オーストリアのカール・ネハンマー(一部ネハマーとも)首相が辞意を表明した。3ヶ月に渡る連立交渉がやり直しとなりナチスの流れも汲むオーストリア自由党主体の政権が作られる可能性が高くなった。
日本とはあまり関係がない問題のように思えるが、グローバル化から脱落した中間層を放置すると国内政治が不安定化することがわかる。同じ現象は日本でも見られるのだから日本の政治もしばらくは不可逆的に不安定化するだろう。
今回の辞意については時事通信と共同通信がそれぞれ伝えているが基本的にはREUTERSの引用になっているのでREUTERSの記事を参考に経緯をまとめた。今のところ日本語化されていないので英語記事を参照した。
オーストリア自由党(FPO)は創業メンバーにナチスのメンバーを含む極右政党だ。2024年9月に総選挙が行われると29%の得票で第一党となった。当時のBBCによると一部支持者の間でナチのスローガンが大っぴらに掲げられるなどして非常に荒れた選挙だったそうだ。
背景にあるのがロシアのウクライナ侵攻と中国経済の悪化だ。ロシアのウクライナ侵攻によりエネルギー価格が上昇しオーストリア経済を圧迫していた。また中国経済が悪化するとドイツの製造業が苦境に立たされる。オーストリア経済はドイツに従属しているとまでは言い切れないものの結びつきが非常に強くドイツの不調の影響をダイレクトに受けた。
しかしながらこれだけで自由党の躍進を説明することはできない。従前よりグローバル化について行けない人たちが自由党を支援する傾向があった。「トランプ化した共和党」の大統領が誕生したアメリカ合衆国も含めた欧米ではこうしたトレンドが一般化しつつある。グローバル化による経済成長について行けない人たちは「伝統」に固執するようになり過激化・排外主義化・単独主義化する。アメリカでは歳出削減には後ろ向きだが債務も増やしてはならないという矛盾した主張をする「トランプ共和党(MAGA)」が力をつけておりジョンソン下院議長再選の原動力となった。
またおそらく汚職も蔓延するだろう。トランプ共和党は一部の富裕な企業をスポンサーにつけている。オーストリア自由党もたびたびスキャンダルを起こしており同じようなことが繰り返される可能性が高い。怒りに身を任せる「脱落した一般層」は倫理にはさほど興味を持たない。国民民主党党首の不倫がさほど問題視されなかった日本も例外ではない。
FPOはこうした支持層にわかりやすくアピールする「反グローバル主義」を掲げた。反EU政党なので結果的にロシアに親和的ということになり隣国ハンガリーのオルバン首相とともにロシアに接近しようという動きが起きている。オーストリア自由党とハンガリーのフィデスはEU議会において「欧州の愛国者(Patriots for Europe)」という会派を組んでいる。EUは財政規律を押し付けるばかりで何もしてくれない。一方でロシアに接近すれば安いエネルギーを分けてもらえるかもしれない。
オーストリア国民党(OVP)はFPOと連立政権を組んでいたこともあるが、ネハンマー党首はFPOのキクル氏との連立を拒否。緑の党出身のファン・デア・ベレン大統領は第一党ではなく第二党のネハンマー氏に連立交渉を依頼する。ネハンマー氏は社会民主党(SPO)と左派リベラルの新オーストリア自由フォーラム(NEOS)と連立交渉を開始した。
今回NEOSが交渉を離脱したことで3ヶ月に及ぶ連立交渉が正式に破綻した。ネハンマー氏は「自分は絶対にキクル氏とは組みたくない」と主張し党首の座を降りるようだ。
REUTERSによるとSPO側はネハンマー氏が教員や警官の年金・給与を削減しようとしていると批判しており、ネハンマー首相側は逆にSPOは富裕税・相続税に固執していると批判している。財源を巡って埋めようのないギャップがあったことがわかる。
ファン・デア・ベレン大統領は議会解散かキクル氏に組閣を任せるかの選択肢がある。しかしいま議会が解散されるとキクル氏が更に有利になる可能性が高いそうだ。このためまずは議会解散は回避しFPOとOVPの間で連立交渉をやり直すことになりそうだ。
オーストリアの政治には馴染みがないという人が多いのではないかと思うが、グローバル化から脱落した人たちが欧米先進国の政治の主役になりつつあることがわかる。アメリカは国際協調路線を離脱し単独主義に走りつつあるがヨーロッパには反EU(EUの枠内にとどまりつつもEU官僚が作った規制には反対する)国が増えつつある。ハンガリーのオルバン氏が主導する「欧州の愛国者(Patriots for Europe)」もその一つと言えるだろう。
中間層を満足させる好調な経済を背景にした国際協調主義は影を潜め代わりに「自国優先主義者」が増えている。トランプ次期首相は「自国優先主義国」の先輩であるイタリアのメローニ首相とマール・アラーゴで会談している。
このようにしてオーストリアでは極右の自国第一主義者が主導する政権ができる可能性が高まった。自由党内部にも下野するくらいならキクル氏と組みたいという人が多いようだ。また、フォルクスワーゲン社の海外移転などが囁かれるドイツでも2月に選挙が行われAfD(ドイツのための選択肢)が躍進する可能性がある。
日本でも自由民主党・公明党・立憲民主党などが「既得権を代表する古い政党」とみなされつつある。こうした政党に対する敵意がSNSを中心に渦巻いているため「SNSさえ規制すればなんとかなるのではないか」と考える人が多い。
しかしながら「グローバル化による成長の恩恵を受けられない中間層」の怒りがSNSで顕在化していると考えると、おそらくSNSを規制しても地方と中央の政治の不安定化は避けられないのだろうという気がする。少子高齢化が進んだ日本でこうした新しい極右・ポピュリストがすぐさま政権の主役になることは考えにくいが、この「膠着」こそが欧州議会の課題であり日本もその例外ではないことがわかるだろう。
もう一つ気がかりなことがある。現在の日本の国際収支は黒字基調だ。また主な産業は輸出業である。つまり日本の反映はかろうじて国際協調路線に支えられているといえる。今回のオーストリアの事例を広く捉えると我が国の繁栄を支えている土台のようなものが足元から崩れつつある。