クールジャパン機構が309億円の累積赤字を出して店じまいへ

参議院選挙が始まり各政党は自分たちの政党に投票してもらおうとあの手この手で支援策や成長戦略を打ち出している。だがその背後には「過去の提案」の店じまい・精算という問題もある。裏方仕事は官僚が担当することになっており、新聞で報道が出た後粛々と撤退作業が進められbp流。前回ご紹介した「コロナの雇用支援」の打ち切り提案もその一環なのだろう。

そんな中意外な打ち切り提案が出てきた。それがクールジャパン機構の打切りである。読売新聞が累積赤字が309億円出ていると書いている。そういえばそんな機構があったなと思った。






選挙公示を前にした2022年6月20日に財務省が「成果が出ないならクールジャパン機構は店じまいしたほうがいいのではないか?」という提言を出したと読売新聞が伝えている。あまり成果が出ていないことは誰の目にも明らかだったのだが導入した人たちはなかなか失敗したとは言えないのだろう。世界的な長期金利上昇局面に入っておりこれまでのように国債を発行し続けるのも難しそうだ。今後もいろいろな打ち切りや見直しが提案されることになるのかもしれないと感じた。

最近経済対策や予備費で「兆」という単位が飛び交っているために小さく見えてしまうのだが累積赤字309億円とは貯めに貯めたものだなと感じた。

日本のクールジャパンの失敗は韓流輸出政策と比べると見劣りがする。問題はそれほど複雑なものではない。韓国は自分ごととしてこの問題を捉えたが日本は他人ごとだったという違いがある。

韓国経済は外貨準備が不足する傾向にあり何が何でも稼がなければならない。サムソンや現代がコケたから国が終了しましたなどとは言えないのである。そこで韓国は国が主導して中小のクリエイターの制作環境を整えた。国が育てたクリエイターに実際に欧米に行ってもらい自分たちで売り込めるようにという体制も整えた。つまり韓国経済にとっても当事者のクリエイターたちにとってもこの問題は自分の問題だった。もちろん失敗する人も出てくるのだが中には大成功を収める事例もでてきた。ついにはBTSがバイデン大統領に招待されるまでなったが、その裏にはおそらく失敗作もたくさんあるはずである。

一方で日本のクールジャパン政策の目的はおそらく広告代理店や企業への還流だったのだろう。あらかじめめぼしいものを政府が見つけて集中的に投資するというのが名目だったが実際のクリエイター支援は行われなかった。例えば日本のアニメーターは「このままでは貧困で生きてゆけない」というような状態になっている。コンテンツ支援に切実な動機がなく作り手ではなく周辺にいる人たちが全て援助の恩恵を持って行ってしまうという構造が出来上がっている。

とはいえ「利益誘導してもらった人たち」が日本のコンテンツを売り込んでくれればそれはそれでよかった。だが、支援を決める偉い人たちが自分たちの思い込みで「こうあって欲しい日本」を売り込んでも効果が上がることはない。実際にコンテンツを作る人を売り先の市場と直接交渉させたほうがよかったのだが、それでは中間業者に旨味がない。

利益誘導とは言いがかりではないか?と思う人もいるのではないだろう。だがクールジャパン機構の問題は国会でも議論されている。実業経営経験があり当時参議院議員だった松田公太氏はこの問題について国会で追求をしていた。だがあまり受け入れてもらえなかったようだ。

松田さんは一部の大企業や関係者が儲かっただけと言っている。

松田さんは2015年当時の自身のブログ記事を紹介している。あまりクールじゃない、クールジャパン機構がやっていることというタイトルがついている。もともと委員と関連する企業に投資が行われていることからこのスキームの目的がクールジャパンの推進ではなく利益誘導にあったことは明らかだ。だが当時の大臣は「委員の中に関係者がいるのは確かなようだが……」という点までは認めつつ終始一貫しておとぼけモードだったようだ。

松田さんが問題にしているのはガバナンスの問題だが、これに加えて推進者や政府に「コンテンツを輸出してでも生きて行かなければならない」という切実さがなかったという点にも問題があるのではないかと思う。

政治家に聞いても経済学者に聞いても国民に聞いても「日本には成長産業が必要だ」という。アイディアは次から次に出てくるがその言葉にはどことなく他人事感が漂う。そして大した成果が上がらないうちに立ち消えになり次々と新しいものが出てくる。

あえて成長産業など見つけなくても日本は製造業大国としての実績があるし、今はたまたまうまく行っていないだけなのだという気持ちがあるのかもしれない。松田さんのように自分でビジネスがやりたい人は国会での活動を諦め実業の世界に戻ってゆく。国会は「他人ごと」の世界であり「自分ごと」としてビジネスをやりたい人が長い間止まる場所ではないということなのかもしれない。

では当時の推進者だった人たちは今回の件をどのように総括しているのだろうか。

中村さんは「日本のコンテンツ産業は縮小しているのだから国家がもっと関与すべきだ」と主張してきた。当時はこうした事業は100年は続けなけばならないとも主張していた。この2013年当時の主張だけを見ると国を憂い未来を見通す人という好ましい印象になる。立派な国家観だ。

中村さんが賢かったのは「実は日本の文化は実は欧米から尊敬されている」と自尊心を刺激しつつ欧米発の「クールジャパン」という言葉を使い具体的なスキームを提案した点にある。自分たちの文化にあまり自信がないのだが「誰かに褒められていますよ」というと確かに悪い気はしない。

今回このニュースに接した中村伊知郎さんは「もともと宣伝だったのだから一定の効果は挙げた」と主張している。成果が上がらなかったのだったらさっさと店じまいしても構わないのではないかという意見のように聞こえる。国家100年の計という当初の理想は失われており「アナウンスメント効果」だったということになっている。高い授業料だった。

こういう意見を読むとつい「おいしい思いをした人たちを糾弾したい」という気持ちになるのだが、多くの人がコンテンツ産業の成長を自分ごととは思っていないのだから一部の人たちを責めても仕方がないのかもしれない。損を出して改善が見込めないのならこれは撤収をしたほうが良さそうだ。

我々がクールジャパン事業から学ぶべきなのは「人は自分ごとでなければ一生懸命にならない」という割と単純な事実なのではないかと思う。所詮他人ごとだったクールジャパンは失敗しつつあり日本はこうした「割の合わない事業」への資質を継続する余裕を失いつつある。

ただ、あまり悲観的なことばかりを言っても仕方がない。実はアート・コンテンツの世界では次の潮流が起き始めている。それがNFTである。ニューヨークで大規模のイベントが行われ日本人も集まっている。TBSは太田雄貴さんの姿も見られたと報道した。つまりデジタルプラットフォームさえあれば国境や国籍を超えてコンテンツが売り買いされるという市場が形成されつつあり日本からも参加者がいる。

日本のコンテンツ市場は広告代理店が巨大メディアであるテレビを占有することで優位な位置を独占するというビジネスモデルだった。ただこのビジネスモデルでは成功できないという日本人アーティストも多かったはずだ。デジタル化によってこうした垣根は取り払われている。日本にはもともと分厚いコンテンツクリエイターの層があるためわざわざ国が支援して売り込まなくても自分でニューヨークに出かけて肌で空気を感じ取ろうという人が大勢いるのである。

クールジャパン機構があまり成果を出さなかったのはおそらく古いモデルに縛られるあまりこうした新しい潮流を掴み損ねたからなのかもしれない。だが、民間はすでに政府の先を行っておりしっかりとこの潮流に参加している。

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