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トランプ氏を銃撃したトーマス・マシュー・クルックス(Thomas Matthew Crooks)とは

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トランプ前大統領を狙撃して殺されたトーマス・マシュー・クルックス(Thomas Matthew Crooks)の人となりがわかってきた。要するに社会ではほぼ完全に透明な取るに足らない存在で誰からも注目されていなかったということだけがわかっている。ある意味どこにでもいる若者だったようだ。自己主張社会のアメリカでは自己主張ができないとこのように埋没してしまう。ただしアメリカは極端な銃社会でもある。つまり自己主張ができない人が武器を使って一発逆転できてしまう社会でもあるのだ。

だが彼の狙撃は結果的にトランプ氏の神格化に貢献しアメリカの政治と国際情勢に大きな影響を与えるだろう。熟練の報道写真家も神話作りに貢献している。

おそらくいくつかの偶然の結果だが、あたかも事前にシナリオが書かれていたかのような効果を生み出してしまうという点に国際政治の恐ろしさがある。

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USA Todayがトーマス・マシュー・クルックスの友達に話を聞いている。毎日いじめられていたという。

Jason Kohler attended Bethel Park High School with Crooks and said he remembers the 20-year-old sat alone at lunch and was “bullied every day.” Kids picked on Crooks for wearing camouflage to class and his quiet demeanor, Kohler, 21, said.

マスコミは「なにか手がかりがないか」と地元紙やSNSアカウントなどを探したのだろう。ようやくでてきたのは数学と科学で500ドルの賞金を獲得し卒業したという記事だった。理数系は割と得意だったということになるが奨学金を得られるような生徒ではなかったともいえる。そのためなのか大学には進学せず老人ホームの厨房で働いていた。

He was from Bethel Park in Pennsylvania, about 70km (43 miles) from the site of the attempted assassination, and graduated in 2022 from Bethel Park High School with a $500 prize for maths and science, according to a local newspaper.

トーマス・マシュー・クルックスの住む街は白人が多くフレンドリーな環境で知られており犯罪は少ない。ただし人口は減少傾向にあるそうだ。

父親はリバタリアン党の支持者で母親は民主党の支持者だった。リバタリアン党とは聞き慣れない名前だが独自の候補者を立てている右派少数政党だ。トーマス・マシュー・クルックス本人は民主党系の団体に寄付をしたことがあるが(とはいえ15ドルだそうだが)登録は共和党だった。

こうした事件ではたいていSNSのアカウントなどが特定され陰謀論満載のサイトなどへのアクセスが確認されたりする。だが、そういう類の報道は一切ない。つまり組織的な背景が全くわかっていない。むしろ掘っても掘っても何もでてこない点がかえって特異と言える。

今回の銃撃に使ったのはAR-15というライフルだがアメリカでは簡単に手に入る。車と自宅からそれぞれ爆発物が出てきたという報道もある。会場は厳重に警備されていたが周囲の警備は手薄だった。BBCが位置関係を報道しているが上手側の130メートルまで接近していたそうである。男が屋根によじ登っているという通報があったが警備関係者は対応しなかった。このため警備担当者が批判されている。

気弱な青年が気軽に銃を手に入れられる環境でたまたま中を持って討論会の会場に行ったらたまたま手薄な建物があり登っても誰にも気が付かれなかった(実際に気がついた人はいるようだが警備は気にもとめなかった)という可能性もあるのだ。

これまでにわかっているプロファイルから見る限りトーマス・マシュー・クルックスにはそれほど強い政治的なアイデンティティは見つかっていない。また熱心に特定の思想を研究した様子も伺えない。周囲からは取るに足らない存在とみなされており、(いじめれていたという報道以外は)それほど特異な証言も出ていない。

ただしタイミングはまるでシナリオライターがいるかのように「完璧」なものだった。15日には共和党大会が開かれてトランプ氏が正式な候補者に指名される。おそらく共和党はこれを伝説として大いに利用するだろう。ただし直前の共同通信の記事によると「造反」の動きが警戒されていた。なおこの党大会では副大統領(まだ指名されていない)も指名される予定になっている。一方で民主党ではこのままバイデン大統領で行くのか別の候補者を立てるのかで合意が形成できていない。

つまり、今回の事件でトランプ前大統領の伝説化・神格化が進む一方で民主党の混乱ぶりにますます拍車がかかるという状態になっている。

日本では山上徹也被告が安倍元総理を暗殺する事件をきっかけに統一教会問題に火を付き自民党の政治と金の問題が混乱した。だが、山上本人には政治を混乱に陥れようという「公的な」関心は伺えない。動機は家族問題という極めて私的なものだったと見られている。

つまり本人の意思とは全く関係がなく政治状況が動くというのはよくあることなのだが、見ている人たちはそこに何らかの一貫した物語を導入したがる。

今回の件ではトランプ氏が拳を振り上げる写真も「伝説作り」に一役買っている。ピュリツア賞受賞経験のある写真家が長年の習慣から構図を獲りながら写真を撮影している様子が動画に収められている。結果的に完璧な三角構図が作られた。トランプ氏を真ん中に置きそれぞれの対象物が完璧にグリッドラインに沿っている。人々がトランプ氏に神々しさを見るのはこの調和の取れた構図のおかげである。だがこの写真にも政治的な意図があるわけではない。単なる職業的な訓練の結果だ。

こうして、いくつかの偶然が重なり神格化された物語がSNSにのって広く拡散されてゆく。そしてそれが政治状況を大きく変えてゆくことになる。

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