今回のアメリカとイランの戦争は、世界を「狂った方向」に向かわせている。それは軍事と「金儲け」の境界が曖昧になった世界であり、国家と私的な経済ネットワークの境界もまた曖昧になった世界である。
その結果、日本がこれまで依拠してきた「正解」は一切使えなくなった。外部リファレンスとして使ってきたアメリカ合衆国が壊れてしまったからだ。
しかし、本当に狂ってしまったのは世界なのだろうか。
自称保守と呼ばれてきた人たちは、憲法9条を不磨の大典のように扱う左派を「お花畑だ」と嘲笑ってきた。しかし今回のアメリカとイランの戦争について、彼らは沈黙している。正解が焼け落ちる中で、自分たちが何をすべきなのかを完全に見失ってしまったのである。
前回、限定的な集団的自衛権の行使容認が議論された際、安倍総理とその周辺にいた人たちは「日米同盟の継続こそが最も安上がりな安全保障政策である」と説明してきた。背景にあるのがアメリカとヨーロッパが国際法秩序を支え、その秩序を守るために日米同盟と同志国のネットワークが存在する、という前提だった。
しかし今回の出来事によって、彼らの説明には実のところ裏付けとなる根拠がほとんどなかったことが明らかになった。極めていい加減な説明だったと言わざるを得ない。
そもそも国際法秩序を主導しているはずのアメリカ合衆国の大統領が、国際法をやすやすと乗り越えたロシアのプーチン大統領に憧れ、「国際法には何の意味もない。私は私の道徳心に従う」と言い放った。そして何らかの利益追求(それはアメリカ合衆国の国益ですらない可能性が高い)に失敗すると、その後始末の負担を同盟国に求めている。
しかも、その方針には明確な戦略も見通しもない。拠り所となっているのはトランプ大統領の「直感」だけである。
では、日本はこのような事態を想定して何か準備をしてきたのだろうか。実は狂っていたのは、世界ではなく我々の方だったのではないか。
日本国憲法第十二条の原文は次のようになっている。
The freedoms, rights and opportunities enunciated by this Constitution are maintained by the eternal vigilance of the people and involve an obligation on the part of the people to prevent their abuse and to employ them always for the common good.
ここで挙げられている「them」は、暴走する可能性のある日本政府を指している。しかしこの条文の背景にあるのは、「権力は必ず暴走し得る」というアメリカ国民の強い危機意識だった。そして、現在我々が直面しているのは、日本政府ではなくアメリカ合衆国そのものの暴走なのである。

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