桐島、保険証持っていなかったってよ 次第に明らかになる桐島聡容疑者の49年

神奈川県鎌倉市の病院に運び込まれた男が「自分は桐島聡だ」と名乗り大騒ぎになっている。中には「マイナ健康保険証に反対する人は偽造保険証がないと困るという人なんだろう」という見当違いの批判をする人もいた。だが実際には「桐島聡とみられる男」は保険証も身分証も持っていなかった。

一方で長い間土木会社で働いていたこともわかってきており「身分証がなくても生きて行ける」ということが明らかになった。桐島聡とみられる男は内田洋(ウチダヒロシ)と名乗っていたそうだがアパートの郵便受けには桐島聡と書かれていたとする記事もある。逃亡生活は49年に及んだそうだが、意外と世間は隣の人に気がつかないものなのかもしれない。






桐島容疑者は「東アジア反日武装戦線」のメンバーだった。東アジア反日武装戦線は左派過激化セクトではなく法政大学のクラスから自発的に出てきた集団なのだそうだ。のちに一部メンバーが日本赤軍に合流している。東アジア反日武装戦線は8名が亡くなった三菱重工ビル爆破事件を起こしていたが桐島容疑者がこの問題に関与したとはみられていない。つまり捕まってもさほど重い罪には問われなかった可能性もある。

そのことを考えると「果たして名前を捨ててまで逃げ続けることにどれくらいの意味があったのか」とも思える。「最後は自分の名前で死にたい」と考えたところを見るとやはり仮の名前で逃げていることを受け入れていたとは思えない。

ただし実際には偽名ではなく「桐島聡」を名乗っていたとする報道もある。テレビ朝日の原稿が系列局のウェブサイトに掲載されている。「テロリストな感じ」を出そうとしてわざわざアジト(潜伏先)という言い方をしているが、要するにアパートの表札は本名だったが管轄する警察署は気がつかなかったということだ。きちんと挨拶もする「普通の人」だったことがわかる。

アジトであるアパート前のポストには、本名で「桐島聡」と書かれているのが確認できます。事件から半世紀。男は、捜査員に対し…

テレビ朝日は「ゲリラ兵士として市民生活に溶け込んでいた」というようなニュアンスで伝えているようだが「桐島聡と見られる男」が革命の夢を捨てていなかったのか、あるいは単に捕まるのが嫌で逃げていただけなのかはわからない。

今回の問題では事情をよく知らない人たちがいた。中には「病院でガンの治療を受けていたのだから当然偽造した身分証を持っていたのだろう」という人もいる。日本の医療制度がよく知られていないようだ。

実際には「保険証なし」で入院したことがわかっている。病院もボランティアでやっているわけではない。医師には応召義務と呼ばれる義務があり目の前で苦しんでいる人を拒否してはいけないことになっている。路上で倒れているのをみるにみかねて病院に運んだ人がいるようだ。

日本の福祉の手厚さを示す事例ではあるのだが「応召義務があるために治療をしなければならないが金を受け取れない可能性がある」と言うことを意味している。これがいわゆる「未収金問題」である。

もともと国民皆保険制度ができた当初から「未収金」は大きな問題だったが現在も決定的な解決策はない。病院が直接未収金回収を行なっている。このため「未収金」で検索すると弁護士事務所の「相談に乗ります」という記事がいくつも検索できる。

生労働省は2008年(平成20年)に「未収金問題」の検討会を作っている。年間200億円で3年間で400億円強の未収金があったそうだ。ただしその後まとまった記事はなくこの問題がどのように解決したのか(あるいはしてこなかったのか)はよくわからなかった。

建前上はマイナ健康保険証が行き渡れば偽造が防がれるとともに「正確な保険加入のデータがわかるのだから」未回収が減ると効果が期待できるはずだ。ところが実際にはそうなっていない。政府の方針に懐疑的な保団連は「保険証に誤情報85件、政府の新方針では未収金増加」保団連」と言い続けている。

今回の件で「左翼だから未収金が問題だ」とする意見もあるのだが、そもそも全体の未収問題のほんの一部に過ぎないことがわかる。

桐島聡容疑者は「内田洋(ウチダヒロシ)」の偽名を使って土木工事会社に住み込みで働いていたという。一人で潜伏生活を送っていたのかあるいは支援者がいたかどうかが気になるところだ。公安調査庁によるとその他のメンバーは日本赤軍に合流し今も国際指名手配を受けている人がいるそうである。つまり桐島聡容疑者は組織的なサポートを受けていなかった可能性もある。日本赤軍はパレスチナ解放人民戦線の国際義勇兵の日本支部のような位置付けで「ガチ」の国際テロリストである。

桐島聡氏とみられる男は昏睡状況に陥ることが多く取り調べに応じる体力も残っていないとされている。警察は任意で話を聞くそうだが、公安が知りたい「そもそもどうやって49年も逃げることができたのか」を聞くことはできないのかもしれない。警察署や交番などで昔からよくみる馴染みの顔写真だったが実は表札を見落としていただけだったのかもしれない。

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“桐島、保険証持っていなかったってよ 次第に明らかになる桐島聡容疑者の49年” への2件の返信

  1. 桐島聡を名乗る男が亡くなりましたね。
    交番でよく見かける手配書の顔だったので印象深いニュースでした。指名手配をされていても意外と見つからないものなんだなと思いました。50年ぐらいの年月なので、ある程度年数が過ぎた後からは積極的には探していなかったのかもしれませんね。50年ぐらい指名手配犯を見つけられなかったことや、大川原化工機に対する冤罪、地下鉄サリン事件を未然に防げなかったことで公安に対する不信感が増しました。本当に国民を守る役割を担えているのか、気に食わない国民や共産党に嫌がらせをしているだけの組織だと思ってしまいます。

    1. 「てっきり海外にいるもんだと思っていた」という関係者の声を聞きました。今の日本で身分証なしに社会生活が送れるはずがないという思い込みもあったかもしれないです。病院通いもずっと自費診療だったようですがまあお金さえ払ってくれればということなんでしょうかね。本筋の「テロリストの脅威」とは別に色々不思議なことが多い事件でした。

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