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疑似大統領 高市総理に高まる期待とその限界

9〜13分

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長年にわたり、日本の有権者は意思決定の遅さや慎重すぎる政治に不満を募らせてきた。高市総理の歴史的な大勝は、より強く、より決断力のある指導者を求める声の表れでもある。しかし、日本の合意形成型の政治制度は、本来「大統領型リーダー」を想定して設計されたものではない。その乖離はいま、無視できないリスクになりつつある。

こうした不満の背景には、「失われた30年」を通じて蓄積されてきた閉塞感がある。経済の低迷が続くなかで、「意識変革のできない高齢の指導層が停滞を招いてきた」という認識は、社会の広い層に共有されるようになった。高市総理は、比較的若い世代の女性指導者として、この停滞を打破してくれる存在として期待を集めた。多くの有権者にとって、それは具体的な政策評価というよりも、「何かを変えてくれそうだ」という象徴的な期待に近いものだった。

しかしながら、日本人は自分たちの要望を口に出すことが少ないため、その期待は表に出てこない。このため、どこに力学的反作用が出ているかに注目する必要がある。

今回、力学的な圧力がかかっているのが、旧世代の政治家たちである。特に敗戦した旧立憲民主党(現在の中道改革連合)の指導者たちが攻撃されている。岡田克也氏は「今回の敗因はSNS世論を掴みきれなかったこと」と主張し、「ネットのせいにするのか」と批判された。また、海江田万里氏も「総理大臣は経済オンチである」と主張し、反発されている。反発はいずれも合理的・論理的なものではなく、感情に彩られた人格攻撃になっている。

では、この構造のどこに問題があるのか。三つの点を挙げたい。

この構造の問題点は、大きく三つに整理できる。

第一に、日本の政治制度は、強い指導者に権限が集中した場合の「緩衝装置」に乏しいことである。アメリカ合衆国では、トランプ大統領が選挙キャンペーンを重視し、政府機関同士の連携が弱まった時期があった。統治が軽視され、行政の統制が乱れる場面も見られた。それでも国家としての機能が瓦解しなかったのは、制度が機関間の均衡を保ち、さらに連邦と州の二重構造による冗長性を備えているからである。一方、日本は制度的な冗長性に乏しく、中央政府が巨大なハブとして機能している。そのため、権力が一極に集中した場合、調整機能が急速に弱体化しやすい。

第二に、総理大臣個人の統治スタイルが、こうした脆弱性をさらに強めている点である。REUTERSや新潮の報道によれば、高市総理は限られた側近とだけ意思疎通を行い、官僚組織の意見に十分耳を傾けていないとされる。もともと冗長性の低い制度の上に、首相自身が情報と判断のボトルネックとなりつつあることで、統治の集中化は一層進んでいる。

第三に、この世代の指導層が抱える構造的な経験不足である。

契約による権限委譲が十分に発達してこなかった日本では、この世代の政治家の多くが、大規模組織を本格的に運営した経験を持たない。新しい組織を立ち上げる場面では問題になりにくいが、既存の官僚機構や古い組織を統率する局面では、摩擦が生じやすい。日本では、中央政治は議院内閣制で運営される一方、地方では二元代表制が採られている。その結果、都道府県知事や大都市の市長という「小さな大統領」が各地に存在している。こうした指導者と周囲との軋轢は各地で顕在化してきた。

兵庫県では知事のパワハラ問題をめぐり議員が一名亡くなり、横浜市では人事部長が市長の体質を実名で告発した。福井県でも、独裁化した知事がセクシャルハラスメントの疑いで告発されている。いずれも、内部告発がなされるまで問題が表面化しなかった点が共通している。

AP通信の記事でも指摘された通り、有権者は今回の選挙で細かな政策をほとんど理解していない。これは一方で、「大統領のような高市総理が魔法のようにすべてを解決してくれるのではないか」という期待が高まっていることを意味する。

ロイター通信は国内向けの「マクロスコープ:高市氏を待つ大所帯ゆえの『リスク』 党内ガバナンスは政策実現に影響」で次のように指摘する。自民党内では、これまでの合議制を諦めて高市総理の決断を尊重せざるを得ないだろうという声が出ている。一方で、すでに「責任の所在を巡るゲーム」が始まっており、国民会議で財源論をまとめることになっている。つまり、総理大臣が大統領のようにすべてを決断するのか、責任を分散させるために国民会議を利用するのかが、よく分かっていない。

また、過去に大勝した際に誕生した新人議員が不規則発言を繰り返した事例もある。今回誕生した新人議員は66名になる。旧来の教育機関である派閥が解体されているため、66名の身元引受人は高市総理ということになってしまう。

高市総理が管理すべき人々を、改めて分類してみたい。

  • 政策についてほとんど理解せず、期待値だけが高まっている有権者
  • 自民党
    • 体制の変化に納得していない高齢の旧勢力
    • ほとんど統治経験がなく、「調整」のやり方がよく分かっていない中堅
    • 不規則発言を繰り返す可能性がある66名の新人
  • 責任ゲームがすでに始まっている野党と国民会議

これらをすべて、一人で管理する必要がある。

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