ラブロフ外務大臣が「西側とロシアはすでに事実上の戦争状態にある」と宣言した。極めてわかりやすい「ならず者」の論理という気がする。例えていえば「俺は殴ったけど喧嘩をしているとは言っていない。だがお前らがそのつもりならかかってこい。相手になってやるが、絶対に話し合いには応じない……」と言っていることになる。このエントリーは単に「何か無茶苦茶だなあ」と言いたいだけであり特に内容も考察もない。
おそらく誰かがこれを「戦争である」と認めない限りこの混乱は続くのではないかと思う。
ロシアのラブロフ外相が「西側とロシアは事実上の戦闘状態にある」と語った。AFPの表現は「事実上戦闘を行っている」になっている。だったらさっさと宣戦布告をして事態をはっきりさせればいいではないかと思ったのだが、それはできそうにない。
そもそもロシアは特別軍事作戦を行なっているだけでありウクライナに宣戦布告はしていない。そもそも戦争になっていないのだから「参戦」も「応戦」もできない。
CNNの表現はもっと直接的である。つまり「戦闘行為をおこなっている」だけでなく「戦争状態にある」と言っている。アメリカ合衆国が直接「参戦している」という表現だ。
ラブロフ氏は同日の記者会見で、米国が代理戦争でなく直接参戦するのはどの時点かという質問に対し、「現在が直接の戦争状態だ。ハイブリッド戦争と呼んでもいいが、現実に変わりはない」「かれらは事実上、ウクライナをえさにしてわが国と交戦している」と答えた。
その上でラブロフ外務大臣は和平案は拒絶している。
- 【ウクライナ】和平案は実現不可能、戦場で決めよう-ラブロフ外相(Bloomberg)
批判を覚悟でいうのなら「この状態は非常に興味深い」といえる。多極化型の新しい形の戦争でまだ名前がない。ある意味近代ヨーロッパが作ってきた戦争の形をロシアが崩してしまったと考えられる。
国連憲章は侵略戦争を否定している。これは近代ヨーロッパの主権国家同士の戦争の概念を発展させたものだ。ルールに則った「戦争」が否定されてしまったということは近代国家体制の崩壊を意味する。局所的には起きていたことだが、国連の常任理事国がヨーロッパで始めたという地理的なインパクトは極めて強い。
ロシアのウクライナ侵攻は同胞を救うための特別軍事作戦という体裁を取っている。だが、ラブロフ外務大臣はそのことを全て都合よく忘れているようだ。つまり殴りかかってきたのはロシアの側なのだがそれを完全に度外視して「お前たちが殴りかかってきているのだから相手になってやる」と言っている。
さらにいっさいの話し合いを拒絶し「話し合いには応じないぞ」と主張する。
これをまとめると
俺は殴ったけど喧嘩をしているとは言っていない。だがお前らがそのつもりならかかってこい。相手になってやるが、絶対に話し合いには応じない……
になる。
ラブロフ外相はこれをアルコール抜きで素面で言っている。そして国際社会はこれに対処できていない。
さらにこの理屈を踏まえるとロシアに武器供与をし経済封鎖に穴を開けている国々も「事実上の直接戦争に加担している」ことになってしまう。つまり、すでに「事実上の世界大戦のようななにか」が始まっていることになる。だがその世界大戦のような何かには名前がない。部屋の中の巨大な像のようになっていて誰もその存在を認めてすらいない。
かつての言い方でいえば「これは新しい世界大戦」だが、そのあり方は第二次世界大戦とは全く違っている。第二次世界大戦には「2つのブロック」と「中立国」があった。中立国は戦争から距離を置いている国である。だが、今回の「事実上の世界大戦のような何か」にはそれがない。
つまり、これを終わらせるためには、まず「始めなければならない」ということになる。どちらかが宣戦布告をして陣営をはっきりさせた上でなければゴールが決められない。少なくとも機能不全に陥っている現在の国連の無効化は宣言されなければならない。
ウクライナは領土を諦めないと言っておりロシアも話し合いに応じないと言っている。始まってもいない戦争に対して「戦場で白黒つけよう」というのがならず者ロシアの言い訳だ。
ラブロフ外務大臣が言っていることが無茶苦茶なのか、あるいは現在の国際情勢が無茶苦茶なのかがよくわからない。目の前にある「何か」を戦争と呼べない中で支援国には「戦争への支援疲れ」が起きている。
まずは誰かが部屋の中に像がいることを認めたうえで現在の国際秩序は破綻している宣言する必要がある。
よく「ロシアのウクライナ侵攻を許せば現在の国際秩序が破壊される」という論評を聞く。だが実際にはすでに国際秩序どころかその根幹にあった近代の主権国家体制そのものが事実上崩壊していると言えるのだが、国際社会がそれを認めるまでは「崩壊」は確定せず、従って「次」を考察することもできないのではないか。
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