共同通信の世論調査が崩壊した。石破総理の支持率が持ち直しているがアンケート結果からなぜ持ち直したのかを読み解くことができない。ただし崩壊したのは共同通信だけではないようだ。日本テレビの世論調査でも支持が持ち直しているが意味が読む取れない部分がある。またNHKの選挙直後の調査にも修正が入っているそうだ。年齢補正に誤りがあり結論が入れ替わってしまった。民主主義の基礎となる世論調査が全体として信頼できなくなっている。
共同通信の定期世論調査で石破総理の支持が回復した。また57%が辞任は必要ないと言っている。日本テレビでも同じ傾向が見られるため「共同通信が左よりだから」という理由では説明ができない。日本テレビも左寄りだ!という人もいるだろうがこういう人は放置しても大丈夫だろう。自分以外がすべて左寄りだと考える人も増えているようだ。
しかし、石破総理の政策が支持されたわけではなさそうだ。共同通信の調査では消費税減税を受け入れるべきという人が多い。対米関税交渉も評価されていないようである。巷では石破おろしがかわいそうだと同情する人が多いと解釈する人がいる。おそらく最も妥当な解釈なのだろうが世論調査にはそのような項目はなくしたがってそれが正しいかどうかは考察できない。
共同通信の石破総理の続投を望む人が多いのに次の総理は誰がいいかを聞くと高市早苗氏がトップになる。日本テレビでも(一般に総裁への退陣勧告と受け取られる)前倒し総選挙を求める声が多いそうだ。
こうなるとそれぞれの設問についてバラバラに回答している人が多いと解釈せざるを得ない。
先日Yahooニュースの個人セクションで「石破首相続投 賛成多数」 年齢補正で賛否逆転 高齢者に偏った世論調査にNHK「課題と認識」という記事を見かけた。年齢を補正したところ結果が変わってしまったのだという。著者の取材に対してNHKもこれを認めているようである。旧来の世論調査手法は高齢者に偏りが出る。
ではなぜ世論調査は崩壊してしまったのか。3つの理由を思いついた。
政党政治の崩壊
一般的に石破総理は自民党の総意を代表していないと言われている。
これまでは総裁選を通じて新しい総裁を決めてみんなでそれに従うのが自民党とされていた。民意で自民党の政策が否定されたのだからその総裁の路線が否定されたことになる。だから総裁は辞任しなければならないという理屈だ。ところが石破総理は周りから抑えられて自分がやりたいことができなかったと理解されることが多い。
日本人は「自分は大多数の側に立っている」と考えたい。だから与党である自民党を支持しているという人も多かったのではないか。自民党に総意があるのだから当然自分の意見も自民党に合わせたものになる。これまでの自民党支持は同調圧力の結果だった。
しかしながら仮に自民党に総意などないとなると「だったら好きなことを言ってもいいじゃないか」ということになる。総理大臣の続投には賛成するが総理大臣は(自民党が支持していない)消費税減税をやるべきだという意見も成り立つ。
もはや政党政治は成り立たずしたがって政党政治を前提にした世論調査も崩壊する。
国民総意の消失
自民党支持者の中には保守と呼ばれる人達がいる。またこれとは別に穏健層と言われる人たちも存在する。穏健層は政治とカネに対する自民党の不真面目な態度に怒っており立憲民主党に投票したりした。一方で保守は安倍政治が継承されないことに落胆し自民党を離反しつつある。
時事通信によると49歳以下の自民党支持率は1割を切っていると言われる。国民の経験には就職氷河期世代という断層があり徐々にそもそも「成長を知らない」という人たちも増えている。
こうなると国民世論は成り立たず国民全般の意見をとっても意味をなさない。アメリカのピューリサーチを見ると政党別・年齢別・学歴別に細かい調査がなされている。もともと政治世論がセグメント化されておりその傾向は近年ますます顕著になってきている。ただし自民党支持層の中にも様々な考え方を持つ人がいるのだから「どの政党を支持するか」が必ずしも属性にならない。
日本の世論調査は「日本人は年末には紅白歌合戦を見てから初詣にゆくものだ」という昭和的な前提の上になりたっている。つまり国民感情・国民総意というものが存在するという暗黙の前提がある。
仮に日本の政治言論を正しく見るためには電話を使った世論調査とネットを使った世論調査を分ける必要があるのだろうが、これらは全く違った結果を生み出すはずだ。
国民の意見を集約し教育するメディアがない
日本の戦後メディアは資本主義プロパガンダが源流になっている。アメリカ合衆国が主導する資本主義体制を支持させ東アジアで浸透する赤化を食い止める必要があった。全国紙を作るためには多額の資金力が必要。地上波は国の免許制だった。影響力が強いメディアを記者クラブで囲い込みお互いに競争させることで国民世論が作られてきた。
こうした世論誘導は今も有効だ。まずアドバルーンと呼ばれる観測記事が出る。世論の反対がなければそのまま既成事実化し「テレビによる一般向け」の解説記事が出る。こうして国民に変化を受け入れさせようとするのだ。
ところが現在では新聞を購読する人が減りSNSで好きな情報だけを取得することが可能になった。基本的な政治リテラシーは失われており、アジェンダセッティングも難しくなっている。
仮に石破総理を支持するなら前倒しの総裁選には反対するはずだ。しかしもはや基本的な政治リテラシーはないので個別の質問がすべて独立したものになりお互いに矛盾する結果を生み出すのだろう。
