ドナルド・トランプ大統領が、日本の対米投資プランを一方的に発表した。
本来、国家の投資戦略は政府が主体的に設計し、国内外に説明すべきものである。それを外国首脳に先行して発表され、政府側が十分に説明できない状態にあること自体、日本の経済運営が「受け身」に陥っていることを示している。
この姿勢は、単なる外交上の失態ではない。日本が今後どの分野に資源を集中し、どの産業を育てるのかという根幹部分を、曖昧なままにしていることの表れでもある。
まずこれが「問題である」と言えるためには、まず何をもって良し悪しを判断するのかを定義する必要がある。少子高齢化が不可避の日本にとって、現在持っているポテンシャルを十分に発揮するための投資は不可欠だ。政府に十分な資金があるわけではなく、民間の協力が欠かせない。
具体的な成長戦略と投資計画があれば「良い政権」と言えるし、なければ「悪い政権」という評価になる。
海外投資家は日本の構造改革に期待している。先日はBloombergの「産業多様性」に関する記事を紹介したが、今回はReutersの記事を取り上げたい。以下は同社の記事からの引用である。
短期筋からの資金流入を見込む声もある。JPモルガン証券の高田将成クオンツストラテジストの試算によると、順張り投資家のCTA(商品投資顧問業者)は、日本や英国株に軸足を移しつつある。米アンソロピックの新AI(人工知能)が既存ビジネスの脅威になるとの懸念から、ソフトウエア株安が発生。これを受け、ハイテク株比率の高い米国や韓国、台湾から、伝統的な製造業の多い日本などへ資金をシフトさせているという。高田氏は、日本株に対し「ポジティブなカタリストを待つ雰囲気がある」と指摘する。
アングル:「カタリスト待ち」の日本株、成長投資の中身問う海外勢(REUTERS)
この記事が示しているのは、アメリカ、韓国、台湾が「過度にハイテク依存」に傾く中で、産業多様性を持ちながらもそれを十分に活かしきれていない日本に、注目が集まっているという現実だ。
金融市場が高市総理に求めているものはかなり明白だ。構造改革を通じて非効率な経済構造を立て直す「カタリスト(触媒)」になることが期待されている。仮に高市総理がこれに応えることができなければ、日本はまた「忘れられた国」に逆戻りである。
ところが、今回の一方的な投資発表からは、「日本が自国への投資よりもアメリカ向け投資を優先するのではないか」という懸念が生じる。
もっとも、その心配は現時点では過度である可能性が高い。
時事通信は「トランプ氏、対米投融資で勘違い?」と題した記事を配信している。過去の言動を踏まえると、トランプ氏は選挙キャンペーンに使える材料を集めているだけで、事業の中身にはそれほど関心がないと考えられる。支持者たちもまた、政策の詳細よりも「勝った」「強い」というイメージを重視する傾向が強い。
実際、ロイターの記事で名指しされた企業の多くは、投資の詳細を明らかにしていない。トランプ氏が具体的な中身に関心を持っていないことを、企業側も見抜いているのかもしれない。
赤沢大臣が「細部が詰めきれていない」と発表をためらった理由は不明だが、赤沢大臣(元運輸・国土交通官僚)の真面目な性格ゆえに「確約が必要だ」と考えた可能性はある。そもそもの目的は「選挙キャンペーン」だったのだから、適当に話を合わせておくのが良かったのかもしれないが「官僚」としては不安が大きかったのだろう。
トランプ大統領は産業政策の中身には関心がないのだから、表向きの協力姿勢を保っていれば「なんとかやり過ごせる」かもしれない。となると問題の焦点はトランプ大統領ではなく協力する側の高市総理に移る。高市総理はどのような戦略で投資家や企業を説得しようとしているのだろう。有権者は「気合」に満足するかもしれないが投資家や経済界はそうではない。
では高市総理はこの問題をどう捉えているのか。それを理解するには、「供給側(サプライサイド)経済学」の歴史を振り返る必要がある。
供給側経済学を本格的に推進したのは、ロナルド・レーガン政権時代の共和党だった。企業活動を活発化させれば、その恩恵が社会全体に波及する、いわゆる「トリクルダウン」が想定された。しかし、トリクルダウンは十分に機能せず、金融・IT偏重の経済が形成され、製造業は中国などへ移転していった。
一方、ジョー・バイデン政権は、国家主導で供給網を再構築する路線へと転換した。安全保障や環境配慮といった価値観を伴う産業政策が推進され、トランプ政権時代の対中関税も活用された。その結果、移民問題が深刻化するなど副作用も生んだ。国内に産業基盤を戻しても対応する労働者が確保できなければ意味がない。
トランプ氏はここから「関税は使える」と学んだ可能性があるが、バイデン政権の価値観転換には強く反発した。変化に対応できない地域社会は、再びトランプ氏に期待を寄せるようになった。
ただし、トランプ氏の産業政策は「反バイデン」が中心であり、「何をどう立て直すのか」という軸を欠いている。供給網を再構築するとしても、それを誰が担うのかという設計が存在しない。労働政策に関しては移民追放やビザの厳格化などアメリカに産業基盤を戻したいとはとても思えない物が多い。
今回の発表でも「私が3回勝ったオハイオ」という表現が使われた。彼の政策が産業政策というより選挙運動であることを象徴している。
アメリカの供給政策を振り返ると、安倍晋三政権以降、日本がこれをほぼそのまま模倣してきたことが分かる。元の政策が成功していれば問題ないが、必ずしもそうではないものをコピーしている。
日本経済新聞によれば、第2次高市政権発足時、高市首相は「官民で大胆投資を進める」と宣言した。しかし実態は、アメリカ型政策を踏襲し、経済界に投資を要請しているにすぎない。対米投資も国内投資も求める。しかしなぜその投資が正当化されるかは説明せず、単に絆の問題としている。政府自身の戦略は曖昧なままだ。
日経は消費税減税を「ポピュリズム」と批判し、経済界は社会保障改革を要求する。企業は賃上げしたくても、社会保障負担に苦しんでいる。海外投資家は構造改革を迫る。四面楚歌に近い状況である。
では、野党はより良い選択肢なのか。
中道改革連合の惨敗を受け、蓮舫議員は「夜中に目が覚める」と語った。
しかし、有権者の離反は以前から進んでおり、それに気づけなかったこと自体が問題だ。
落選した鈴木烈氏は「日本のリベラル2.0」を掲げたが、これもアメリカ民主党路線の模倣に過ぎない。現在、民主党は供給側重視派と再分配重視派が主導権争いを続けている。
ここまで本稿では、「アメリカの産業政策の劣化」「それを定見なく模倣した安倍晋三路線とそれを継承する高市早苗路線」「野党の迷走ぶり」を駆け足で整理してきた。根拠を十分に示しきれなかった部分もあり、「日本の政策には本当に産業政策の軸がないのか」と物足りなさを感じた読者もいるかもしれない。
実際、今回の分析では空白となっている菅義偉政権はコロナ対応に追われ、岸田文雄政権は「新しい資本主義」で国民を当惑させ、石破茂政権に至っては「楽しい資本主義とは何が楽しいのか」と疑問を投げかけられてきた。こうして振り返ると、政権ごとに看板は変わっても、産業政策の中核となる思想は一貫して見えにくい。
ここから浮かび上がるのは、「国益について自ら考える能力や意欲の喪失」である。自分たちで戦略を構想できなかったため、これまで日本はアメリカ合衆国を外部参照点として凌いできた。しかし、その参照元であるアメリカ自身の産業政策が揺らぎ始めたことで、日本の空白も露呈しつつある。
これが一貫して報道されない「隠れていた次元」なのだろう。言い換えれば、これまで見えなかった問題が、ようやく可視化されただけなのだ。
この「自らで考える力」を取り戻さない限り、働いて働いて働いて働いて働いてボタンを押しまくっても、結果は徒労に終わるだろう。必要なのは、他国モデルの模倣ではなく、日本自身の現実に根ざした戦略を描く覚悟である。

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