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火事からいかに多くの利権を搾り取るか ― 高市政権下で官僚たちの熱い戦いが始まる

10〜15分

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国会で儀式的な対決が繰り広げられている背後で、官僚たちの熱い戦いが始まっている。高市総理は、おそらく官僚機構に取り込まれていくことになるだろう。

日本の政治報道は、政党と政党の闘いは熱心に報じるが、官僚機構についてはあまり扱わない。構造的に「主語」になりにくいからだ。このため、「危機」や「問題」に対して、どのような予算が付くのかに注目してニュースを再編成する必要がある。

まず消費税である。表向きの狙いは時限的な消費税減税だが、財務省が本当に狙っているのは金融所得の把握だろう。国民会議では「消費税時限減税」の議論が始まったが、同時に「将来の税源探し」や「国民所得の把握を前提とした給付付き税額控除」の話も進んでいる。

しかし、「国民の所得を把握し、金融資産から税金を徴収して将来の財源にする」とは、決して正面から語られない。つまり、主語だけでなく、財務省の本音も伏せられているのである。

財源確保や所得把握が必須に 消費減税と給付付き控除、議論開始―国民会議(時事通信)

その一方で、「減税などとんでもない」という主張は忘れずに繰り返される。共同通信の報道によれば、2029年度予算では国債費が41.3兆円に達するとされている。将来的に利払いが増えるため、「減税している場合ではない」という理屈が用意されているのだろう。つまり国民会議は増税・現状維持の布石なのである。

次に、就職氷河期世代対策である。最初の氷河期世代はすでに50代に差しかかっており、今さら対策を打ち出されても、という気もする。しかし、これも新たな予算獲得の材料になる。

重要なのは、必ずしも当事者にとって有効な政策である必要はないという点だ。それらしいプログラムを掲げて予算が獲得できればよい。まもなく定年を迎える50代を含む彼らに対し、「将来の資産形成支援」などが打ち出されていく。

出生率はやや下げ止まっているが、「少子化はもう止められない」として、人口減少を前提とした政策も進められる。一方で、「少子高齢化対策」は決してやめない。すでに予算が付いているからだ。一度獲得した予算を手放すほど、官僚は優しくない。

官僚にとって政治家は、しばしば単なる「コマ」にすぎない。失敗すれば自己責任で切り捨てられる。野田佳彦氏の思惑は外れ、中道改革連合は大失敗に終わった。しかし財務省は冷静に情勢を見極め、野田氏が「給付付き税額控除」を「国民世論」として喚起するための国民会議への道筋を整えていった。つまり「野田氏を天秤に乗せた」のだ。野田氏は見放され落選組だけで新しい政治団体が作られた。ただし今のところは政党は作らず地方議員の受け皿になるそうだ。野田氏だけは嫌だ、公明党の協力勢力になりたくないという地方議員が多いのかもしれない。

現在、チームみらいが国民会議に参加しているが、これは「大人の政党への第一関門であり、通過儀礼」と位置づけられているのだろう。

就職氷河期対策についても、「国民民主党に取られるくらいなら、高市さんに引き取ってもらってはどうか」といった具合に、あらかじめメニューが用意されている可能性がある。

こうして、表向きの主張とは裏腹に、国家予算は膨張を続ける。アベノミクスの総括は行われない。円安が進み、国民生活が苦しくなっているのはアベノミクスの結果だが、失敗は認められず、「将来に夢が持てる話」ばかりが語られる。そして、その「夢」にはすべて予算という値札が付いている。

高市総理は、こうした官僚機構と渡り合うことは難しいだろう。そもそも時の権力者に追随することで政治的ポジションを強化してきたため、総理就任後、過去のブログをすべて削除している。

かつては「システム更新が大変だから消費税減税はできない」と語っていた人物が、今では「柔軟なシステム変更ができるようにしてはどうかしら」と「提案」する側に回っている。こうしたタイプの政治家は、官僚にとって実に操作しやすい存在である。

Reutersによれば、自民党内には冷めた空気が広がっており、「一度失敗しなければわからない」という声も強まっているという。国民的人気がある一方で、党内では独断専行型の政治にうんざりしている議員も多い。

「高市旋風」で当選を果たした衆院議員の一部で広がる楽観論の陰で、党関係者は「高市氏は何でも自分の決定じゃないと気が済まないようだが、課題山積の日本でそれはよほどの天才でも難しい」と指摘。別の党関係者も高市氏の今後を案じた。「一度失敗しないとわからないのかもしれない」

マクロスコープ:自信深める高市氏、市場も歯止め役とならず 党との溝に懸念も(REUTERS)

党内で孤立すればするほど、高市総理は一部の専門家や官僚に依存していくことになるだろう。

結局のところ、この国の政治に「期待する余地」など、もはや残されていない。選挙があろうが、政権交代があろうが、看板が変わるだけで、資金の流れも、意思決定の構造も、何ひとつ変わらない。国民は「参加しているつもり」で、制度的に管理され、数字として処理され、財源として消費されていくだけだ。

この最後のステートメントに同意して受け入れるのか、それとも反発して政治参加意識を高めるのか。その判断は読者に委ねたい。いずれにせよ、私たちはニュースが伝えようとしない現実を、直視する必要がある。

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