本日のテーマは国際法が機能不全に陥った世界を我々はどう生き抜くかである。そんな話は難しくてよくわからないやという人も多いかもしれないが、ITエンジニアであれば「ああそういうことか」と分かるように解説している。
実は世界はレガシーシステムからインターネットを前提にしたシステムに移行しつつあると考えるとわかりやすいのだ。レガシーエンジニアにとっては悪夢だが「分散型システムに慣れた人」から見ればどうってことない世界だ。
トランプ大統領のベネズエラ侵攻により国際社会は「国際法が機能しない」時代に入った。高市総理はこの出来事で自らが依って立つ土台を一夜にして失った。
そもそもベネズエラ侵攻以前から国際社会は一致協力して国際法を守る意思を失っていた。きっかけを作ったのはロシアでありアメリカ合衆国は二番手に過ぎないと言える。
しかしながら国際法は破られても国連ビルが崩壊したわけではない、むしろ機能としては残っている。国際法が守られなくなっても参照元としては残っており、ログは記録している状態だ。
今後大国は国際法を「牽制の道具」として利用する方向に変化してゆくだろう。つまり国際法が守られる前提は崩壊し、お互いが他陣営を「国際法を守っていない」と非難するためのリファレンスとして利用する不毛な時代に入った。
「誰も守らない国際法」など意味がないではないかと思えるかもしれない。そこで、本当に国際法がなくなった世界を考えてみよう。
大国どうしはお互いを牽制することはなくなり争いに歯止めが効かなくなる。結果的にエスカレーションは発散する。つまり第三次世界大戦のような状況が生まれるだろう。さらに大国の行為を評価するための参照軸も継続性も失われる。
さらに「新しい国際法」を生み出すコストも重要だ。
歴史的事実を踏まえれば国際法が作られるためには大規模な戦争が必要なのだが、おそらく「次の戦争」は核戦争となるので人類が生き延びる保証はない。確かに国際法が安定を守っていた時代から見れば退化ではあるが、それでもなにもないよりはましという時代に入った。
ここまでの議論は「悲観論」だった。
我々は劣化し退化した時代を生きてゆくしかないように思えるからである。しかしこれを「コンピュータ・システム」に例えると「何だそうでもないかもしれない」と思えてくる。
ChatGPTに議論をコンピュータシステムに喩えて転換してもらった。構造を置き換えるのはAIの得意技だ。
世界はルートが存在しない巨大な分散システムである。各国はノードであり「他のシステムはめったにエラーを起こさない」前提で動いているのだから「仕様書」に基づいてシステムを組んでいればよかった。ところが時代が移り変わると「仕様書」を守らないシステムが増えてきた。ではコンピュターシステムを止めずにできるだけスループットを維持するにはどうすればいいか?
まず「じゃあ全ての仕様書を捨てて最初から作り直す」ことにはならない。なぜならばコストは第三次世界大戦だし、これまで蓄積されたデータがすべて意味をなさなくなる。つまり、外部サーバーがエラーを返す前提でエラー処理をきちんとそなえたAPIを実装しなければならない。
レガシーシステムのエンジニアにとって見れば悪夢の世界だが、インターネット前提の分散システムに慣れたエンジニアから見れば「何だそんなことか」と思えるだろう。だから冒頭の「それがどうした」になる。「正しさが保証されない世界? そりゃそうでしょう」にしかならないというわけだ。
しかしこのシステムはエラーを前提にしているのでシステムのスループットは落ちるはずである。現在のコンピュータシステムは内部処理速度を上げたり、ネットワークスピードを上げて質よりも量で性能を維持する傾向にある。旧来のレガシーシステムは「バッチ処理」のため処理回数が限られていたがネットワーク型は「何回も問い合わせ」をすることでネットワークの不確実性をカバーしている。
さて、ここまでを見ると初めて高市政権と野党の分析ができるようになった。
高市政権はアメリカだけを唯一の参照サーバーにしている。この参照サーバーが使えなくなったため、ヨーロッパで新しい代理参照サーバーが立ち上がるまで「しばらくお待ち下さい」状態に入った。後はカーソルがぐるぐると回り続けている状態だ。
これではフリーズしたのと区別がつかないので一応画面には「フリーズはしていませんよ」表示が出ている。システム障害が起きたときに見かけるお辞儀をしているお人形のようなものである。「只今メンテナンス中です、もう一度後から接続し直してください」ということになる。
首相は「邦人の安全確保を最優先に、関係国と緊密に連携して対応に当たっている」と強調。「わが国は自由、民主主義、法の支配といった基本的価値や原則を尊重してきた」としつつ、「民主主義の回復および情勢の安定化に向けた外交努力を進める」と記すにとどめた。
ベネズエラ攻撃、対応苦慮 「法の支配」と米国、板挟み―日本政府(時事通信)
唯一声明らしい声明を出したのが小野寺五典氏だった。政党の人なので意見表明しやすかったのだろう。共同通信は「安全保障調査会長」と書いているが、政府が「しばらくお待ち下さい」状態なので政党の見解として出すしかなかったのかもしれない。何を言い出すか分からない総理大臣と責任を取らないし取れない外務省の組み合わせではこれも致し方ない。
一方で野党側の主張も従来のレガシーエンジニアの発想そのものだった。立憲民主党と日本共産党は「最近のサーバーはエラーばかり吐いてけしからん」と言っている。国民民主党は「世界が大きく変容していることを直視しなければいけない」と言っている。これは一見正しそうなのだが、ファイヤーウォールを厚くして閉じこもるべきという見解である。
では世界はどうなっているのか。
まず中東諸国だが、アメリカ・ロシア・中国との関係をマネージする「多サーバー前提」の運用に切り替えている。実は韓国もアメリカとの関係を維持しつつ訪中している。中国は日本を孤立させるために李在明大統領を厚遇したそうである。つまり韓国も「多サーバー前提」に切り替えつつある。
そう考えるとますます日本政治のレガシーぶりが浮かびかがってくる。特に高市総理は不安定になったアメリカというサーバーにより依存するようになってゆくだろうがこれは明らかに不合理であり国益を損なうだろう。

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