9,100人と考えAIとも議論する、変化する国際情勢とあいも変わらずの日本の行方


空気の時代をどう生き延びるか―2025年の閉塞と、2026年に問われる対話と判断の設計

11〜16分

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2025年、日本社会には目に見えない閉塞感が広がった。実質賃金の低迷、SNSにおける攻撃性の高まり、そして政治的熱狂と炎上の反復。これらは一見ばらばらの現象に見えるが、その背後には「構造なき構造=空気」とでも呼ぶべき共通の条件が存在しています。本稿では、国内外の政治・経済・情報環境を概観しつつ、AIや国際金融取引といった新しい選択肢がなぜ容易に「次の空気」に回収されてしまうのかを整理します。その上で、2026年に向けて個人と社会に求められるのが、成長や効率ではなく、判断主体と対話の設計をいかに組み替えるかという課題であることを提示したいと思います。

意識しない閉塞感が広がった2025年の日本

実質賃金が45ヶ月間下がり続けている

実質賃金が45ヶ月(断続的にプラスになる時期を挟みつつ)連続マイナスを記録する中、SNSでは極端な節約志向(コスパタイパ志向)が強まっており、一部では相互監視の動きに発展しています。日銀のよれば春闘の賃上げに明るい兆しが出ているものの、日本経済に波及するまで時間がかかるため、それなりにストレスの強い状況が続きそうです。

しかしながら、そもそもこの高いストレスは意識化、可視化されず、構造化もされていません。小さなものではSNSによる企業の「中の人」の監視、大きなものでは社会的炎上など、都度都度、空気によって作られた「炎上」や「熱狂」を繰り返すことになりそうです。

空気によって支えられた高市政権

高市政権を支える高い支持率も特定の支持基盤に支えられているというよりは「空気によって一時的に構造化された」熱狂に支えられています。このため高市政権を支える高い支持率は追い風でもあるのですが、見方を変えれば最大の制約条件になっています。

高市政権を肯定的に捉えるならば、片山さつき財務大臣を中心とする財政再建派と城内実大臣が代表する積極財政派のコンフリクトに結論を出さない「夢の管理」で乗り切ることに成功しました。SNSを活用した支持基盤の確立にも成功していると言えるでしょう。

複雑化する高市方程式

しかしながら、維新の掲げる政策は、城内実氏の政策とも一部コンフリクトし、片山さつき氏の政策とも一部コンフリクトがあります。さらに医療・福祉改革や定数削減など自民党の中に潜在的な反対派が存在し、複雑な「変数」になっています。

更に厄介なことに今年は「国民会議」が始動します。成り行きによっては財政責任を自民党に負わせたままで成果だけを主張する無責任体制が作られかねない状況です。このように高市政権が管理すべき方程式は複雑化の一途を辿っています。

国際情勢は非連続的・不可逆的に変化した

名前のない新しい状態に入った世界

これまでは国内情勢を見てきましたが、国際情勢を見ると政権を維持するために戦争や短期的な紛争を必要としている国が少しずつ増えつつあります。また警察(治安維持)と軍隊(軍事行動)の境を意図的に曖昧にする動きも見られます。こうした紛争はこれまで人類が経験した「世界大戦型」ではない新しい形態であり、したがって将来の日本と周辺情勢にどのような変化を与えるのかは見通せないのが現状です。

厄介なことにこの「新しい名前のないなにか」は、日本の憲法や日米安全保障条約の前提を覆します。これに対応できない日本のメディアは英語からの情報を読み込む際に半ば意図的に表現を弱める傾向があるようです。

一方で2026年には希望もある……のだが

国際金融取引の一般化とAIの登場

閉塞感が漂う状況が今後も続くことは避けがたいが、同時に、国際金融取引の一般化やAIの普及といった新たな選択肢が、個人の側にも開かれつつあることは確かです。しかし、従来のマインドセットのままこれらを利用するだけでは、結局は別の「新しい空気」に巻き込まれるに過ぎないと言えるでしょう。これまで概観してきたように、「構造なき構造=空気」こそが危険の正体であるとするならば、重要なのは新しい選択肢そのものではなく、それを通じて選択肢を増やし、判断の前提となるマインドセットを転換できるかどうかが重要と言えるかもしれません。そうした観点から見れば、「AIでこんなに稼げる」といったフレーズに空気的に反応すること自体が、むしろリスクを高める可能性があります。

俯瞰する意識を取り戻す必要がある

もう一つの危険性が「過度な反応と話題の分離」です。意識しないうちに攻撃性が高まっているSNSに我々は知らず知らずの内に慣らされてしまっています。眼の前の一つひとつの現象に一喜一憂することなく、どれだけ冷静に政治・経済を広く見つめることができるのかが重要になるでしょう。

一つひとつの現象にとらわれると「それぞれが別の話題」に見えてしまいます。しかし政治・経済と普段我々が接しているSNS(例えば商品レビューや芸能ニュース)には通底した空気があることを考えると、これらを「ひとつづきの現象」として捉え直す必要がありそうです。

新しい公共を取り戻すためには対話制度の再設計も必要に

AIの登場により、これまで直接的な関係を持たないと考えられてきた事象同士を容易に結びつけ、再解釈することが可能になりました。これは単なる効率化ではなく、異なる文脈を横断する際のコストが大きく低下したことを意味しています。一方で、公的空間の弱体化、あるいは消失を前提とした情報環境の中では、こうした結合は容易に誤読や過剰反応を引き起こす危険性も孕みます。

SNSの攻撃性が高まる状況を踏まえれば、防衛を意識しつつも、過度に排他的にならない新しい対話装置をどのように設計できるのかが問われることになりそうです。この点は、単なる技術論にとどまらず、2026年以降に向けた重要な社会的課題の一つと捉えるべきなのでしょう。

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