ワグネルの創業者であるプリゴジン氏がバフムトからの撤退を宣言する書簡をプーチン大統領らに送りつけた。ウクライナの反転攻勢が予想されておりバフムトは激しい戦闘が予想されている。当初は「戦争を続けるために弾薬を要求しているのだろう」と思っていたのだが、成果が出ないことがわかり逃げ出そうとしているのだろうと感じた。と同時に軍事侵攻全体を自己判断で終わらせることができる人はもう誰もいないのだとも思った。一戦線から離脱するだけでこれほど大騒ぎになるのだから、全部を停止するなど到底無理だろう。
ワグネルの創業者プリゴジン氏は「弾薬不足のために戦闘員が無駄死にさせられている」として東部バフムトからの撤退を宣言した。戦勝記念日の翌日の10日がその期限だ。ロシア側は正式コメントを避けている。
一時期バフムトの制圧を宣言する動画をSNSに拡散させていたプリゴジン氏だが、最近は「ロシア軍から弾薬がもらえない」などと撤退を仄めかしてきた。それに応える形でロシア側は兵站の責任者を交代させていた。それでもプリゴジン氏の主張が変わらなかったところから「実は逃げ出したい」可能性が高そうだ。ただ、単に逃げ出してしまうと「敗戦」の責任を問われかねない。そこで大々的に訴えることにしたのだろう。
そのやり方は非常に芝居がかっている。戦闘服を着たままの遺体の前に立ち「今日死んだ、血はまだ新しい」などと演説し、ショイグ氏とゲラシモフ氏を痛烈に批判している。さらにロイターによるとトップ(軍参謀総長、国防省、最高司令官であるプーチン大統領)に書簡を送りつけたそうだ。
このようにロシア側の主張は常にどこか芝居がかった「エビデンス」が提示されるのが特徴だ。クレムリン上空でドローンが爆破された映像もその一つだろう。その後ウクライナが名指しで非難され現在はアメリカが非難されている。だが「愛国心」を刺激され「我こそが戦いの先頭に立とう」という人は出てきていないようだ。
今回のプリゴジン氏の発言は兵士の無駄な死に憤っているように感じられる。いかにも正義漢ぶった発言だが、刑務所で兵士を募集し金儲けの道具にしてきたという事実は消えない。おそらく生死管理も行っておらず刑務所で動員した5万人のうち4万人は行方が分からなくなっているようだ。中には空の棺を送りつけられた遺族もいる。のちに夫はまだウクライナで戦っていたことが判明しているそうである。担当者は嘘が露見してもなお「DNA管理しているからこれが本人であることは100%保証する」とうそぶいたそうだ。
プリゴジン氏は4月2日はバフムトの市庁舎にロシア国旗を立てたとする映像を投稿していた。ウクライナ側によるとバフムトは完全に制圧されていなかった。もちろんウクライナや西側はプリゴジン氏のお芝居を信じていなかった。そもそもロシアでどの程度信じられていたのかも不明である。だがそれでも「バフムトを占領しロシアに勝利をもたらす」と約束していたプリゴジン氏には必要なお芝居だったのだろう。
そこから一ヶ月経たないうちに「自分達が成果を出せないのは無能なロシア軍指導部のせいである」と騒ぎ始めたことになる。
ただ、プリゴジン氏は西側に逃げ場がないこともわかっているようだ。
今回の撤退は失敗ではなくロシア軍のせいであり、体制を立て直してまた祖国のために立ち上がるなどと言っている。おそらくバフムトで成果が上げられないことがわかっているためそこから撤退し成果が出せるとみればまた表舞台に登場しようとしているのだろう。一度体制にコミットしてしまったのだからもう最後までつきあうしかない。
今回の件からは、ロシア内部で「特別軍事作戦」を終わらせるのがいかに困難なのかもよくわかる。バフムトという一地域から撤退するのでさえこれほどの「大芝居」が要求される。おそらく国軍にはそのようなオプションすら与えられていないはずだ。トップであるプーチン大統領や周りの取り巻きたちは「愛国心に訴えて兵隊を追加動員すれば」なんとなかなると考えている可能性もある。安全保障理事会は機能不全に陥っておりこの理不尽な状態を止める手立てはまだ内からも外からも何もないことになる。