ABCニュース、CNN、BBCなど多くのメディアでかわいらしい耳がついた青いニット帽を被った子供の写真が流れている。この子供はプリスクール(日本で言う幼稚園や保育園)から帰ってきたばかりのリアム・コネホ・ラモス君。一家はエクアドルからテキサスの国境警備局に出頭し難民申請を行っていた。つまり彼は合法的にアメリカ合衆国に入ってきたのだが、ICEによって父親をおびき寄せるための囮として拘束された。
おそらくお友達との楽しい時間の後に突然大人たちの理不尽に巻き込まれたのではないか。
中流階級が不満を高めているアメリカ合衆国ではICEの捜査は一種の見世物になっている。有色人種をアメリカに害をなす存在とみなして排除することで白人アメリカ人を宥めようとししている可能性が高い。つまりルサンチマンを晴らすカタルシス装置として利用されている。
アメリカ合衆国では長らくこうした人種差別は「政治的に正しくない」として抑え込まれてきた。しかし圧力が強ければ強いほどその反発のエネルギーも大きい。このエネルギーを票に変換することで誕生したのがトランプ政権である。
日本ではトランプ大統領個人の狼藉が問題になることが多い。しかしトランプ大統領の肩越しに「自分たちの置かれた境遇」を晴らすためのスケープゴートを探している大勢のサイレントマジョリティの存在が見える。
この問題を「かわいそうな5歳児」の問題だと考えることはもちろんできるのだが、人権大国を自認し他国の人権状況について口うるさく介入してきたアメリカ合衆国の人権状況が1年も立たない内に瓦解したという事実にも注目すべきかもしれない。
つまり人権を重視する人たちも単に自分を飾り立てるための道具として人権を利用していただけだった。単なる偽善だったのである。
この人権蹂躙は法律の限界・議会の挑戦・世論の反応を試しつつ徐々に限界を広げてきた。もちろんルネー・グットさん(37歳の白人女性で3人の子供の母親)が殺されたことで「これは自分ごとになり得るのではないか」と懸念を示す人も増えているが、やはりそれでも「これは自分たちの身の安全を守るために仕方がないことなのだ」と考える「普通のアメリカ人」も多い。
一度パンドラの箱が開いてしまうと「嘘のしきい値」が下がる。国土安全保障省は「この可哀想な子供は親に見捨てられたので我々が保護してやったのである」と言っている。また自分も4人目の父親になることを発表したJDヴァンス副大統領も「どうすればよかったのか、子供を放置して平気だったのか」と嘯いている。
実際には親類がリアム・コネホ・ラモス君を引き取るという選択肢もあったようだが、副大統領は「放置か拘束か」という極端な選択肢だけを提示しフレームを操作している。
もちろん良心からこの問題に対処しようとしている人もいる。しかし彼らには別の悲劇が待ち受けている。それが政治的ラベリングだ。
1月6日の議会襲撃事件の参加者を穏健な愛国者と置き換え、暴力はすべてペロシ氏に扇動されたと歴史改竄を行ったトランプ政権は反ICEデモを行った3名を逮捕し「反逆者」とラベリングしている。中には報道として取り組んでいる元CNNキャスターのドン・レモン氏のような人もいる。ミネソタの治安判事はドン・レモン氏の告発を受理しなかったが、ボンディ司法長官はこの決定に激怒していると伝わっている。
もちろんこれらをすべてトランプ大統領と政権のトランプ氏個人の特異なキャラクターと結びつけることはできる。しかし背景にあるのはサイレントマジョリティたちの「他人の不幸によって自分たちの安心を実感したい」という素朴で粗暴な「剥き出しの自己」だ。カタルシスを求める普通の人々がいかに暴力的になり得るかが分かる。
こうした状況を理屈で理解することはできる。しかし、お友だちと楽しい時間を過ごし、まだ何もわからない。かわいい青いキャラクターのお帽子を被った子供が、突然怖い大人たちに囲まれて拘束されるという現実は、アメリカを超えて国際社会に大きな何かを突きつけている。やはり何か根本的なものが間違っているのではないかという本能的な違和感を拭いきれないのだ。

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