このところ清和会をめぐる動きが激しくなってきている。岸田総理は明らかに統一教会問題を扱いかねているが基本的に安倍派の問題のため手が出せない。
この上にさらなる難題が降りかかってきた。東京特捜部が森喜朗元会長に狙いを定めている。AOKIホールディングスから200万円が渡ったという話がでてきた。特捜部はオリンピック関連の汚職疑惑だと捉えているようだが「森喜朗氏へのお見舞いだった」という可能性も残っているそうだ。スポーツ利権と政治家の関係にもどこかスッキリしないもやもや感が残る。
いずれにせよ疑惑を抱える森喜朗氏が長老として動揺している安倍派をまとめるのは難しくなってしまったのかもしれない。
森喜朗氏の疑惑について触れる前に、そもそも清和会がどのようなものだったのかを改めて整理したい。
清和会前史
岸信介はもともとマルクス主義を参考にした満州経営で頭角を表した革新官僚だった。戦後は公職追放を受けるが、戦後は親米派の政治家として政界に復帰する。
岸氏が不在の間に吉田派は社会党や共産党も入れて新しい憲法を導入してしまっていた。とにかく経済から立て直そうと国際社会の復帰を急いだ吉田氏とアメリカと上手く付き合いながらも対等な関係を目指した岸氏の思想は相容れない。
この対等なスキームを実現するためには日米同盟を整理した上で憲法も改正しなければならない。だが、国民からの猛反発を受けたことで退陣を余儀なくされた。この憲法に対する屈折した感情はその後も岸の系譜に受け継がれた。
ところがどういうわけか岸信介の系譜を直接受け継ぐ人はいなかった。息子の岸信和は政界に入らず跡を継いだのは娘婿の安倍晋太郎氏だった。政界では福田赳夫氏が後継とみられていたが角福戦争に巻き込まれてゆく。
福田赳夫氏は大蔵省出身で岸信介に仕えた。池田総理のもとで政調会長を務めるのだが池田総理と対立するようになり政調会長を解任された。この時に池田総理に対抗するために仲間を募ったのだが福田派の基礎となった。
池田元総理が病で倒れた跡の総理大臣は佐藤栄作(岸信介の弟)だったため岸元総理の後見を受けた福田氏は厚遇された。だが佐藤栄作氏の後継として田中角栄氏との争い(角福戦争)に敗れてしまう。
田中角栄総理が中国との接近を急いだため対抗上福田派は中華民国(台湾)とのバランスを意識するようになる。これが福田派が「右派」である原因になっている。だが、元々の出発点を見ると「右派」というよりは「国家による経済管理」が主眼のグループだったようだ。
全ての遺産が引き継がれたわけではなかった
このように元々の清和会はいくつかの異なる考え方の集合体だったことになる。当時の政治状況から合金的に生まれた組み合わせだ。
- 市場放任ではなく国家主導の計画経済を重視する。市場放任は経済過熱させコントロール不能なインフレを生みかねないからだ。
- 田中角栄氏に対抗するために対中国ではなく対台湾を重要視する。このため「反共産主義」を重要視する
現在の清和会は「外交タカ派」的な要素が強い。だが、計画経済的な考え方は引き継がれなかったようだ。いずれにせよ福田赳夫氏が田中角栄氏に対抗するためにまとめた支持母体の中に「反共」の統一教会も入っていた。これが負債化しているというのが今の状況だ。
おそらく清和会の中にも負債を清算して経済に定見のある政策集団に戻りたいと考えている人たちはいるはずである。きっちりとした国家経営戦略を提示できなければ宏池会系と渡り合うことはできないからである。
統一教会から手を引いた福田系は安倍系の遺産を切り離したがっている
さてここまでが前史である。もともと岸信介氏が「対共産主義闘争」から統一教会と手を組んだという説明にはある程度の合理性がある。また福田赳夫氏も田中派に対抗するという意味合いから統一教会との関係を維持したようだということが知られている。
ところが森喜朗氏、小泉純一郎氏と清和会が主流派になってゆく過程でこうした後ろ盾はあまり必要がなくなった。保守傍流と揶揄されていた時代はもはや「今や昔」となったからである。
特に福田赳夫氏の息子である福田康夫元総理大臣は退任後に「文書管理の徹底」を掲げるほどの潔癖だった。退任後にも森友問題をめぐる公文書改竄に深い憂慮を示し続けてきた。
こうした潔癖な性格ゆえか福田氏は統一教会の支持は求めなかったようだ。孫の代の福田達夫元総務会長が「何が問題かわからない」と発言したのはおそらくそのためだった。一方岸信介氏の孫である岸信夫元防衛大臣は「統一教会について知っており選挙協力も受けていた」と発言した。つ
新潮の記事によると、今清和会には安倍系・福田系という二つの流れができているようだ。安倍氏の威光を最大限に利用したい人たちがいる一方で福田系の中には「統一教会問題が付いている限り清和会は復権できない」と考えいる人たちがいる。「安倍名前を消せるなら塩谷派でもなんでも構わない」と思っているようだ。デイリー新潮は「統一教会とズブズブで安倍派は“悪の権化”呼ばわり 派閥議員からついに出始めた意外な声とは」という記事をまとめている。意外な声を挙げているとされるのが非安倍系つまり福田系の人たちである。
このように安倍元総理のレガシーを引き継ごうとした人たちはもれなく負債も受け取ることになる。岸田総理もその一人である。だが財産目録を見てしまった以上相続放棄はできないという異様な状態である。
スポーツ利権も「負債化」しているようだ
今回の森氏の疑惑を見ると清和会が抱えていた負債はこれだけではなかったようだ。文教利権にも負債が含まれている可能性がある。歴代の文部科学大臣を見ると確かに清和会の人が多い。
すでに収賄容疑で逮捕されている元電通の高橋元理事がAOKIホールディングスを森元会長に紹介しているという話が出てきた。産経新聞は青木前会長が森元会長に200万円を手渡したと供述していると【独自】記事で伝えているが、ロイターは「ガンの見舞いだった」可能性も併記している。つまりこの問題にはどこかモヤモヤしたものが残りどのように決着するのかが見通せない。
新潮は次の特捜部の狙いはどうやら森元会長であると伝えている。もともとAOKIは紳士服の行商からコツコツと事業を積み上げてきたという地道な会社だった。最近ではブライダル事業にも力を入れているほか株式会社快活フロンティアの複合カフェ「快活CLUB」も成功を収めている。決して政治の力を背景に生き残りを図ろうとして政治に接近したわけではなくある意味では被害者ともいえる。
この地道な会社が可能性を広げるために近づいたのがスポーツだった。ブライダルビジネスや快活クラブのように「今までとは畑違いの領域」に踏み出したわけだ。だがオリンピックには多くの中間業者がいる。有り体に言ってしまえば「中抜き」で儲けるというビジネスモデルが定着していた。コツコツと紳士服を売ったりエンターテインメントスペースを提供する真面目な事業者が「中抜き」業者と不運な接近をしたというような話なのではないかと思う。
今回特捜部にAOKIサイドからの情報が多く流れ込んでいるのはAOKIがこの中抜きスキームに十分に染まりきっていなかったからなのかもしれない。何かおかしいとは思っていたがやはりおかしかったということだ。創業者青木拡憲前会長は質流れ紳士服の行商からビジネスを大きくしてきた。つまり一点一点手売りして今の地位を確立したのである。そんな青木氏はビジネスキャリアの最後に大きな黒いシミを残すことになった。
この問題が森氏逮捕で決着すれば清和会安倍系も福田系もこの問題と決別することができる。だが決着しなければ問題はいつまでも疑惑のまま残ることになり、負債の清算は難しくなるだろう。
問題は明白な違法性の有無ではないのかもしれない。むしろ問題なのはこの問題がいつまでもモヤモヤしたまま残り続けるところにある。信教の自由を理由に自民党は統一教会問題を清算できていない。スポーツ利権と清和会の問題にも似たようなバックグラウンドがあると言えるだろう。疑惑がいつまでもくすぶり続けることが問題なのだ。