時事通信が「ドイツに180兆円賠償請求へ ポーランド、大戦中の被害で」という記事を配信している。過去の戦争被害問題は解決済みということになっているのだが、それを蒸し返した形である。それにしても180兆円とは大きく出たなという印象を持つ。
ただ時事通信の記事を読んでも詳しい背景がわからない。おそらく日本語にも翻訳されるのだろうがロイターの英語版の方が記事としてはよくまとまっていた。翻訳はGoogleの機械翻訳によるものを手直しした。
この方針を発表したのは最大与党「法と正義(PiS)」のカチンスキ党首である。
- ポーランドは第二次世界大戦でドイツが被った損失を6兆2000億ズロチ(1兆3200億ドル)と見積もっている。
- 与党議員による 2019 年の 8,500 億ドルの見積もりを上回っている。
- 提示された金額は「最も限定的で保守的な方法」を使用して採用されたと説明。
- 1953年に当時共産主義だったポーランドの支配者はソ連からの圧力を受けて戦争賠償請求をすべて放棄。
- ポーランド最大の野党は与党の発表を与党への支持を再構築するための内部政治キャンペーンであると批判。
文中で指摘されるようにポーランドでもインフレが進行中だ。経済はいまだにプラス成長だが伸びは明らかに鈍化している。ロイターは東欧の事情をレポートにまとめている。経済状態が悪化すれば財政支出は抑制され国民生活がより苦しくなることが予想される。この動きはウクライナの戦争前から始まっていた。JETROが記事をまとめている。
- モラビエツキ首相がインフレ対策発表、施行に向けて手続き開始(2021年12月06日)
- 消費者物価がさらに上昇、政府はインフレ防止策を延長へ(2022年06月07日)
こうした不満を和らげるためには従来の主張をより先鋭化させて人々の不満を外に反らしてやる必要がある。ただしドイツは「過去は清算済み」という立場であり交渉は難航が予想されるということである。
おそらく今回の蒸し返し発言の背景には法と正義内部の事情もありそうだ。2020年9月の日経新聞が「ポーランド、右派政権に崩壊危機 党首後継争いも」という記事を出しているがこの時点でカチンスキ党首は高齢で後継者を探していると書かれている。
「法と正義」は最大与党だがかつてカチンスキ氏に追放された経験があり今は連立相手になっているジョブロ氏が率いる急進右派を抱えている。彼らが離反して総選挙ということになれば野党が漁夫の利を得る可能性がある。かといってジョブロ氏のいうことを聞き過ぎれば主導権を失いかねない。カチンスキ氏は危うい党運営・政権運営を迫られている。
2022年の記事ではジョブロ氏は依然法務大臣だと書かれている。BBCの記事の内容は「ポーランドの大統領が反LGBT政策を掲げたため活動家が反発した」というものだ。EUとの間に法的軋轢が強まっているのだが、ジョブロ法相はポーランドの独自性を強調している。2020年からあまり状況が変わっていないことがわかるが、EUとの軋轢は増している。
このように詳しく見てゆくと党内の様々な問題を外に向けるためにドイツがターゲットになっているということがわかる。
可能性としてはあまり高くないのかもしれないのが、ポーランドの要求が認められてしまえば「自分たちも戦後賠償をやり直してほしい」という国が出てきかねない。おそらくEUは混乱状態に陥るだろう。少なくともウクライナの戦争のために一致団結すべきEUやNATOには大きな亀裂が入ることになる。
仮に党内の影響力保持のための行動だとすると、今回のカチンスキ党首の発言はかなり迷惑なものだと言えそうだ。