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誰のための政治の安定 マスコミが書けなくなった理由を考える

9〜13分

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2つの記事を読んで、マスコミの機能不全はかなり重篤な状況なのだなと感じた。

漠然と読んでいると「何が」と思うかもしれないが、実はこの記事は理由と背景を説明していない。おそらくもはや扱えないのだろう。

メディアの基礎は5W1Hと言われている。状況が分からない人に向けて状況を伝える役割があるからだ。マスメディアがそれを知らないはずはないのだから、書かれていないということは意図して外しているということになる。そしてそれが常態化しているということは、マスコミも意識した何らかの変化が生じているということだ。

我々はなぜそうなっているのかを冷静に判断しなければならない。

最初の記事に「なぜ、誰のために政治の安定」が必要なのかが書かれていない。国民は今の生活基盤が崩れることは望んでいないが、おそらく持続可能ではないということがわかっており「改革」を求めている。だからこそ少数与党状態を作って政治の安定を崩した。政治の安定が停滞とみなされたからである。

つまり鈴木幹事長の言う「政治の安定」は「何かを通すためにいちいちコストを支払うのが面倒だ」という意味に捉えるべき。自民党のために政治の安定が必要で、そのために維新や国民民主党に分け前を与えても良いと取るべきだろう。

次の連合のニュースも実は「なぜ国民民主党が野党であるべき」なのかが書かれていない。おそらくこれは「政府に対峙して妥協と成果を引き出すのが連合の仕事だ」ということを意味している。国民民主党が与党入りすると「政権を支えるための動員要因の1つ」に成り下がる。国民民主党と立憲民主党の支持基盤が薄いからこそ連合は影響力を行使できる。国民民主党が連立政権入りした時点でこの旨味が消える。

メディアはこれが書けないので「わかっている人はわかると思いますが」として分析も説明も避けている。つまりこれから政治を知りたいという人は何ら情報を得ることはできない。

ただここで終わってしまうと「メディアは役割を果たしていない!」という批判で終わり、読者を安心させることになる。だが、そんな優しいことはしない。

鈴木幹事長は「国際情勢が緊迫している」と言っている。これは確かだ。だからこそ政権政党は責任を担わなければならない。さらに高市政権は戦略性を欠く内閣であってこのままでは日本が意思決定を間違えるという危機感もあるのかもしれない。しかし鈴木幹事長の危機感を匂わせてしまうと「高市政権ってそんなにまずいのか」ということになってしまう。

だからこの文章は宙に浮いている。

米国によるベネズエラ攻撃に触れ「不確実性があり、いま求められるものは政治の安定だ」と主張。3党連立を進めるに当たり「維新とも十分に意思疎通をする」と説明した。

自民、国民民主に連立呼びかけ 「政治の安定」、連合の対応焦点(共同)

確かに「高市政権は打開策を持ってる」かもしれないがそれを担ってくれる主体になれそうなところがどこもない。維新を引き入れた時点で「国会に対する説明責任を迂回して利益だけを享受できる」という通路ができてしまったのだから、国民民主党もこれに乗る可能性が高い。

さらに高市政権は表向きはかなり意思が強いように見えるが、決定的に交渉力を欠いている。

このため利益共同体としての「国民会議」を憲法の外に作り無責任政党連合体を作ろうとしている。財政責任・外交上の結果責任を負う政党は出てこないだろうが、マスコミはそれも書けない。

これがよく分かる事例がある。立憲民主党の野田代表が自虐的に立憲民主党をディスってみせた。これに枝野幸男氏がまともに反応してしまっている。国際環境が極めて緊張しているという認識を持たず内輪で「わちゃわちゃ」しているのが今の立憲民主党である。つまり国際関係構築に失敗してもそれは高市総理の「せい」であり自分たちには関係がないと思っているからこそ、お屠蘇気分で緩みきったやり取りを正月からSNSにばら撒くことができるのだろう。

つまり「有権者や有権者も含めて誰も責任を取らない体制が作られつつある」ことになるのだが、それを直視できないため避けながら記事を書くと結果的に特にWHYが書けない記事が量産されてしまうのだ。

結果的に、現在の日本は次のような状態にある。

不安になりたくないという社会心理のもとで、国外で進行している国際情勢の変化は矮小化されて伝えられ、一方で、その不安を十分に理解しているからこそ責任を引き受けることを避けたい政党によって議会が運営されている。

この構造を最もよく理解している人ほど、その現状を社会と共有する言葉を持ちにくくなっている点も厄介だ。評価や断罪に見えてしまうことを避けようとするあまり、説明そのものが困難になっている。

我々はまず、この事実を感情抜きで冷静に受け入れなければならない。すでに状況は単純な政権批判がそのまま機能する段階を越えつつある。

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