トランプ次期大統領の劇場型大統領令署名式が波紋を広げている。だがその影でイーロン・マスク氏がナチ式敬礼を行ったとして話題になっている。トランプ次期政権が抱える危ういまとまりがよく分かる。
トランプ次期大統領はもともとリアリティショーのタレント出身の大統領だ。この才能が遺憾なく発揮されたのが支持者に囲まれて行った大統領令署名式だった。支持者が好みそうな大統領令を選んでサインを行いサインペンを支持者たちに投げ入れていた。これまでの政治は議会で行われていたが今後は興行の一つとして消費されることになるだろう。
対外的には「領土拡張を目指す」という宣言も行われた。パリ協定から離脱しWHOからも離脱する。アメリカは国際協調を通じて世界平和を主催しそれを力によって脅かすことは許されないというドクトリンを掲げてきた。戦後アメリカが大切にしてきたドクトリンが「民主主義」によってわかりやすく破棄された瞬間だった。
一方でイーロン・マスク氏がホワイトハウス入りした。ウェスト・ウィングにオフィスを手に入れメールアドレスも取得したようだ。ただしその役割は当初より縮小される。民主党はトランプ大統領が政治ショーのスターの地位を熱望していることを熟知しており「イーロン・マスクこそが影の大統領だ」と攻撃していた。
そんなイーロン・マスク氏のある行動が物議を醸している。それがナチ式敬礼だ。このポーズを受けてトランプ氏を支持する白人至上主義者は大喜びだったようだ。今回はREUTERSの動画を引用した。ユダヤ人団体のADLがこのポーズに反対しなかったと報道している。
実はADLとイーロン・マスク氏は過去に対立している。反ユダヤ的な言動が多いマスク氏を攻撃し逆に提訴されかけていた。
ADLが事を荒立てたくなかった理由はいくつか考えられる。ユダヤ人はイスラエルの存続がアメリカ大統領にかかっていることを熟知しておりトランプ大統領に嫌われたくない。またホワイトハウスに入り込んでいるマスク氏が強大な権限を使ってADLを迫害する可能性も感じているのかもしれない。
マスク氏は政治的には明確なビジョンがある。それを実現するためには意識高い系を妥当すべきだと考えているようだ。このためトランプ大統領の支援が必要。またユダヤ人もイスラエル存続と国内の反ユダヤ言論を抑えるためにはトランプ大統領と対立したくない。
つまり「お互いに敵がいる」ため対立は避けたいのだろう。この敵がいなくなってしまうと内輪もめが始まるのだから、トランプ政権は4年間敵を設定し続けなければならない。
ADLは反ユダヤ的な言動が増えていると警告している。アメリカ合衆国で白人至上主義者が台頭しているのがその原因の一つだ。その白人至上主義者たちは今回のマスク氏の活躍を喜んでいる。ADLは「見て見ぬふり」を続けるかあるいは自分たちの主張を貫くかで今後難しい対応を迫られることになるだろう。
ここで問題になりそうなのがマスク氏のある気質だ。本人は自分はアスペルガー症候群だと言っている。そもそも「症候群」である上に自己診断である可能性もあるのだからマスク氏の気質がアスペルガーによるものと決めつけることは控えたいが、感情的に高ぶったり興味がある分野に向かい合うと行動が制御できなくなってしまうようである。映像の様子を見ると喜びが爆発して抑えがきかなくなっているようにも見える。つまりユダヤ系団体が「都合が悪いからやめてくれ」と言っても彼は衝動的に同じ行動を繰り返すばかりかそれを正当化するためにユダヤ人を攻撃し始める可能性がある。
またトランプ氏は「汚いものや揉め事が嫌い」という独特の感覚を持っている。ガザ和平にこだわっていた動機は「バイデン大統領では問題が解決できない」と主張するためだったようだ。だがガザ地区の戦争じたいは「汚らわしいなにか」としか考えていないようで、次のように発言している。
しかし、イスラエルとハマスが停戦を維持し、合意を進展させていけると思うかと記者団から問われたのに対し、「われわれの戦争ではない。彼らの戦争だ。だが、私には自信がない」と答えた。
ガザ停戦合意の維持「自信ない」 トランプ氏(AFP)
明確なビジョン(強いこだわり)と財力を持っているマスク氏はおそらく空気を読んでトランプ大統領の影に隠れるような振る舞いができるとも思えない。トランプ大統領は中間選挙に勝利するためには財力を必要としていてマスク氏を容易に切れないだろう。しかしトランプ氏は「自分の周りにある美しい世界」が議論で汚れることに対しても嫌悪感を持っている。面倒になればどちらか(あるいはどちらとも)を切ってしまうかもしれない。
なおラワスワミ氏は政府効率化省から離脱しオハイオ州知事を目指すそうだ。政府効率化省に巻き込まれてしまうとトランプ氏とマスク氏の板挟みになりかねなかったのだから政治的には賢い判断だったと言ってよいと思う。
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