日本製鉄の買収問題が泥沼化している。当ブログとQuoraのスペースを購読している人は「これがアメリカの国内問題である」とわかっているだろうが、日本の論調を見る限り「日本が拒否された」問題として捉えられているようだ。ついに訴訟に発展しそうだ。訴訟は大統領向けとその他の2つに分けられているとREUTERSは伝えている。
トランプ氏が指名した保守派の最高裁判事らの決定によって大統領の執務中の行動には幅広い免責特権が認められている。おそらくバイデン大統領の判断の違法性を問うことは出来ないため訴訟は2つに分けられた。
訴訟は2件で、1つは大統領の命令とCFIUS審査の無効を求める訴訟。米国憲法上の適正手続きのほか、CFIUS審査に関する法定手続要件の違反と違法な政治的介入への異議を申し立てた。日鉄は、バイデン大統領が自身の政治的目的を達成するために法の支配を無視したと主張。これにより、CFIUSも誠実な審査を行わなかったとしており、審査と命令を無効にしたうえで、法的義務を満たす審査を改めて行うようCFIUSに命じることを求めている。
日本製鉄が提訴、米大領領のUSスチール買収禁止命令無効など求め(REUTERS)
2つ目は米鉄鋼大手クリーブランド・クリフス(CLF.N)
日本製鉄が提訴、米大領領のUSスチール買収禁止命令無効など求め(REUTERS)
, opens new tabと同社CEO(最高経営責任者)のローレンソ・ゴンカルベス氏、全米鉄鋼労働組合(USW)会長のデビッド・マッコール氏に関するもの。買収を阻止してUSスチールの競争力を削ぎ、日鉄が米国製の鉄鋼製品を米国の顧客に提供する能力を損なわせるため、共謀して違法行為に及んだとしている。
REUTERSはクリーブランド・クリフスが「疑念を投げかけていた」と控えめに表現しているが、5月には日経や読売新聞がUSスチール側の主張として「虚偽の情報を流しているのではないか」とする報道していた。ポイントになるのはクリーブランド・クリフスと一緒にUSWの会長が訴えられているという点だ。つまりUSWは「中立」ではないとみなされているのである。
バイデン大統領の政治的関与の意図にも関心が集まる。Quoraのコメント欄のある指摘によると、USスチールの労働者たちが買収を望んでいるにも関わらず(買収されなければ職場が消える可能性がある)USWのマッコール氏が何らかの意図を持ち買収に難色を示していたと伝えられていたそうだ。
コメントは「裁判によって大統領と労組幹部の「不適切な関係」が暴かれるであろう」と期待していたようだが、バイデン大統領には広い免責特権があるため暴かれたとしてもこれが何らかの処罰に結びつくかは不透明だ。一方でマッコール氏にはそのような特権はない。
おそらく関係者たちは面倒な問題に発展することがわかっていた。トランプ次期大統領が火を付けた「アメリカの魂を売るな」と言う感情的な問題だったためCFIUS側は問題を免責特権があるバイデン大統領に丸投げし責任回避を図った。
またBloombergは事前にホワイトハウスでマッコール氏を含めた内輪のパーティーが行われ、閣僚の一部が「買収阻止には問題がある」と懸念を表明し、側近たちは「問題を先送りしトランプ政権に押し付けてはどうか」と意見したと伝えている。
ここからバイデン大統領が周囲の懸念を押し切り労働組合の代表者の意見を聞き入れた公算が高いこととその裏に何らかの「今後の約束」があった可能性が浮上する。だが大統領には免責特権があるため仮に「取引」の存在が証明されたとしても大統領の責任を問うことはできずせいぜい決定の取り消しを求めるしかないのが現状だ。
問題に火を付けたトランプ次期大統領に至っては「関税が導入されればUSスチールは「強くなる」」とわけのわからない主張をしている。国際競争力が弱まりアメリカ人が割高な鉄を押し付けられるだけに終わるのだがトランプ次期大統領はアメリカの外には市場はないと錯誤しているのかもしれない。なおトランプ氏の関税は限定されるであろうという噂が出回っておりトランプ氏はこれを否定している。あくまでも「不安定な状態を作り出し相手に妥協を迫る」ツールとして利用されているのである。
日本政府はバイデン大統領に説明を求めてゆく考えだそうだがバイデン大統領はあと10日あまりで大統領ではなくなる。
いずれにせよこの問題は日本が見捨てられたという単純な問題ではないと分かれば漠然とした不安は解消されるのではないか。
競合社に何らかの思惑があり日本製鉄はそれに振り回されたというだけの話である。ただ後味としては「日本企業が正当な取引を求め相手に有利な条件を出してさえも」対米投資には政治リスクがあるということになるのだから日本企業と日本政府は政策の転換を迫られる。
コミュニティを通じて生の声を拾うとそれなりの解像度で物事を捉えることができる。だが「日本が見捨てられつつある」「トランプになったら何が起きるか」と考える人達はかなり強い不安にさらされているのではないかと感じる。ネットには様々な情報が飛び交っているがどのように情報を取るかによって印象が全く異なってしまうのである。