公明党が首班指名で「高市早苗」と書かない可能性が出てきた。公明党の党内事情によるブラフだとは思うのだが、計算では語り尽くせないウエットな事情があるようだ。
毎日整理している政局報道はドライな部分しか切り取らない。このため公明党は自分たちの立場を強化するために高市早苗総裁に妥協を迫っているのだろうという印象を持つ。しかし石の裏をめくってみるとジメジメとした地肌が見えてくる。10年前にこんなことがあったからあいつだけは許せないというような世界である。
まずドライな情報だけを整理する。公明党は9日に党内協議を開き連立の是非について議論する。まず中央幹事会が開かれその後で県連代表との会合が行われる。斉藤鉄夫代表は「このままでは首班指名で高市早苗と書かないかもしれない」と言っている。
まずこの段階で気がつくのは「高市早苗と書かない理由」だ。政策には問題がないのだが「政治とカネの問題で相手の努力を見てみたい」と言っている。つまりお気持ちの問題なのだ。よく当ブログで「お気持ち民主主義」などと書くことがあるが、まさかここまであからさまなのかと感じた。
背景にあるのが数々の遺恨である。
- 萩生田光一氏率いる東京都連との間に選挙区調整を巡るわだかまりがある
- 創価学会のパイプだった菅義偉氏がハズされた
- タカイチは自分たちより先に国民民主党とこっそり会っていた
などさまざまな「懸念」がありそれが払拭できないと言っている。そもそも斉藤鉄夫さんは代表候補ではなかった。本命だった石井啓一氏が落選したことによるピンチヒッターであって党内をまとめる力はないものと考えられる。
しかしながら問題はこれだけではない。
古くから自民党に関わりがあった政治ジャーナリストたちが一斉に高市氏を批判している。ただし背景にあるのは個人的感情ではない。すでに公明党の組織票にどっぷりと浸かっている自民党議員も多い。政治評論家(自民元幹部職員)の田村重信氏は次のように指摘する。このまま公明党に誠意を示さなければ「造反もありえますよ」と脅しているのである。
加えて、自民内の動きにも注目する。田村氏は「一部の自民議員は公明の応援がなければ次の選挙で落選してしまう」とした上で、「もし高市氏が公明との連立を維持できなければ、そうした議員らが反発して首相指名で高市氏の名前を書かない可能性すらある」と指摘。「高市氏が首相に就任するためには、公明との関係修復、連立維持は必須条件だ」と話した。
マクロスコープ:公明、連立解消も辞さず 首相指名・予算編成に影響も(REUTERS)
背景には日本独特の昭和風の政治風土がある。
バブル崩壊期に政治とカネの問題を処理できなかった宮沢喜一総理大臣は党内造反にあう。このときに活躍したのが小沢一郎だった。公明党の市川雄一氏との間の「一・一ライン」が有名だが自民党の外の人たちと連携して細川連立内閣を作った。ところがこれに気を良くした小沢一郎氏が社会党外しを画策したことで羽田内閣は短命政権に終わる。
社会党はこのときに外された恨みを抱えている。これを察知した自民党は村山富市(社会党)首班の連立構想を画策。このときに活躍したのが梶山静六(茨城県議会出身)と野中広務(京都府議会出身で副知事も経験)だった。
この頃までは中央レベルでも地方レベルでも個人的な連携による「政党間の貸し借り」が多かったことが想像できる。こうした「日頃の貸し借り」があってこその政党連携なのだということがわかる。だから普段から飯を喰ったことがない相手(貸し借りがない相手)は信頼できないのだ。
日本はこの時代にバブルの根本的な処理を行わず「国民生活そっちのけ」で政界椅子取りゲームが行われていた。
その後小渕政権になるとトップダウンで公明党神崎武法代表との間で連立政権構想がまとまった。小選挙区で第3政党以下が生き残れなくなるという気持ちがあったものと考えられている。
この後で「自民党をぶっ潰す」とした小泉政権を挟んで福田政権が行き詰る。民主党が躍進する中で「何も決められない」ねじれ状態が誕生した。これに危機感を抱いたのが読売新聞の渡辺恒雄氏だった。政策立案で小沢一郎氏と協力関係にあった齋藤次郎元大蔵事務次官を「お使い」に出して大連立をまとめようとするのだが当時勢いがあった民主党で自民党との協力は拒否される。福田康夫総理も福田赳夫総理の息子でありこうした「政党間の貸し借り」には疎かったのだろう。
当時の経緯を振り返り現在に落とし込むと
- 小選挙区制になり事実上の当選者の「公認候補」を政党が決めるようになった
- 安倍政権下で党主導・官邸主導体制が強化され、結果的に調整力があった「地方議員上がり」の政治家がいなくなった
ことが今回の連立騒動の背景にあることがわかる。
今回の戦いは麻生太郎氏と菅義偉氏の戦いだった。
菅義偉氏は「最後の地方出身有力議員」だ。つまり個人的なパイプを多く持っておりその中のカードとして「公明党・創価学会」と「維新」とのつながりを維持してきた。自民党の総理大臣を見ると石破茂(石破二朗の息子)、岸田文雄(岸田文武の息子)麻生太郎(吉田茂の孫)、福田康夫(福田赳夫の息子)、安倍晋三(安倍晋太郎の息子)と世襲ばかり。菅義偉氏は唯一の例外の地方議員(横浜市議会)上がりだった。市議会ではおそらく頻繁に「票の貸し借りゲーム」が行われていたはずである。
麻生太郎氏は吉田茂の孫であり天皇の外戚という自意識を持っていて、野中広務氏のような「地方議員上がり」をバカにしている。
結果的に麻生太郎氏は党内抗争には勝ったのだが、政党の外には多くの敵がいる状態となっている。高市早苗総裁は麻生氏に頼ったことで「麻生氏の業(ごう)」の清算を迫られているとも言える。仮に今回を乗り切ったとしても麻生太郎氏の傲慢さに振り回されることになるだろう。
