よくアメリカ人は地理に疎いという話がある。国際的なルールを理解せずアメリカのルールをワールドスタンダードだと考える傾向にもある。これまでは優秀な官僚機構がこれを補正してきたのだがトランプ政権ではこの補正が効かなくなっているようだ。結果的にアメリカ合衆国の国際的地位が低下する。しかしアメリカ合衆国が基軸通貨国であり国連安全保障理事会の常任理事国であるという事情もありトランプ大統領のめちゃくちゃな外交政策は国連体制の混乱と崩壊につながる。
トランプ大統領はアルメニアとアゼルバイジャンの間に介入した。アゼルバイジャンの本土と飛び地を結ぶ回廊の独占的使用権を獲得し地域情勢に介入する。回廊にはトランプ大統領にちなんだ名前がつけられるそうだ。ロシアはウクライナ侵攻で地域に対する関心を失っておりそこにアメリカ合衆国が割って入る形になった。アルメニアとアゼルバイジャンはトランプ大統領に利権を差し出すことによって複雑な地域情勢にアメリカ合衆国を引きずり込んだことになる。
またルビオ国務長官はインドとパキスタンの軍の間の仲介にもトランプ大統領が関与したと宣伝している。結果的にインドのモディ首相の態度は硬化しインドは高い関税を課せられることになった。インドはロシアからエネルギーを輸入している。
イスラエル、アルメニア、アゼルバイジャンのようにアメリカ合衆国を面倒事に引きずり込みたい国は「トランプ大統領をノーベル平和賞に推挙する」としている。トランプ大統領は自分が頼んだことではないとしながらもご満悦のようだ。
アメリカ人は一般的に国際ルールに疎く地理にも興味がない。その意味ではトランプ大統領は特殊なアメリカ人ではない。さらにノーベル平和賞を受賞したオバマ元大統領をライバル視しており自分こそがノーベル平和賞にふさわしいと考えている。
KGB在職経験のあるプーチン大統領にとって国際ルールに疎い典型的なアメリカ人であり名誉に固執する老人でもあるトランプ大統領を懐柔するのはまさに「赤子の手をひねる」より簡単だ。
アメリカ合衆国はウクライナの主権を代表する立場にはなく単なる支援国の一つに過ぎない。そのアメリカ合衆国に対してウクライナの領土割譲を求めている。国連体制のもと一方的な侵略による現状変更等認められるはずはない。しかしアメリカ合衆国がこの取引に応じればヨーロッパとアメリカ合衆国の間を引き裂くことが可能になる。プーチン大統領の狙いはウクライナの領土ではなくアメリカ合衆国を覇権国家の地位から引きずり下ろすことなのではないかとも感じる。
一方でアメリカ合衆国はイスラエルのガザ侵攻を黙認する姿勢も見せている。イスラエルの計画はパレスチナ政府(日本を含めた一部の国を除いては国際的に承認されている)からガザを取り上げるというもの。ロシアがウクライナに対してやっていることと全く違いはない。
グテーレス事務総長はイスラエルに対して作戦の撤回を強く求めておりヨーロッパもこれに同調している。
ヨーロッパとアメリカ合衆国はもはや安全保障上のアジェンダを共有しておらずNATO陣営は引き裂かれた状態になっている。また力による現状変更に踏み出したロシアとそれを事後的に承認しつつあるアメリカ合衆国はともに国連安全保障理事会の常任理事国でありながら国連憲章を無視した行動を取り続けている。
北方領土問題を抱える日本にとっては力による現状変更の否定は領土の一体性に関して言えば核心的関心事といえるが自民党の間に不毛な権力闘争が続いており身動きが取れない状況だ。
アメリカ合衆国は世界の警察の地位を降りようとしている。しかしながら今回の一連の行動の動機はアメリカの国益保護ではなくトランプ大統領の個人的な名誉欲だ。
米ドルの基軸通貨としての地位はアメリカの国際的地位にリンクしている。基軸通貨の後退はおそらく数十年単位のスパンでしか起きないのだろうが、アメリカは戦後80年かけて築いてきた経済優位性を一人の行き過ぎた名誉欲のために失おうとしているのかもしれない。これは非常に奇妙なことだ。
