木曜日が感謝祭だったアメリカ合衆国。どうせ「土日が休みになるのだから金曜日も休んでしまえ」という人が多いようだ。つまり大型連休に入っている。ところがトランプ大統領はこの間もSNS投稿を続けており「ネタ」を提供し続けている。今度はベネズエラの空域が危ないと言い出した。今は比較的冷静に見て居られるのだが、よくよく考えてみるとかなりの危険をはらんでいる。
トランプ氏は29日、「全ての航空会社とパイロット、麻薬密売人、人身売買業者に告ぐ。ベネズエラの上空および周辺空域は全面的に閉鎖されていると考えるように」と、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」に投稿した。
トランプ氏、ベネズエラ空域は閉鎖されたと主張-攻撃への警戒強まる(Bloomberg)
トランプ大統領はこのところベネズエラに圧力をかけ続けており、マドゥロ大統領との電話会談も行われたようだ。おそらく交渉に進展がなかったために物事を前に動かすために乱暴な言動に及んだのだと考えられる。
仮に民間機に被害が出てもアメリカ合衆国は免責されないようだ。しかしなにもするつもりがないのに民間機が「自己責任で」飛行機を飛ばすのをやめても業務妨害などで訴えられることもない。さらに同盟国は何らかの形でアメリカの軍事に依存しているため外交的な抗議も入りにくい。
つまり、トランプ大統領の交渉の行き詰まりを示すとともに「それなりに」計算された厄介な宣言になっている。トランプ大統領はこれまでも心が揺れるとSNSでの安価な世論操作を試みる傾向があった。これをガスライティング政治という。
ガスライティングの元々の意味は故意に間違った情報を与えて被害者自身の記憶・知覚・正常な判断力を奪う虐待を意味するのだという。この虐待の目的は人々を支配することだ。トランプ大統領にはもともと支配的な「種」があり成功体験によって強化されてきたと考えるのが妥当だ。と同時にこれは「トランプ大統領に支配されたがっている=強い誰かに頼りたい」という人たちの存在を想起させる。
さらにトランプ大統領はバイデン大統領の大統領令の殆どはオートペンでサインされたものなのだから無効だと言い出した。しかし具体的にどの大統領令が無効なのかは示さなかった。そもそもオートペン署名は有効であると認められているため「実際に大統領令が撤回される」までは単なるSNS上での示威行為にすぎない。つまり意味のないことを言ってみて自分の支配力を誇示しようとするガスライティングの一種なのである。
トランプ大統領がガスライティング政治に傾倒する可能性は指摘されるものの、現実にはまだ顕著な兆候は見られない。だからこそ今回の事例も「トランプ大統領は政策的に行き詰まっているだろう」と比較的距離をおいて状況をまとめることができた。おそらく高官たちがそれなりに事態収拾に動いてくれるだろうという安心感はある。
しかし、背景にはフロムの「自由からの逃走」よろしく誰かを支配したい人や自分が支配されたがっている人がいるのも確かだ。こうした人々なしにトランプ大統領が一人でガスライティングを行うことは不可能である。
ただし、ガスライティング政治の萌芽を軽視して許容すれば、社会に取り返しのつかないダメージが生じる危険があるという点も重ねて強調しておきたい。
アメリカの二大政党制やSNSを通じた情報環境は、支持者の結束を高めるための情報操作を容易にしており、選挙戦略としても効果を発揮しうる。さらに、社会の分極化や文化的要因、群衆心理の傾向も、こうした政治手法の影響力を増幅するだろう。
オーウェルの『1984』が示すように、個人の抵抗には限界があり、情報操作や権力の歪みに対して個人だけで対抗することは難しい。したがって、制度的なバランスや健全な情報環境を守る努力を怠れば、社会全体で共有される事実や認識の基盤が損なわれ、民主主義そのものに深刻な影響を及ぼす可能性があると我々は強く認識するべきである。
