テキサス州のサンアントニオで移民を乗せたトラックが発見された。当初48名が亡くなっていたと伝えられていたのだが死者の数は51名に増えた。トレーラーには100名以上が詰め込まれていた可能性があるそうだがその詳しい人数はわかっていない。テキサス州は連日暑い状態が続いており、触った遺体も熱かったのだという。まさに現代の奴隷貿易船といった風情である。
「たまたまの事故だった」と思いたいところなのだがそうではないかもしれない。アメリカでは現在「前例のないオペレーション」が実施されている。つまり重点捜査状態だったということになる。
バイデン政権が「前例のないオペレーション」を発表したのは6月10日だった。ラテンアメリカに数百人の要員を配置し数百万ドルの資金を投入するという計画だった。ロスアンゼルスで開かれた米州首脳会議でアメリカから提案されたもののその効果は疑問視されていた。
共和党支持者たちが多く住んでいる南部ではバイデン大統領の推進する「人道的な」移民抑制策に対する批判が強まっている。強硬な手段を取らないから移民が減らないというわけだ。メキシコ国境に近いテキサス州はこの傾向が特に強い。
選挙で再選を狙うアボット州知事はバイデン大統領の無策ぶりをアピールするためにワシントンに移民を送りつけたりしていた。バイデン大統領は不法移民対策をテキサス州に押し付けていると訴えたかったのだろう。
国内の人権派に配慮しつつ共和党の攻撃にも対応しなければならないバイデン政権は中南米の国々と協力して移民対策に乗り出した。だが、中南米諸国は様々な理由から左傾化・反米感情が盛り上がっており協力は見込めないだろうというのが大方の見方だった。バイデン大統領は普段から「非民主的な国々」を刺激し続けている。このためいざという時に協力が得られなくなっているのだ。
米州首脳会議はメキシコの大統領にボイコットされてしまう。ロペスオブラドール大統領は「ベネズエラ、ニカラグア、キューバ」が招待されていないからという理由で欠席を表明した。この事件は一部の新聞から「裏庭でアメリカの影響力が低下した」などと報道されたが、バイデン大統領の普段からの言動に対する意趣返しなのだろう。バイデン大統領が例外として見下している国に対する連帯を表明することで普段の言動に対して不満の意思を表明したのだ。
仮に中南米との協力関係がうまく結べていたとしてもアメリカ国内に安い労働力に対する需要があるという事実は変わらない。いくら国境検問を厳しくしても移民がいなくならないのはそのためだ。さらに検問を厳しくすると国境で渋滞が起こるという別の問題がある。2022年4月の「米メキシコ国境で物流停滞 テキサス州の検査厳格化で」という記事によるとテキサス州が独自に実施した検問検査で渋滞が起きた。メキシコからの安い品物が滞れば当然アメリカではインフレが起こる。当時のサキ報道官はアボット州知事の対応を批判していた。
根本の問題は需要と供給が合致しているという点にある。つまり、アメリカの側にも「最低賃金以下で酷使できる労働者」に対する需要がある。さらに不法移民はブロックしたいが物流そのものは止めたくないという別の問題もある。だがアメリカの政治家たちはあまりこの問題には触れたがらない。
この「前例のないオペレーション」には国内外の人身売買ネットワークの摘発も含まれていたのだろう。今回のケースでも「犯罪」として調査が行われる。インターステート10・35・37が集まるサンアントニオはテキサス州南部の交通の要衝になっている。現在の奴隷商人たちが現代の奴隷貿易船であるトラックに商品のように移民を詰め込んでサンアントニオなどをテキサス州を行き来している。今回発見された人の中には大人だけではなく子供も含まれていたそうだ。人身売買ネットワークを完全に封じ込めるためにはトラックの全数検査をやればいいのだが経済的な理由でそれはできない。国境検問所で渋滞が起きる上にいんふれをかそくさせていまうからだ。
アメリカは民主党・共和党の垣根を超えてこの問題に取り組むべきであろう。だが実際にはそうなっていない。問題の解決に正解が見つけられない場合によく起こることだが民主党と共和党の間での非難合戦に発展している。
BBCの記事によると、バイデン大統領は「こうした問題が起きるのは人身売買業者のせいである」と声を荒らげている。ところがテキサス州のアボット州知事はバイデン大統領が国境を開放しているからこんなことになるのだとバイデン大統領を非難する。秋に州知事選挙を控えており対立の構図をより鮮明にしたいのだ。冒頭に書いたようにアボット州知事は移民バスを仕立ててワシントンに移民を送りつけたこともある。不法移民バスというそうだ。
この不法移民バスの背景は不法移民の即時送還を非人道的であるとして廃止したバイデン政権への反発があった。つまりアボット州知事は民主党バイデン大統領はこうした問題をテキサス州に押し付けていると言いたいのだ。ワシントンのリベラルたちがいい気分で人道などど言っている裏で我慢を強いられているのは自分たちであると主張しているのだろう。
アメリカには、銃規制・中絶・移民といった「命に関わる問題」が多くあるのだが、それぞれに党派的な狙いがあり、問題解決の道筋はなかなか見えてこない。
外交ではロシアや中国というわかりやすい敵を作って内部の矛盾を吸収している。細かい問題は棚上げにしてでも大きな敵に立ち向かわなければならないという物語が必要なのだ。そんなのはまやかしであると思う一方で「敵の不在」はかなり深刻な問題を引き起こすこともよくわかる。アメリカ大陸では合衆国が唯一の超大国であり名指しできるような敵がいない。このことがアメリカ合衆国内外の矛盾をより浮き立たせる。
アメリカ人はもうヒスパニック系の人口は増やしたくないと考えている。だがその一方で格安の労働力に対する需要もなくならない。さらに中南米の国々はアメリカ合衆国に対する反発心を強めており不法移民対策には消極的である。とはいってもお互いに協力して経済発展を目指そうという機運もないため国を捨てて新天地を目指そうという人たちが大挙して北上してくる。全数検査すればこうしたトラックはいなくなるだろう。だが今度は物流が停滞してインフレが加速する。
こうした矛盾に適応した結果が「労働者を貨物のようにトラックに詰め込んで国境を越えさせる」という輸送作戦だったわけだが人はモノではない。暑い中で閉じ込めておくと当然死んでしまうのだ。