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Busing(バスで移民を送りつけ):泥沼化するアメリカの移民対策

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南部の共和党系の知事たちが北部に移民を送りつけている。目的は「嫌がらせ」である。この行為を検索しているうちにBusing(バスする)という言葉までできていることを知った。

移民たちは送り出し国に仕事がなく命からがら中南米を超えてメキシコ経由でテキサスとの国境まで辿り着いた。ところがアメリカに着いた途端に他の地域に送りつけられて「政治的な兵器」として利用されている。

そのやり方は複雑怪奇だ。例えば、マサチューセッツ州のマーサーズビンヤード島に飛行機で移民を送りつけたのはテキサスの州知事ではなくフロリダ州の知事だったりする。

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もともとは「カマラ・ハリス副大統領に対する移民送りつけ」の記事を短く紹介する読み物に仕立てるはずだった。だが周辺情報を調べてみると、よくわかることとわからないことが出てきた。

よくわかるのは嫌がらせをしているのは共和党系であるという点だ。つまり政治的なアピールの道具として利用されている。アピールの目的は「民主党が移民政策と国境管理を失敗したおかげで自分達の生活が無茶苦茶になった」と主張することだ。一方でわからないこともある。移民たちが合法なのか不法な移民なのかという単純な点がよくわからないのだ。ドキュメント付き移民とかタイトル42などと言った耳馴染みのない言葉が飛び交っている。

まず、アメリカの移民希望者にはいくつかのカテゴリがある。

  • アメリカの外で待たされている
    • 公衆衛生上の理由で追い返される人がいる。
    • 諦めて帰る人もいる。
    • ただ国境に辿り着くまでの道のりがあまりにも険しいため引き返すことができない人たちも大勢いる。
  • アメリカに入ってから待たされる
    • この間移動は自由なのだがおそらく働くことはできないため誰かが面倒を見る必要がある。
  • 入国許可が出る
  • こうした公式なルートを強行突破してアメリカに入ってくる
    • 彼らを不法移民と言っている。

つまり不法移民の外に「審査待ち」という人たちがいるのだ。

近年移民が殺到していて審査に時間がかかっている。アメリカ合衆国はあの手この手を使って移民たちを追い返したい。しかし人道上の問題がありそれがなかなか難しい。また職員の数も足りていない。そこで国境の内側と外側で待ち行列ができている。移民希望者は待っている間はアメリカ合衆国を自由に移動していいことになっているようだ。

ヨーロッパの移民は戦争を逃れてきた「難民」であることも多いのだが、アメリカの場合は経済的な動機を持った人が多い。戦争が終われば難民たちは国に帰れる。一方で経済的な動機を持った人たちは格差が解消されなければ国には帰らずアメリカに留まりたいと考えるだろう。

こうした複雑な状況があるためCNNの英語版にある移民たちの現状についてのレポートを読んでも事情がよくわからない。

トランプ大統領はアメリカの外(つまりメキシコ)に移民たちをとどめ置いていた。これをメキシコ待機という。そして大昔に作られた「タイトル42」という取り決めを使い移民希望者たちを追い返していた。タイトル42は公衆衛生上の問題がある人は受け入れを拒否していいという取り決めなのだそうだ。

民主党は共和党のこのやり方を非難していた。だがバイデン大統領は「人道上の措置を施した」としてこれを復活させた。人道上の措置と言っても弁護士を探してもいいというものだ。命からがら逃げてきた移民が弁護士を探せるはずなどない。苦肉の策だったことがわかる。

ただし、不法にでもアメリカに入ってきた移民を即時に強制送還しないなどの措置が取られている。これも人道上の配慮によるものだ。中には「聖域都市」と呼ばれる都市がある。ステータスを問わず滞在ができる。このため6月時点の記事では「5月の拘束者は過去最高の24万人になった」と報道されている。合法的に移民プロセスに乗るとメキシコ国境で待たされたり長い間「審査中」というステータスで身動きが取れなくなる一方で強行突破して聖域都市に辿り着ければとりあえず追い返されることはない。ルールはしばしば変更されるため、ある意味命懸けの脱出ゲームのような状態になっている。

ここに費用の問題がでてくる。受け入れプロセスそのものは連邦の費用なのかもしれないがその後の定住政策の費用は各州のものになる。単純に計算すればメキシコとの国境が長ければ長いほど受け入れ費用は膨らむだろう。また先行してスペイン語話者が多い地域には移民が多く集まることが予想される。つまり、各州の負担は均等ではない。

受け入れ州は限られておりこの州の住民たちは税金を使って定住させるよりもバスで送り出したほうが「安上がりな」可能性がある。

アメリカ人はこの問題をあまり正面から捉えたくない。建国理念と自意識に関わる「アイデンティティ」の問題だからだ。

バイデン大統領はこの問題をうまく解決できなかった。このためトランプ政権時代に行われていた政策を一部復活させ支持者たちの怒りを買っていた。トランプ政権で行われていた「メキシコでの待機」を復活させたのだ。

このメキシコ待機は今どうなっているのだろうか。アルジャジーラの記事を読むとかろうじて状況が掴めてくる。トランプ政権はこのメキシコ待機政策に「the Migration Protection Protocols (MPP)」(移民保護プロセス)という名前をつけていた。批判的な人たちはメキシコ待機政策と呼ぶ。このように長期間足止めしてアメリカ入国を諦めさせようとしているが命からがら逃げてきた人たちに帰る家も旅費もないためメキシコに止まり続けるしかなかった。

このMPP=Remain In Mexco(メキシコ待機政策)はバイデン政権になっても引き続き継続中である。アルジャジーラは皮肉混じりにRemain in Mexico 2.0と呼んでいる。バイデン大統領は弁護士をつける権利を保障したが命からがら中南米から逃れてきた人たちが弁護士など見つけられるはずもない。

アメリカ政府が彼らを追い返すために使っているのがタイトル42と呼ばれる古い公衆衛生の保護法である。アメリカに危険を及ぼす疾病を持っている人には入国を許可しなくても構わないという理由づけで多くの移民希望者を追い返した。それでもまだメキシコにはアメリカへの入国を待つ人たちの長い列がある。

メキシコ待機も解決していないのだが、バイデン大統領は自分を民主主義の擁護者であると位置付けたい。これが共和党支持者たちを苛立たせる。移民擁護の姿勢ばかりが際立つため「バイデン大統領が国境問題をおそろかにしている」という印象がついてしまう。

アメリカ合衆国は「民主主義の擁護者」であり自由を求めてアメリカに渡ってくる人たちを全て保護する責任があると信じている人は多い。だが現実は中南米からの安い農業製品や鉱工業製品に依存して繁栄してきた。このため中南米諸国は貧しい状況に留め置かれている。アメリカ合衆国はこの格差を是正せず放置していたため大勢の移民希望者がアメリカに殺到する。バイデン大統領は民主主義の擁護者という自意識を強調するため共和党支持者たちから「問題を放置している」と見られる。

つまりこの問題を根本的に解決しようとすると「自由の擁護者」という誇りを捨てるか、格差を是正して豊かな暮らしを諦めなければならない。だがそれはどちらも難しいため結果的に移民の待ち行列ができる。待っている移民たちには十分なステータスがないため誰かが面倒を見なければならない。

CNNの報道によるとフロリダ州のデサンティス知事は対策費1200万ドルを確保しその費用を移送計画に充てた。理由は「テキサスにやってきた移民たちはおそらくフロリダにやってくるだろう」というものだったようだ。いずれにせよフロリダで面倒を見るよりも他のところに送りつけた方が総合的な対策費は安く済む。人間を不法投棄の漂着ゴミのように扱っているのである。

移民問題を扱う弁護士によると移民たちは自分達がどこに向かっているのかを知らされていなかったようだ。とにかく仕事を世話してもらえるなどと説得され飛行機に乗ったようだが行き先がマーサーズビンヤード島であるということは知らされていなかったという。少なくとも強制的に乗せられたわけではないのだがかといって自由意志でマーサーズビンヤード島にきたわけでもなさそうだ。

カリフォルニア州のニューサム知事(民主党)はアボット知事(テキサス・共和党)やデサンテス知事(フロリダ・共和党)を誘拐容疑で捜査しろと主張していると地元ABCがGov. Newsom wants DOJ to investigate DeSantis, Abbott for possibly ‘kidnapping’ migrantsという記事で伝えている。

この記事ではデサンテス知事(フロリダ)だけでなくアボット知事(テキサス)も非難されている。アボット知事はカマラ・ハリス副大統領の自宅の外に移民を乗せたバスを2台送りつけた。中には75人から100人くらいのベネズエラからの移民が乗っていたという。アリゾナ州の知事もこれに賛同しておりニューヨーク市やシカゴが標的になっている。

マーサーズビンヤード島は富裕層たちの別荘地になっている。住民にバラク・オバマ前大統領を含む裕福な政治的エリートが多く含まれるという。つまりリベラルな金持ちたちが厄介ごとの面倒を見るべきだということなのだろう。ポリティコによるとマサチューセッツ州のベイカー知事(共和党)は移民保護のために送り付けられた移民たちをケープコッドに移動させた。

ホワイト・ハウスはこの動きを「移民の政治利用だ」として非難しているがFOXニュースの視聴者たちを喜ばせるだけかもしれない。BBCはハリス副大統領の家の前に移民を送りつけたバスはFOXニュースの「ニュース映像」になったと伝えている。ホワイト・ハウスが怒れば怒るほど「普通の市民」たちからなる共和党の支持者たちは溜飲を下げることができる。送りつけた共和党側の人たちは「緑が多い場所に行けるように協力しただけ」と涼しい顔である。

アメリカの政治はもはやイデオロギー闘争ではなく「相手の困った顔が見たい」という感情的ないざこざになっている。

背景にあるのは中南米とアメリカ合衆国の間にある絶望的な格差の問題とアメリカ人の自意識の揺れである。民主主義の擁護者という自意識と豊かな暮らしは両立しないのだが、アメリカ人はこの問題を直視できないでいる。正面からの解決が難しいために政治問題化し「相手を困らせるために移民をバスに乗せて送りつける」という行為が政治的に一部のアメリカ人に支持されている。

いずれにせよ根本的な解決策がない以上この問題はしばらく継続するものと思われる。

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