赤澤経済再生担当大臣が「合意文書を作るのはまずい」と表明した。今回はこの発言を軸に石破政権が何を間違えたのかを検証してゆく。
そもそもトランプ政権は関税交渉の妥結など望んでいない。宗教に縁遠い人はよくわからないかもしれないが、これは彼らにとっての福音書でありしたがって成就してはならないのだ。天国が来れば宗教はそこで終わるし、そもそもそんな天国など最初からなかったのかもしれない。
トランプ大統領はゴルフ避暑に出かけフォンデアライエン欧州委員長と会合を持った。合意が結ばれるかは50/50であるの見通しを示していたが、結果的に合意は結ばれず「今後の協議の枠組み」を作ることが決まった。関税率はトランプ大統領が当初発言していた通り15%となる。対米投資は日本を若干上回る6000億ドルになる。関税には自動車が含まれるが医薬品は別枠だそうだ。最終合意のように読めるがCNNは「枠組み」が決まったと書いている。なおヨーロッパはアメリカの製品には関税をかけない。
- 米・EUが貿易協定で合意、トランプ氏とフォンデアライエン氏発表(Bloomberg)
- Trump announces US and EU reached framework for a trade deal | CNN Business(CNN)
- US and EU clinch deal with 15% US tariff on most EU exports to avert trade war(Reuters)
そもそもアメリカ合衆国が突然言い出した話だったがフォンデアライエン欧州委員長はわざわざトランプ大統領の所有するスコットランドのゴルフコースを訪れて話し合いに応じた。
おそらく重要なのは「関税率がもとに戻るかもしれない」というサスペンデッド(宙ぶらりんな)状態を維持したことにあるのだろう。
トランプ政権はそもそも富裕層・法人減税とインフレ対処という矛盾した経済対策を抱えている。この状態を破綻させないためには常に事態を流動化させておくしかない。つまりトランプ政権は相撲を取る必要があり相撲には相手が必要なのだ。
こうした姿勢はエプスタインファイルにも見られる。民主党は乱れに乱れきった「ソドム的」政党であると宣伝してきた。ソドム的とは同性愛による性の乱れを侮蔑的に表現したものだが、実際には少女に対するみだらな行いが繰り広げられているとしてきた。ところがウォール・ストリート・ジャーナルの報道により実はトランプ氏もそのコミュニティの一部だったことがわかると、オバマ氏ととロシアの選挙介入という新しい陰謀論が登場した。陰謀論に陰謀論を重ねることによって終わらない物語を作ろうとしているのが今のトランプ政権である。
ラトニック商務長官はアメリカ合衆国は予定通り8月1日から関税を発動させると言っている。ただし各国が交渉を求めてくれば交渉に応じてやっても良いと言う姿勢。さらに「関税が引き上がってもインフレは起きない」とも言っている。
しかしながら「ファクト」を重視しないトランプ政権はおそらくインフレが起きても構わないと考えており、すでにFRB議長に対して利下げを迫っている。パウエル議長に対する圧力にはいくつかの理由があるとされている。インフレが起きたときに「のろまなパウエルのせいでインフレがおきた」と騒ぎ立てる狙いもあるのだろう。
問題解決を望まない政権にとっては永遠の闘争による混乱状態を維持することこそが唯一の解決策なのだ。日本人はアメリカ合衆国の市民は最終的に関税のおかしさに気がつくだろうと希望的観測を持っているが、そもそも格差によってアメリカの経済はおかしくなっておりこの希望的観測は外れるだろう。
同じようにロシアの市民たちは最終的にプーチン大統領のおかしさに気が付きウクライナの戦争は早期に終わるだろうと言っている人たちもいた。だが戦争は今も続いている。
こうした事情から交渉当事国はこのトランプ政権の小芝居に付き合う必要がありそのためには適当に話を合わせつつ適当に押してやらなければならない。相撲と表現したがトランプ大統領の指向に合わせるならばプロレスでも構わない。
同じように中国との間にも最終合意は結ばれておらず90日ごとに期間を延長する可能性がある。今の合意は8月12日に失効するそうだ。
さらに、カナダ・メキシコ・インド・韓国のような主要国との間には合意すら結ばれていない。
しかしながら日本人はこのような宙ぶらりんな状態に耐えられなかった。また参議院選挙に負けて後がない石破政権も交渉の早期妥結を期待していた。
欧州という正解が見えたからこそ言えることだが、アメリカ合衆国は日本に対しても「交渉し続けること」を望んでいる。このためラトニック商務長官はかなり無理筋な主張を展開し続けており日本は「あまりにも過大な要求だ」とおそれをなしている。後からおずおずと条件を小出しにすればおそらく「日本人は表面的にはイエスしか言わないが裏で何を考えているかわからない」ということになるはずである。高度経済成長期からバブル期にかけて定着していた「ずるい日本人(Sly Japanese)」そのものである。
赤澤経済再生担当大臣はNHKに出演し「合意文書をつくればまずいことになる」と説明したそうだ。トランプ大統領にいちいちお伺いを立てることになり「私が思っていたものと違う!」と吠えられかねないという懸念を持っているようだ。
これまで日本はアメリカの過大な要求にご無理ごもっともで対応してきた。そしてこの弱腰の姿勢はアメリカに軍事的に支配されてきた日本にとっては最も国益に叶うアプローチだった。ところがトランプ政権が自由主義擁護の姿勢を放棄し「プロレス」政権に代わったことで「日本は表面的には何でもイエスだが裏では何を考えているかわからない」ということになりつつある。皮肉なものだ。
少数与党状態ではアメリカの過大な要求が通る見込みはほとんどない。石破政権はすでに「まずい」状況におちいっているのである。
