2025年10月30日に総選挙が行われたオランダで、ようやく新しい首相が選出された。中道リベラルで同性愛者であることを公言する38歳の若手だという。同じ立憲民主主義国家でありながら、政治のあり方にはかなりの違いがあることがわかる。
日本も本来はオランダ型の比例代表制度のほうが向いているのではないかと感じる。
オランダでは、移民排斥などを訴える「極右」政党・自由党を率いるウィルダース氏が支持を集めていた。今回の総選挙の争点は、この自由党の是非を問うものだったといえる。しかし、比例代表制のために大きな政党が生まれにくい。その中で躍進したのが、中道リベラル政党のD66だった。議席数は三倍に増えたという。D66の掲げたテーマは、ポピュリズムに打ち勝つことだったそうだ。
結果として、自由党以外の政党が連立交渉に臨むことになったわけだが、オランダの政党間には、実のところそれほど大きな政策的隔たりはない。日本でいえば、せいぜい自民党内の保守派とリベラル派の違い程度である。つまり今回の選挙は、日本でいえば「自民党の派閥」を国民が選ぶような性格を持っていたともいえる。それにもかかわらず、さまざまな調整が必要となり、組閣までに数か月を要した。
しかし、このやり方は意外とうまく機能しているのかもしれない。日本の政党はしばしば「改革」を強調するが、本音では従来のやり方や社会構造を大きく変えたくないと考えている場合も多い。それにもかかわらず、各党が「変化」を強調するのは、形式的に二大政党制を志向した制度を導入してしまったことが背景にあるのではないだろうか。
政治的にはさまざまな評価があるだろうが、1990年代の政界再編を知る世代としては、「アメリカやイギリスのような二大政党制を導入すれば、日本でも政策本位の政治が実現する」という憧れと過信が入り混じっていたように思う。
アメリカ合衆国は大統領制を採用し、誰が大統領になるかを、長い時間をかけた公開討論を通じて決めていく。もし日本が本気でアメリカ形を目指したかったのであれば、日本の政治家が本来学ぶべきだったのは、このディベート文化だったのではないか。しかし、日本の教育は討論を重視してこなかった。その結果、政策よりも政治家個人の好悪によって離合集散を繰り返す、曖昧な政治構造が生まれてしまった。
ここで、二大政党制と比例代表制のどちらが正しいかを論じるつもりはない。むしろ、形式的には二大政党制を志向しながら、実態としては派閥や小グループによる人間関係を基盤とした非公式な政治集団が乱立している現状こそが、どっちつかずで中途半端な状態を生み出しているといえるのではないか。
そう考えると、日本も本来は、オランダのような比例代表制のほうが、社会の実態に合っているのではないかと思えてくる。
オランダで政権発足までに時間がかかる理由はいくつかある。
- 途中で政策協定が破綻すれば、そのまま政権が崩壊しかねない。
そのため、事前に慎重な政策のすり合わせが行われ、綿密な政策同意書が作られる。 - しかし、この同意書はしばしば「妥協」と受け取られ、支持者の離反を招く危険もはらんでいる。
- こうした事情から、交渉は必然的に長期化する。
一方で、この政治文化を支えるため、内閣が成立しなくても行政が止まらない制度設計が整えられている点も見逃せない。
前回の総選挙を振り返ると、高市総理は実質的に大きな政策的約束を掲げなかったが、有権者は必ずしもそれを問題視しなかった。更に中道改革連合の政策合意も曖昧だった。結果的に有権者は戸惑い、支持者は離反し、今では中道改革連合からの脱退が相次いでいる。政権が取れない「民主党系」はいつまでたってもまとまらず、自民党は「寄らば大樹」とばかりに目指す政策が違う人達の寄せ集めである。
また中道改革連合の惨敗の理由の一つには野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏が「変わり映えしなかった」という事情もある。これは、日本の選挙が「政策契約」というより、「人物選択」に近い性格を持っていることを示している。
対照的に、オランダでは、有権者が「選挙を契約」と強く意識して投票する。
だからこそ、政党間の合意内容が重視され、その履行責任も厳しく問われる。
ここで一つ疑問が湧く。オランダで契約型選挙が行われるのは「オランダの有権者の意識が高いからではないか」という仮説が浮かんだが必ずしもそうではないようだ。
オランダが現在の制度の基礎を築き始めたのは、明治維新より約20年早い1848年である。男子普通選挙が導入されたのは1917年だった。
ヨーロッパ全体が革命に揺れる中、「このままでは共和国化しかねない」と危機感を抱いた国王ウィレム2世が、「一晩で自由主義者になった」という逸話はよく知られている。つまり上からの改革画端緒だった。
商人国家として中産階級が強かったという事情はあったにせよ、すべての国民が最初から政治参加を望んでいたわけではない。むしろ、体制維持のための現実的判断として民主化が進められた側面が大きい。それにもかかわらず、現在では「政党が契約書を作り、国民に合意内容をわかりやすく説明する」という政治文化が定着している。
制度は、理想からではなく、妥協と危機感から生まれた。
そう考えれば、日本でも同様の政治文化を育てることは、決して不可能ではないのではないか。少なくとも、「できない理由」よりも、「どうすればできるか」を考える段階には来ているように思える。

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