トランプ大統領とプーチン大統領の会談が終わり、ウクライナの和平に関する情勢が大きく変わりつつある。そしてこれは玉突き的に破綻寸前の国連体制にも大きなヒビを入れようとしている。
マクロン大統領はウクライナの一体性を擁護しているようだがドイツのメルツ首相が和平を支持する発言を行った。ウクライナさえ領土を諦めれば「みんな丸く収まる」という状況が生まれつつある。
メルツ首相が和平に傾いているとCNNが伝えている。イタリアはすでにNATOのような(つまりNATOではない)安全保障の枠組みを提示している。マクロン大統領は依然ウクライナの領土一体性について主張しているようだ。
メルツ発言を読み解くとアメリカ合衆国がウクライナ和平の枠組みから離脱するよりはアメリカを繋ぎ止めておくことができる和平体制の構築のほうが得策だと判断したのではないかと思える。
この問題はヨーロッパにとっては現実的にはウクライナ問題ではなく対ロシア問題だ。対ロシア包囲網にアメリカを引き止めたほうが得だという気持ちがあるのだろう。ブダベスト覚書やミンスク合意になんの意味もなかったことを考えると単なる問題の先延ばしだが、ヨーロッパには他に選択肢がない。
では実際にこの提案は何を意味しているのか。
ロシアはドネツク州の「残りの部分」が欲しい。東部の要衝になっており要塞地帯(読売新聞は要塞ベルトと書いている)を形成している。軍事的には攻略できないので外交的に奪取しようとしている。
ロシアは南部2州の前線を固定することを提案している。トランプ大統領はこの南部2州を東部2州と交換する交渉を行いたいと考えているようだ。トランプ大統領はこの戦争を不動産取引のように捉えている。
ロシアはNATOではなくNATOのような枠組みであれば受け入れていいと考えている可能性がある。Axiosによるとそこに中国が加わるようにとの要望を出しているそうだ。今回の枠組みは文字通り「ウクライナの朝鮮半島化」なのだ。
- Putin made maximalist claims to Ukrainian territory in Trump summit: Sources(Axios)
- Rubio says peace agreement “a long ways off” after Putin summit(Axios)
石破総理はおそらく国際社会が力による現状変更の可能性を受け入れ始めたということには気がついているのだろうが党内基盤が弱い。そもそも日本人が国際情勢の変化に興味がなくムラの政治談義に夢中なため国内議論を喚起できないでいる。「このまま安易な和平交渉に流れれば禍根が残る」と言いたいのだろうがかといって代替案が示せるわけでもない。「各国と緊密に連携する」と発言するのが精一杯だった。だがおそらく彼の任期はそれほど長くない可能性が高い。
醜い鏡の中にとらわれ現実を直視できない日本の保守はアメリカの権威を背景にして中国と対峙するという安倍総理の時代に「あったように見えた」構図に固執することになるだろう。そしてありもしない時代を取り戻すべきだとして新しい自民党執行部を攻撃し続けることになるのではないだろうか。
トランプ大統領は習近平国家主席は自分が大統領である限り台湾攻撃はないと根拠を示さない発言を行っている。トランプ大統領がディールをまとめるためには中国が敵であってはいけないという希望的見通しを示しただけなのだろうが、トランプ大統領の頭の中ではこれが「事実」に置き換わる。故に2027年までに中国が台湾を攻撃するという中国脅威論は封印される。そもそもそんな「事実」はなかったことにされるだろう。
一部のヨーロッパとアメリカはウクライナの頭を抑えて領土割譲を前提とした取引に持ち込みたい。しかしこれではあまりにも体裁が悪いので「主権を譲り渡したわけではなく賢く現状を認識しているだけ」などと言い換えるかもしれない。NATOのルッテ事務総長はすでにそのような「認識」を示している。
中国を敵視するルビオ国務長官と彼に代表される共和党タカ派には「台湾侵攻はない」というトランプ大統領の発言は外交的敗北なのかもしれない。中国が力による現状変更を試みないという「トランプワールド的事実」が確定すれば、2027年(トランプ大統領在任中)までに中国が台湾侵攻に踏み出すであろうという共和党タカ派の主張はアメリカでは異端となる。中国脅威論が異端となれば日本や韓国と連携して中国を抑え込むという彼らの戦略も意味を失ってしまう。
