自由民主党幹部(井上信治幹事長代理)によると、「高市早苗総理の下で国論を二分する最大のテーマは憲法改正になる」と、共同通信社などが伝えている。本稿では、この議論が今後どのように展開するのかを、三つの要素をもとに分析する。
本稿が強調したいのは、今後表で語られることと実際の支配原則のズレである。この隠れた次元を理解すると日本の憲法改正議論が読みやすくなる。日本人はあるべき方向性を分析して最適な行動を取らない。起きたことを受け入れ感情的に埋め合わせるのだ。
Table of Contents
三つの原則
- 第1原則:国民は自ら決断することを嫌う。何かを決める際には、100%の安心・安全を求める。
- 第2原則:国民は潜在的に将来の負担増を予想し、それを先延ばしにしようとする。
- 第3原則:国民は最終的に変化を受け入れるが、負担を押し付けた存在に対して報復する傾向がある。
三要素の説明
自ら決めることを嫌う
岸田文雄政権や石破茂政権がなぜ不人気だったのかという議論は、十分に深まっていない。多くの場合、「なんとなく暗い政権だった」という印象論にとどまっている。実際には、「新しい資本主義」や「楽しい資本主義」を通じて、「国家主導の時代は終わった。何が正しいのかは国民が決めてほしい」と訴えたことが、不人気の一因だったのではないか。
これに対して高市総理は、「私という強いリーダーを選べば、国を豊かにする」と明確な方向性を示し、圧倒的な支持を得た。つまり、国論を二分するテーマについて「最後は国民が決めてください」と突き放した時点で、その政権は求心力を失う。
将来の負担を予想している
国民は、少子高齢化によって将来の負担が増えることを理解している。それが不可避であると認識しつつも、できる限り先延ばしにしたいと考えている。このため、「消費税減税は時限措置であり、その後は税率12%になる」といった議論には関心が集まる一方で、構造的な改革論にはあまり注目が集まらない。
「それを知ったところで何が変わるのか」という諦念が強いのではないか。
この漠然とした不安も、やはり言語化されることは少ない。ただ、長年政治ブログを書いていると、「反応のある記事」と「反応のない記事」の差は明白である。
第2原則も広い意味ではリスク回避である。第1原則が「意思決定の回避」であるのに対し、第2原則は「不可避な負担の先送り」である点が異なる。
注目すべきなのは、このリスク回避傾向が、国民自身によっても、またメディアによっても、ほとんど言語化されてこなかった点である。
そのため、第1原則も第2原則も厳密な意味で実証されたことがなく、今後も統計的に検証される可能性は低い。なぜなら、人々は「自分は決断を避けている」とは語らず、むしろ「慎重である」「現実的である」と自己正当化する傾向があるからだ。
結果として、この傾向は調査や分析の対象になりにくく、政治言論の中でも十分に可視化されてこなかった。言い換えれば、リスク回避傾向は日本政治における「隠れた次元」として作用してきたのである。
本稿の分析は、この可視化されてこなかった次元をあえて言語化する試みでもある。
では、何が起きるのか
ここで「第3原則の説明はどうしたのか」と言われそうだが、その前に、今後の展開を考えてみたい。
憲法改正を推進する側は、「日米同盟を維持し、中国と対峙するためには、自衛隊の存在を明記すべきだ」といったメリットを強調し、リスクには触れないだろう。
つまり、「変えないために変える」という論理が前面に出る。
本来なら、「変えることを前提に、国民に負担を説明する勢力」が現れてもよいはずだ。しかし、野田佳彦氏による立憲民主党の混乱により、中道改革勢力は路線を定めきれていない。「憲法9条に触れれば祟りが起きる」と主張する護憲原理主義者だけである。彼らに大きな政治的影響力はない。
その意味では、小川淳也新代表の下で、中道改革連合を早期に再構築する必要がある。確かに護憲原理主義者の影響力は低下しているが、宗教団体である創価学会を支持基盤とする公明党出身者の比重はいまなお大きい。こうした現状を踏まえれば、中道勢力の立て直しには相当の困難が伴うと考えるべきだろう。
不確定要素としてのトランプ・高市問題
ここで最大の不確定要素となるのが、ドナルド・トランプ政権である。問題の本質は、トランプ大統領の不安定な言動そのものではない。
バラク・オバマ政権は、安倍晋三政権に対して集団的自衛権行使容認を促していたが、表立った圧力はかけなかった。このため、安倍政権は国内向け説明を形式上、アメリカ合衆国と切り離すことができた。
これに対してトランプ政権は、圧力をかける行為自体が政治ショーとなる。日本に「応分の負担」を求めれば第2原則が刺激されるが、トランプ大統領は相手国の国内事情をほとんど考慮しない。
週刊誌報道などを総合すると、高市早苗総理と官僚機構との関係は冷え込んでいる。とりわけ外交・安全保障分野におけるブレーン不足が懸念される。このため、高市総理の認識や思い込みが、政策リスクに直結しやすい。
その結果、トランプ大統領による直接的な働きかけやSNS発信が、国内向け説明と乖離した「ノイズ」となり、高市政権のストーリー管理を困難にする可能性が高い。
さらに、自由民主党は1955年の保守合同以来、日米同盟を軸に発展してきた政党である。そのため、同盟への不安が高まるほど、かえって依存を強め、プランBを構想しにくい構造を持つ。
また、官僚組織の側も、高市総理が十分な政策説明を行わないまま選挙で勝利を重ねてきたことに対して距離を取りつつあり、政権運営に対する慎重姿勢が目立ち始めている。
試薬としての玉木雄一郎
今後、憲法改正論議がどのように複雑化していくかを正確に見通すことは難しい。しかし、その進行状況を測る一つの指標は存在する。それが、玉木雄一郎氏の「反応」である。
日本放送協会の日曜討論において、玉木氏が憲法審査会に復帰することが明らかになったことは、その象徴的な出来事であった。
日本政治は、コストとリターンの計算が複雑になるほど、制度設計や技術論に逃げ込みやすい傾向がある。さらに、それに中途半端な解釈が加わることで、議論は容易に「神学論争化」してきた。
こうした神学論争に最も敏感に反応するのが玉木氏である。彼のSNS発信が次第に「何を言っているのか分からない」状態に近づくとき、それは議論全体が行き詰まりつつある兆候と見ることができる。
想定されるシナリオ
最後に、想定される三つのシナリオを整理する。
- 第1シナリオ:現実に即して憲法9条が再整備される。
- 第2シナリオ:「現状維持に最も近い改正案」への消極的合意が形成される。
- 第3シナリオ:神学論争が続き、何も決まらない。
第1シナリオは、国民が一定の負担を受け入れることが前提であり、第1・第2原則を覆す必要があるため、現実的ではない。
第2・第3シナリオは情勢次第で変動する。しかし、解散総選挙を通じて「国民は政策決定を避ける」傾向が明らかになった以上、仮に改正が実現しても、歓迎される可能性は低い。
むしろ、「なぜ国民に難しい判断を押し付けたのか」という不満が強まるだろう。
ようやく第3原則の出番
ここで第3原則が重要になる。
国民は意思決定を避けるが、その結果として、新型コロナ禍、物価高、消費税増税、社会保障費増大、コメ価格高騰など、多くの負担を受け入れてきた。
今後、防衛費増額も同様に受け入れられる可能性が高い。
しかしその際、「相互負担義務原則」が発動する。すなわち、負担を押し付けた主体が処罰されるのである。その意味では、第2・第3シナリオの結末は大きく変わらない。最終的には、責任主体とみなされた政治勢力が、有権者から報復されることになる。
ただし、この報復原則もまた、第1原則や第2原則と同様に、明確に言語化されることはない。人々はそれを「判断」ではなく、「なんとなくの不満」として発動させるだけである。

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