近年のアメリカ合衆国の外交をめぐっては、政権中枢による性急で場当たり的な意思決定が目立つようになっている。その結果、国務省は対応に追われ、事態を一元的に管理・説明する余裕を失いつつある。
本来であれば、外交案件は国務省を中心に情報が整理され、対外的な説明も統制される。しかし現在は、政権の即断的な方針転換に振り回される形で、現地情勢、独自情報、同盟国の反応が錯綜し、全体像が見えにくくなっている。
その結果、キューバやイランをめぐる個別事案も、単なる事件としてではなく、「統制の効かない外交運営」が生み出す混乱の一部として現れている。本稿では、こうした構造的な不透明化に注目しながら、今回の事例を考えてみたい。
アメリカ合衆国フロリダ州に登録されたスピードボートに乗っていた4人が、キューバ当局によって殺害された。ニュースを見たとき、新たな「キューバ危機」かと思った。しかし、しばらく時間を置いて考えてみると、どうやらそう単純な話ではないように感じられる。いずれにせよ、私たちが真実を知ることはないのかもしれない。
- キューバ、領海に米船籍のボートが侵入し4人射殺と発表 警備隊と銃撃戦(BBC)
- Cuba says 4 killed on Florida-registered speedboat were attempting ‘infiltration’(ABC News)
- U.S. launches investigation after Cuba kills 4 on Florida boat(Axios)
キューバ政府は、「アメリカのスピードボートから発砲があり、その結果4人が殺害された」と主張している。キューバ側は、武装解除を目的とした工作活動だった可能性を示唆しているようだ。
キューバ系移民の子どもであるマルコ・ルビオ国務長官は、キューバ政府に対して強い敵対意識を持っていることで知られる。そのため、「アメリカ人の死」に対して強く反応しても不思議ではないが、実際には逆の対応を見せている。
ルビオ国務長官は、次のように発言している。明確に断定している部分と、「分からない」とする部分が混在しており、不自然さが残る。
- この4人が本当にアメリカ人なのかは分からない
- 多くに犯罪歴があったようだ
- アメリカ合衆国政府はキューバでほとんど活動していない
また、J・D・バンス副大統領も、ルビオ国務長官の報告を受け、「懸念していたほどの事態にはならないことを期待している」と述べ、静観する構えを示している。これも彼の普段の政治姿勢から見ると不自然な沈黙に見える。
後にAxiosがスクープとして少なくとも一名はアメリカ市民だったと報じている。
キューバに対する圧力を政治的成果として強調したいドナルド・トランプ大統領は、この件について目立った情報発信を行っていない。これはバンス副大統領よりさらに不自然である。
キューバ系アメリカ人のフロリダ州議員らは、事件の徹底解明を求めている。しかし、仮に国務省が何らかの工作を進めているとすれば、ルビオ国務長官は「何も知らない」のではなく、「知っていて言えない」立場にある可能性も考えられる。
もっとも、これはあくまで類推であり、憶測の域を出ない。今後、トランプ政権から十分な情報発信がなければ、メディアもそれを察し、報道を控えるようになるだろう。
トランプ政権は近年、外国への関与を積極化させている。国務省は交渉プロセスから排除されがちだが、それでも何らかのプログラムが動き始めれば、主体的に行動せざるを得ない立場に置かれる。当然、批判を回避するための正当化も進められる。国際世論を喚起し、アメリカにとって都合のよい空気を形成しようとする動きが生まれる。
たとえば、イランにおけるNHK支局長逮捕問題は、アメリカ政府の影響下にあるラジオ自由欧州・ラジオ自由の報道をきっかけに注目を集めた。さらに、ニューヨークに本部を置く国際NGOであるジャーナリスト保護委員会(CPJ)も声明を発表し、即時解放と報道活動への妨害停止を求めている。
アメリカの基準から考えれば、日本でも「イランの専制主義に対する批判」が広がってもよさそうなものだ。しかし、日本政府はアメリカ政府の意図を十分につかめず、日本の報道機関も抑制的な姿勢を保っている。
キューバの事例は、一見すれば対岸の火事のように思える。しかし実際には、我が国も決して無縁ではいられない問題なのである。
仮にこの霧が晴れるとすれば、可能性は三つしかない。すなわち、ドナルド・トランプ大統領の統治スタイルが自発的に変わるか、アメリカ国務省の統制力が回復するか、あるいは情報の隠蔽が成り立たないほどの大惨事が起きるかである。
しかし、こうした混乱が、いずれ整理され「真相」が明らかになると期待するのは、もはや現実的ではないだろう。むしろ今後は、不完全な情報と錯綜する思惑の中で判断せざるを得ない状態が常態化していく。その複雑性とどう向き合うかが、我が国を含む各国に突きつけられている課題だ。
報道機関は、独自検証を通じてこの霧を晴らす努力を積み重ねるべきだろう。同時に、読み手の側も、陰謀論に拘束されることを避けつつ、霧の中から情報を探り取る姿勢を持つことが求められている。

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