伝聞の伝聞なのだがTBSが「バイデン大統領の次男めぐる捜査 「起訴できる証拠が集まった」と米報道」と伝えている。伝聞報道だが来月に迫った中間選挙に影響があると考えているのだろう。いわば「オクトーバーサプライズ(選挙前の土壇場に起きた空気を変えるようなスキャンダル)」の候補だとみなされているのかもしれないと考えて調べてみることにした。
実はこのタイトルが少し紛らわしい。「起訴できる証拠が集まった」と書くと「今集まったから起訴できる」と受け取れる。ところが、実は証拠が既に集まっていたという完了形で書かれるべきニュースのようだ。だからアメリカでは「それでもまだ起訴されていない」と言う点が取り沙汰されている。
結論から言うとこの件は中間選挙前のある種の盛り上がりを伝えるニュースではあるが「オクトーバー・サプライズ」と呼べるようなインパクトは持ちそうにない。嫌疑自体は既によく知られているからだ。問題になっているのは「いつ起訴されるか」であり「そのために十分な証拠がありながらまだ起訴されていない(かもしれない)」と言う点が問題になっているということになる。
ヘッドラインが与える印象によって記事の受け取られ方が変わってしまうと言う事例と言って良いだろう。
TBSによると米報道とは「ワシントンポストなど」だがガーディアンによるとワシントンポストとCBSだそうだ。
デビッド・C・ワイス氏は連邦検事としてはトランプ氏に任用されているが「この人を解任したら操作妨害だと思われかねない」ということでバイデン大統領からは解任されていないようである。CBSの報道によるとワイス氏は「穏健な共和党員」でありCBSの言い方によるとTrumperではない。バイデン大統領の言い方をするならば“MAGA” Republicanではないということになる。彼は信頼されておりすくなくともCBSからは政治的な思惑で動くような人ではないとみなされているようだ。
ワシントンポストは登録が必要なためCBSのニュース記事を読んだ。
- FBIは既に起訴可能な証拠を集めておりデラウェア州の連邦検事局に送られていた。このデラウェア州連邦検事(ワイス氏)はトランプ政権時代に任命されている。トランプ氏に任用された検事は多くが罷免されたがバイデン氏はワイス氏を罷免しなかった。
- バイデン氏側の弁護士は一方的な情報リークを非難した上で「起訴前に必要な時間をとっているだけだ」と主張している。
- どうやらFBI内部に「起訴までの時間がかかり過ぎている」ことについて不満を持っている人がいるようだ。もちろん共和党にもそう考えている人が大勢おり圧力が高まっていた。
この件で最も問題になっているのは「ハンター・バイデン氏が有罪かどうか」ではない。「いつ起訴されるのか」が問題になっている。これについて連邦検事の処理が遅いのではないかとFBIなどが不満を高めており共和党からもプレッシャーが高まっている。
民主党はできるだけ選挙に影響のない時期に裁判を持ってゆきたいのだろうが、共和党はもっともインパクトがある時を選びたいと考えるだろう。さらに言えば「ウクライナや中国とバイデン大統領の関係」という非常にセンシティブな話題を含んでいるためできれば裁判も遅らせたいというのが民主党側の希望なのだろうし、逆に言えば実は中国に手心を加えているのではと言いたいというのが共和党側なのだろう。
今回の一連の報道では語られていないが、バイデン大統領はこうした背景事情のために中国・台湾問題やロシア・ウクライナ問題ではかなり強気の表現をする傾向がある。となると日本の経済や安全保障にもかなり影響を与えているといえる。ことさらに強い態度は米中関係を悪化させ国連安保理を機能不全に陥らせているからだ。仮にこれが「内輪の事情」だったとすればかなりやりきれないという印象を持つ。
CNNさえもハンター氏の援護はしていない。ただ「中間選挙前に起訴の決定がされるとは思われていない(A decision is not expected before the midterm election.)」というような書き方がされている。選挙の争点(オクトーバーサプライズ)にはしたくないのだろう。だが逆にこれが「サプライズにはならないんだろうな」という印象も与えてくれる。
CBSによるとハンター・バイデン氏の事業に関する記録が多く検事に渡っているそうだ。バイデン大統領の関与が疑われるビジネスが含まれていればバイデン大統領にとっては政治的な傷になりかねない。これは民主党支持者にとっては懸念であり共和党支持者にとっては期待でもある。
ただしこのニュースが熱心に語られる理由はそれだけではないようだ。この手のニュースを読んでいると「シャーデンフロイデ」が感じられるニュースにはニーズがあるのだろうと言う印象を持つ。これはアメリカだけの事情ではないのかもしれない。ジャーナリズムというより「ショー・ビジネス」としての政治ニュースである。
FOXニュースにとっては「鼻持ちならない民主党政治家」の家族の不幸な話題は格好のニュース素材となる。ジェシー・ワッター氏はJesse Watters on possible Hunter Biden charges: You can’t contain what’s going on with Biden familyと伝えている。つまりこれをハンター・バイデン氏の問題ではなく「バイデン家がうまくいっていない」というバイデン家の不幸という印象の事案に仕立てているのだ。もともと収監なしの罰金刑で済むところが引き伸ばしているうちにどんどん罰金の額が大きくなっているようだと消息筋(つまりソースがよくわからない)の話として伝えており、中国がらみなど色々な疑惑があるのだから今後ますます……と続けている。
共和党支持者たちはトランプ氏を支持しているというよりは「トランプ氏だけが民主党を困らせることができる」と考えているようだ。このような「シャーデンフロイデ(他人の失敗が自分の喜びだと感じられるという「メシウマ」感情)」がアメリカの一部の政治報道を支配している。こうして大衆に訴えれば訴えるほどニュースショーの視聴率は上がりビジネスが潤うだろうというわけだ。
形式的にはこれはハンター・バイデン氏個人のケースである。つまり、政治的に扱われるべき問題ではないため60日前には政治的に重要な案件は扱わないというルールに囚われる必要はない。デビッド・C・ワイス連邦検事も政治的な意図があって動いているのではない可能性が高い。しかしながら、共和党支持者にとっては「バイデン家の不幸は自分達の幸せ」である。おそらく、オクトーバー_サプライズにはなり得ないのだが共和党支持者にとっては魅力的なニュースとして扱われているのかもしれない。少なくともこの話題で民主党支持者が困ればそれで満足ということなのかもしれない。
今回は関連情報を少し読んだだけであり全体像がわかったとまでは言えなかった。だが、この件を読んでいるとアメリカの中間選挙に向けた有権者(あるいは視聴者)の感情的な「盛り上がり」はよく伝わってくる。この調子で政策議論も進んでいることを願いたい。