は情報の抑え込みに成功したと考えていた(おそらく)」という点にある。これが2024年12月に何らかの理由でフジテレビの管理できない方法で表沙汰になってしまった。被害女性とみられるアナウンサーのSNSには今でも非難が殺到している。ネットの誹謗中傷は許されるものではない。
ただし仮に被害者の側がなんらかの「強い覚悟」を持って、管理されないところに情報を出すケースが今後出てくるかもしれない。組織に守ってもらえなかったという極めて強烈な動機があり対抗手段のために経済力を身に着けたいと考える人は必ずでてくるだろう。つまり、利益追求のための不完全な情報公開という可能性が生まれているのである。
そもそも、幹部の側に強い隠蔽の意識があっただろうか?
社内向けの説明会で会長がこんな事を言っている。嘉納会長は何かを隠しているわけではない。そもそも当事者意識がなく「なんでっていわれると困っちゃう」と言っている。心理状態としては叱られた5歳児に近い。
テレビ局は政府の許認可権限に守られている。日枝体制のフジテレビは官僚経験者を役員として迎え入れ(天下りではないというなんの意味もない議論もあった)政治家の師弟を雇用してきた。このためこういう人でも「経営者でございます」として世間に通用する。
フジテレビ 嘉納修治会長 「言い訳になるといえば言い訳になるのかもしれないんですが、正直にお話しさせていただきます。前から第三者委員会のことは考えておりました。弁護士の先生に相談して、第三者委員会を作るべく色んな相談をしておりました。これはもう、何でって言われると、僕も困っちゃうんですけども、先生の方が、第三者委員会というのは取締役会決議をして承認されて、正式に決議を受けた形で私に委嘱して下さいと」
港社長ら説明4時間半 フジ社員から「5つの疑問」(テレビ朝日)
この会見は社内向けなので「身内の社員に向けての甘え」が発揮されている。27日に会見が予定されているのだが「そもそも事実関係の自己整理が終わっていない」段階だ。記者に何かを問い詰められると「世間が納得するような作文」をしてしまう可能性がある。
冒頭で「幹部たちは情報が秘匿できたと安心していたのではないか」と書いた。港社長の最初の会見を聞くと何かを隠しているように聞こえたのだが、そもそも嘉納会長のように「僕も困っちゃって」いただけなのかもしれない。
このように「自己整理が終わっておらず当事者意識がない」人たちが第三者委員会に何かを聞かれても「そうですねえ、なんでなんだろうなあ」としか答えない可能性がある。「第三者」なので委員会は作文や誘導は許されない。このまま「幹部もなんでなのかなあと困っていた」と書くしかない。マスコミは誘導をすることがある。つまりマスコミ会見が先立つと「作文」が行われそれが第三者委員会の聴取に影響を与える事も考えられる。
12月以降にかなりの時間があったにも関わらず彼らはなんの準備もしていなかった。ここから「過去の問題としてすっかり忘れており、今になって慌てている」可能性は高いと思う。それが、何らかの経済的動機(週刊誌を売るためなのかまた別の目的があったのかはわからないが)によって掘り起こされたのが今回の事件だ。
これら一連の事情を考えると「公益通報窓口を国に一本化すべきなのではないか?」とさえ思える。ただおそらく政府・自民党の議論はここまでは進まないのだろう。さらに付け加えるならば「公益通報の利害関係者が政府・政権幹部だった場合にはやはり窓口が機能しない」という問題がでてくる。
Comments
“公益通報保護に刑事罰導入へ 読売新聞が報道” への2件のフィードバック
告発先が当事者だと窓口が機能しない可能性があるので、複数あるべきだとは思いますが、そうなると日本全体で考えるべき課題になるのでしょう。そして、そういう日本全体が考えるべき課題を、今の日本は議論の俎上に上げられるかは不透明ですね。
大川原化工機の冤罪事件みたいに無視されたり、兵庫県みたいに脅されるような交易通報の結末を防ぎ、安心して告発できる社会を作りたいと思いますが、具体的にどうすればいいのか私も分からないですね。刑事罰導入を導入しても、せいぜい担当者が罰せられるだけで終わるのが関の山でしょうね。担当者に圧力を加えた上の人間にメスが入れられることはないんだろうなと思ってしましますね。
政治のアジェンダに上がることは(ご指摘のように)ないんでしょうね。週刊誌の存在意義が益々高まる社会になりそうですね。