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アルゼンチンで壮大な社会実験が始まる 通貨ペソが一夜で半値に

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アルゼンチンに新しい大統領が誕生した。チェーンソーで「既得権をぶっ壊す」としていたが、最初にめった切りになったのは国民生活だった。一晩で通貨ペソが半値になりしばらく経済は混乱するだろう。省庁の数は半分になり公共事業なども中止される見込みだ。閣僚は国にはお金がないと繰り返し強調し「これから強烈なインフレがやってくる」として国民に耐え忍ぶように訴えている。

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温情的なばらまき政策が続いていたアルゼンチンの通貨ペソは既に壊滅状態だった。状況としては構造構造改革を先送りし医療・福祉を削減することができない自民党政治に似ている。国民はペソを信頼できなくなりアメリカドルを手に入れようとする。これが通貨の価値をさらに下げてしまうためアメリカドルの入手は厳しく制限されるようになった。そこで国民が頼ったのが暗号通貨だった。そんな状態がしばらく続いている。

ミレイ氏は壊滅状態の経済を救うため「中央銀行を廃止し米ドルをアルゼンチンの通貨にする」という主張を繰り広げ大統領職に挑戦した。象徴として選挙期間中にはチェーンソーが使われていた。すべてをぶっ壊すというパフォーマンスだ。

就任後、マスコミをシャットアウトして閣僚の就任式が行われた。省庁の数は約半分になった。中央銀行廃止などの政策は今は展開していない。議会を掌握していないため法律改正を伴う改革はできない。選挙で勝つためにもまずは経済をどうにかしなければならない。

そんなミレイ大統領の最初に実施した政策がペソの切り下げだった。いきなり初日に半値になった。アルゼンチンには公式と非公式の二つのレートがある。公式レートを非公式レートに近づけようとしているのだろう。これから毎月公式レートが2%ずつ下がるそうだ。これをロイターはクローリング・ペッグと表現している。

既に穀物市場は混乱している。アルゼンチンの農家は公式レートで取引をしているそうだが、今年作った穀物がいくらで売れるかはわからない。そんな状態で肥料を買っても赤字になるばかりかもしれない。維持に手間がかかる水田と違い大豆やトウモロコシは直前に何を蒔くかが決められるため穀物市場はギャンブル的要素が強い。結果的に農家は作物をつくらず穀物市場は麻痺状態にあるという。

閣僚は国民に耐え忍ぶよう呼びかけている。公共事業は中止され仕事を失う人も出てくるがそれでも「政治家が私服を肥やすよりはマシだ」と主張している。CNNが次のように伝えている。

カプト経済相は12日、ミレイ氏が選挙戦で使った「お金がない」という訴えを繰り返し、新規の公共事業の削減、1年以上有効な労働契約の更新打ち切り、エネルギーおよび交通機関に対する補助金の減額といった対策を打ち出した。

その上で、「今後数カ月は、特にインフレに関しては、一層悪いことになるだろう」と述べ、公共事業については「政治家や実業家のポケットに入りかねない事業のために払うお金はない」と言い切った。

国民はまずは経済混乱を選択したことになる。ミレイ大統領に投票しなかった人も当然多いのだからおそらくアルゼンチン経済はかなり混乱し中には怒りの矛先を探す人も出てくるだろう。ミレイ大統領はこれを「政治家や実業家の悪徳の報いだ」として議会掌握を目指すものと思われる。だが、経済停滞が続けば敵意はやがて大統領と閣僚に向かうはずである。

「民主主義」による壮大な社会実験が始まった。

アルゼンチンと日本には共通点が多い。経済的に成功しておりその成果を国民に分配することで政権政党が支持を獲得してきた。アルゼンチンは農業国からの構造変化に失敗し、日本は工業生産国からの転換に失敗した。だが、政権政党のマインドセットと国民の期待は変わらなかった。

もちろん違いもある。日本は債権取り崩し状態に入っており海外で稼ぐ企業の業績も再び伸びつつある。一方でアルゼンチンは食糧自給が可能で地下資源も豊富である。このため一概にアルゼンチンと日本を比較することはできないが、それでも日本の将来をアルゼンチンの現在に重ねる人は多い。

現在岸田政権が混乱しているが背景は「ばらまけなくなった政党」の行き詰まりと捉えることもできる。国民が求めるのは古い物語の続きかもしれないがそんなものはもうないかもしれないのだ。民主主義において政治の側が有権者に意識改革を求めるのは難しい。結果的に「もうどうにもならない」状態になってはじめて痛みを伴う改革が実行できる。アルゼンチンの事例はそれを示している。

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