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多様性とアイルランドのジャガイモ

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不確実性の時代の中にも、前回ここで取り上げたアイルランドのジャガイモ飢饉の話が出てくる。1840年代、20%のアイルランド人が死に、それ以上の人々をアメリカ大陸に脱出させることになった出来事だ。その後、カリフォルニアで金鉱山が発見され、49ersと呼ばれた人たちが太平洋を目指すことになる。
このジャガイモ飢饉を見るとある疑問が浮かび上がる。アイルランドにジャガイモ以外の食べ物はなかったのだろうか、という疑問だ。畑が完全にダメになったとしても、海で魚を取れば良かったのではないだろうか。どうしてアイルランドの人たちは死にそうになっているのに、ジャガイモ以外の食べ物を探そうとしなかったのか。
とりあえず、その疑問を例によってLinedinで聞いてみた。一晩で寄せられた回答は6つ。
まずベストアンサーになった回答ではこう記述されている。1800年代、ダブリン・ソサエティー・サーベイによるとキルケニー郡だけでも12種類のジャガイモが栽培されていた。貧しい人たちは、大麦、オーツ麦、ライ麦、マメ、その他の野菜も栽培していた。しかし1840年代までにはそういった多様性は多くの心配にも関わらず消滅してしまった。学者達はこう合意する。簡単に栽培できて栄養もあるジャガイモが、ある日人々を殺すことになるだろうということを貧しい人たちが予測することは出来なかっただろうと。
別の回答は、使える土地は既に他の産業によって占有されてという事実を指摘している。魚を穫るのだってもとでがいる。当然のことながら、貧しい小作人にそのようなもとではない。加えてノウハウもなかっただろう。アイルランドの飢饉は、農地にふさわしい土地が少なく、近海に魚がいなかったからだと言う人がいるが、これは事実とは異なるそうだ。実際、現在のアイルランドではニシン、タラ、ロブスターなどが水揚げされる。
アイルランド人の小作たちがジャガイモに頼るようになったのは、それが唯一自分たちに生産できる食料だったからである。畑で作ったものは地主におさめなければならなかっただろうし、つまり社会的な資源の配分がうまく進んでいなかったわけだ。歴史上よく起こることだが、被支配層の人たちの中から自律的に改革の運動がわき起こることはほとんどない。彼らは自分たちが手に入れることができる情報と資源をもとに、そのとき最適と思われることをやる。アイルランドではそれが「誰でも耕作できるジャガイモ」に向かい、食料の多様性を消失させることになった。つまり多様性の消失は「なりゆき」だったのである。
前回にも触れたように、こうした事実があったにも関わらず、1840年のアイルランドの港からは食料がイギリスに向けて輸出され続けていた。そしてイギリス政府は飢えて死んでゆく小作民に大した援助を与えなかった。アイルランド人の農民は怠け者だからだというのがその理屈だったようだ。
ベストアンサーの回答者が指摘するのは「政治的リーダーシップの不在」だ。この政治的リーダーシップとは何なのだろうか。人々がジャガイモばかり栽培していて、うまく行っているとき「もしジャガイモが不作になったらどうするのだ」と警告を与え、食料生産に多様性を与えるような栽培計画と資本管理を行なうことだろう。これを一般化すると、現状を分析し、あるべき未来のために行動を起こすことがリーダーシップと言えるだろう。しかし、多くの人が説明するように、そんなことは不可能だった。
このことを笑うことはできない。今の日本では多くの人たちが生産手段を持たない。そして、直接的、間接的に自動車や電機といった輸出産業に依存している。確かに、GDPが輸出に依存する割合はそんなに大きくなかったのだが、多くの産業がこれに依存する形になっており、輸出産業の不振が経済の不調を招いた。しかし「アメリカ一国への依存は危険だ」といって、そのために具体的アクションを取る政治家はいなかった。また、多くの農家が、長年作り慣れた米を作り続けているのだが、これを改めようと言う人たちも出てこない。民主党政権にいたっては、そうした人たちは困っているのだから、所得が足りなければ税金から補えばよいと言っている。まず米や麦などからはじめるそうだ。これは日本の農業から多様性を奪い、農業そのものを衰退させることになるだろう。人々が簡単で慣れ親しんだ習慣を捨てて多様性を目指すのは難しいことだ。
さすがに、米の不作を招く疫病が日本全土に蔓延するとは思えないのだが、多様性を欠いた産業構造はちょっとしたショックで簡単に瓦解する。農家の戸別補償のような保護政策が「疫病化」することもあり得る。政権交代で戸別補償制度が廃止されてしまえば、依存体質になった農業は瓦解してしまうに違いない。多様性の少ないシステムが崩れてゆくとき、救済の為に取り得る手段はあまり多くないのだ。アイルランドの場合、人口が減少することにより、それまでに成立していた婚姻システムがうまく働かなくなり、家族制度が崩壊した。それが言語の衰退を招き、ゲール文化の衰退にまでつながってしまったのである。


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