- イスラエルは解のない問題。
- アメリカ民主党はイスラエルとネタニヤフ政権を切り離し方程式を単純化しようとしている。
- 共和党は民主党左派の主張を強調し民主党を「反イスラエル政党」と印象付けたい。
- 民主党のチャック・シューマー院内総務はイスラエルに選挙を求めている。民主党はガンツ元国防大臣に新しいイスラエルを率いてほしいのだ。
- 現在の構成で選挙をやればガンツ氏が新首相になる可能性が高いが、ベネット元首相が選挙に出ると情勢は劇的に変わる可能性が高い。
今回、観察するのはアメリカとイスラエルの政治状況だ。かなり複雑な内容なのだが、まとめ終わった後で「魂と肉体が分離した人のようだ」と感じた。その魂が泣き叫んでいる。
アメリカ合衆国は移民の国である。つまりほどんどの移民が故国を持っている。だが、ユダヤ人だけは例外だ。彼らは故国を持たない。そこで作り出された人工国家がイスラエルだ。ユダヤ人はイスラエルを持つことで「自分達の魂には故郷がある」と思える。
ところがそのイスラエルは周りをアラブに囲まれており、本当の意味で心穏やかになったことがない。ユダヤ系アメリカ人はこのことに薄々気がつきながら見て見ぬふりをしてきた。だがついに状況は看過できないまでにエスカレートしている。さてどうするのか?
そんな感じである。
The New York Timesに今回のチャック・シューマー院内総務の発言についての解説記事を見つけた。
チャック・シューマー民主党院内総務がイスラエルのネタニヤフ首相に総選挙の実施を求めた。シューマー氏はネタニヤフ氏が和平実現の障害になっていると主張する。The New York Timesによるとシューマー氏はユダヤ人としては現在最高位にありユダヤコミュニティへの影響は極めて大きい。
シューマー氏は長年ネタニヤフ首相を支持してきたが、10月7日のハマスの攻撃をきっかけに状況が変わった。イスラエルの非人道的な一連の軍事作戦に批判が高まっている。
民主党支持者の意見は大きく割れている。イスラエルを応援したい人と現在のガザ地区に対する非人道的な軍事行動に否定的な見方をする人がいる。
民主党の中の左寄りの人たちの対イスラエル感情はかなり悪化している。この複雑な方程式を単純化するためにはイスラエルとネタニヤフ首相を分離する必要がある。
共和党のマコネル院内総務はすぐさまこの演説に反対した。共和党は民主党はパレスチナ支持・反イスラエルという印象をつけてユダヤ票をできるだけ獲得したいと考えているのだろう。
もともと共和党は民主党は社会主義者に支配されているという印象操作をしたいと考えており、イスラエル問題についてもこの図式を広めたいのだ。
シューマー院内総務は「自分の苗字はヘブライ語で守護者(shomer)という意味だ」と言っている。つまり反イスラエルではないと言いたい。一方でバーニー・サンダーズ(彼自身は無所属)氏のような左派ははっきりとネタニヤフの戦争は間違っていると主張している。共和党はこのイメージを民主党全体のイメージに広げたがっている。
アメリカにいるユダヤ人たちの意見は分かれているようだ。公然とネタニヤフ首相を支持できないが心の中ではネタニヤフ首相に賛同するサイレント・マジョリティもイスラエル国家のあり方はどこか間違っていると感じてるリベラルなユダヤ人も存在する。アメリカのユダヤコミュニティの動揺が民主党と共和党の争いに利用されていることになる。
長らくアメリカ合衆国の対イスラエル戦略はイスラエル・パレスチナの二国体制を支持してきた。しかし、現実的にはイスラエルの暴走を止められないという矛盾したものになっている。
民主党はこの閉塞感をあくまでも民主的に選挙によってリセットしたいようだ。
ハリス副大統領はガンツ氏をホワイトハウスに呼び、リセットに向けて動いてきた。実はバイデン大統領がネタニヤフ政権を転覆させようとしていたという報道さえ出ている。ネタニヤフ首相側の主張であり真偽は定かではないがネタニヤフ首相が民主党の圧力にかなり警戒心を持っているのは間違いがない。
最後の調停者であるアメリカ合衆国がイスラエルを止められないのはそのためだ。
では実際に選挙が行われた場合にはどのようになるのか。Time of Israelがテレビの世論調査結果を報告している。
現在の与党のうち「リクード」は支持を失っており今選挙が行われれば下野するだろうと言われている。「リクード」にはベンヤミン・ネタニヤフ(首相)とヨアブ・ガラント(国防大臣)が所属している。「リクード」は正統派(宗教シオニズムのスモトリッチ財務大臣)と超正統派(シャスのアリエ・デリ氏)などの宗教勢力と協力関係にある。今の調査だと「宗教シオニズム」は支持を失い議席が得られない可能性が高い。シャスのアリエ・デリ氏は内務大臣に指名されていたが裁判所から禁止命令が出たため罷免せざるを得なかった。
一方で「青と白」を率いるガンツ氏は支持を伸ばす可能性が高い。ガンツ氏は「民族統一党」を形成していたが「新たな希望」を率いるギデオン・サール氏が離反したがガンツ氏は「新たな希望」抜きでも過半数を獲得することは可能だ。
ところがTime of Israelによると現在ナフタリ・ベネット元首相が政党を作って選挙に打って出るのではないかという観測があるそうだ。ベネット元首相が出馬すると与党と野党から票を奪ってしまうため、ネタニヤフ・反ネタニヤフ陣営のどちらも十分な得票が出来ない。従ってベネット元首相がキャスティング・ボートを握る。
このようにイスラエルの選挙は直前までどの政党とどの政党が手を組むかがわからない。またここに元ジャーナリストのヤイル・ラピド元首相が率いるイェシュ・アティッドなどが複雑に絡んでくる。つまりチャック・シューマー氏のいう通りに選挙が行われたとしてもアメリカが望んでいるような状態にはならない可能性もそれなりに残っている。
ガザ情勢には世界最大規模の人道災害になりつつあり難民の流出も懸念されている。
こうした現実問題とは別に、アメリカや世界のユダヤ人は「そもそもイスラエルとは何なのか」という全く別の心情的な課題を抱えている。
この極めて複雑な方程式を解いた人はおらず、そもそも解があるのかすらもわからない。