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揺らぐ正解 ― トランプ大統領の混乱

7〜11分

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長年、アメリカ合衆国は日本にとっての「正解」だった。だからその正解を丸暗記し、答案を書けば日本の政治家は合格点がもらえた。いま、その正解が揺らいでいる。

イスラエルにそそのかされる形で「イランとの戦争」を始めてしまったドナルド・トランプ。自ら引き起こした事態の大きさにおののいたのか、戦争を excursion と表現した。ちょっとした遠出、といった意味である。イランの機雷設置が報じられると「機雷などない」と否定。さらに石油価格が高止まりすると、今度は「石油価格の上昇は産油国であるアメリカの利益だ」と主張するなど、支離滅裂な発言を繰り返している。

これを受ける形で、CNN は二つの記事を並べて報じた。まず、アメリカで産出される石油の多くはガソリンの原料としては適していないと指摘する。さらに、原油価格の高騰は ウラジーミル・プーチン に好機をもたらす可能性があると論じた。

さらに 連邦捜査局(FBI)は「ロサンゼルスに向け、船籍不明の船舶からイランのドローン攻撃が行われる可能性がある」と警告した。しかしトランプ大統領は「そんな兆候はない」と警告を無視している。

トランプ大統領を支える福音派の一部には、世界各地で起きる混乱をむしろ歓迎する傾向がある。自分たちはすでに安全な場所におり、「神に守られている」という確信を強めることができるからだ。文化人類学では、耐えがたい自らの境遇を「他地域の混乱よりはましだ」と位置づけて受け入れる傾向は、人類史上決して珍しいものではないと指摘されている。

この「丘の上の都市」という考え方は、ピューリタン指導者でマサチューセッツ湾植民地の初代総督であった ジョン・ウィンスロップ の説教に由来する。「神に選ばれた社会が世界の規範となる」という思想である。

現代のアメリカ福音派の一部では、このピューリタン的選民思想に19世紀以降に広まった終末論、すなわちディスペンセーション主義が重なり合うことで、アメリカが終末史の中心にあるという独特の歴史観が形成されている。

ピューリタンの選民思想と福音派の終末論は本来異なる系譜に属する。しかしアメリカ政治文化の中では両者が結びつき、「神に選ばれた国家が終末史の中心にある」という独特の歴史観が形成されている。

つまり、CNNなどが「アメリカもまた丘の上の楽園ではない」と示すことは、支持者たちに対し、本当にトランプ大統領は救いをもたらす存在なのかを考え直すべきだと訴えていることになる。

トランプ大統領は、世界のタンカーはホルムズ海峡を通過すべきだと主張する。しかし、アメリカ海軍は船舶会社からの救護要請を断り続けている。危険すぎて航行できないというのが理由だ。高市早苗総理も「戦闘中の機雷除去はできない」と国会で明確に答弁している。戦争が終わり、機雷が遺棄されたと判断できれば除去は可能との認識だ。しかし、そもそもこれは「宣戦布告なき戦争」である。終結宣言について合意が成立するかどうかは、依然として不透明だ。

正解を見失った高市総理の脆弱性が透けて見える答弁だった。


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