前回トランプ前大統領の通貨政策についてご紹介した。トランプ氏の経済政策・金融政策には一貫性がなく、仮にトランプ氏が大統領に就任するとドルが基軸通貨から転落することはないまでもドルの価値はかなり毀損するだろうという結論だった。
そんな中、トランプ氏は暗号通貨について「アメリカが暗号通貨を支配する」などと言い出した。なにか裏があるのではないかと考えたのだが真相は意外と単純なものだった。暗号通貨界界隈から効果的な売り込みがあったそうだ。
民主党政権は金融業界や暗号通貨にはかなり批判的だ。放置しておけば何をしでかすかわからないと考えている。暗号通貨仲介業者の中には詐欺的なスキームを準備してたところもある。FTXのサム・バンクマン=フリード氏の逮捕などが記憶に新しい。
こうなると暗号資産業界は共和党に接近し保護を求めたくなる。
だが暗号通貨は仕組みが複雑なため共和党議員に理解してもらうのは難しそうだ。そこで一計を案じた人がいる。暗号通貨界隈で「偶像化されたトランプ氏の肖像が高く売れている」と売り込んだのだそうだ。
トランプ氏はおそらく金融経済政策には全く興味がない。彼は「自分がいかに価値ある人物と見られているか」にしか興味がない。「暗号通貨界隈では自分が高く売れている」という事実にご満悦だったようである。ただしNFTという言葉は難しいと感じたようで「デジタル・トレーディングカード」と表現している。自分は偉大な政治家なのだから偉大なスポーツ選手のように高値で取引されるべきだと考えたのだろう。
このときに「私には難しくてわからない」とは言わない。「みんながわかりにくいと感じるだろう」と一般化し責任を回避する。
ザンカー氏のインタビューによると、同氏は約2年半前、トランプ氏にある構想を持ちかけた。 前大統領の肖像を使ったNFTだ。トランプ氏は興味を示したが、「コンピューター上のデジタル・トレーディングカードと呼びたい」と述べ、「NFTと呼んだら、みんなが理解できないだろう」と語ったという。
トランプ氏がビットコイン応援団に入るまで、暗号資産懐疑派から一転(Bloomberg)
共和党系ではあるが伝統的な金融と結びつくBloombergは「氏素性がよくわからない連中と共和党が結びつくこと」の危険性を指摘している。確かに暗号通貨業界がなにか問題を起こすと共和党が攻撃されかねない。だがアメリカの政治はすでに自己愛に支配されており民主とと共和党が激しく罵り合っている。そこに暗号通貨が加わったくらいで大勢に影響はないのかもしれない。
こうなると「もしトラ」に備えて日本も精一杯トランプ氏を褒めそやすべきだという気になる。実際に自民党の一部の政治家はそのような動きを加速させている。しかしこれは自己愛型の人物をよく理解していないから起こる幻想に過ぎないのではないか。
安倍元総理はトランプ氏が就任するとまっさきに駆けつけて「友好関係を結んだ」とされている。この逸話は保守界隈では伝説化しているといってよい。だが後に鉄鋼・アルミで輸入制限を受ける。このときのトランプ大統領は「安倍総理は自分たちを長い間騙していた」と評価している。
日本の安倍首相らは『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。
トランプ氏「もうだまされない」 日本の要求通さず(日経新聞)
そもそも自己愛型の人物は脆弱な自己を守るために「自己愛」という鎧を着ているに過ぎない。このため自分を大きく・美しく見せてくれるものは好きだが同時にそれを単なる道具としてしか見ていない。見返りを与えている間は「善いもの」扱いしてもらえるがそれは決して永続しないうえに、自分とを愛するのと同じように他人を愛すると言う気持ちになれない。
トランプ氏はかつて自分を批判してきたJDバンス氏を副大統領候補に指名した。そもそも「人間的な信頼」はなくその場その場の「取引」だけが重要なのだ。彼に彼らの利害が一致しなければまるで何もなかったようにお互いに罵り合うようになるだろう。
口止め料裁判において「お互い持ちつ持たれつの関係にあった」とされるデビッド・ペッカー氏は裁判で自身が免責されるとトランプ氏に不都合な情報を喜んでペラペラと喋っていた。
日本人はこうしたその場限りの関係に満足せず「永続的な信頼」を獲得したいと考える。かりそめの同盟関係には長く耐えられないだろう。
現に今でも安倍総理とトランプ大統領は「永続的な信頼関係を獲得していた」という評論が横行し「うまく騙せたなんて」発言はなかったことにされることが多い。日本人はよく言えば真面目、悪く言えばナイーブすぎて自己愛に支配された人間関係に耐えられないのである。