本日のテーマは「なぜアメリカとイランの戦争においてイランの方が有利なのか」だ。軍事力や世界経済への影響力という意味ではアメリカ合衆国のほうが圧倒的に有利であるため、この議論は無意味に見える。
ただこの無意味な議論を展開すると意外な物が見えてくる。そもそもアメリカは何と戦い何に負けたのかという問題だ。つまりイランとの戦争(War with Iran)というフレームが本来は正しくないのかもしれない。
トランプ大統領は今回の軍事作戦は10点満点中15点であると成果を強調してみせた。軍事力は圧倒的なので、制空権・制海権の確保には苦労しないかもしれない。しかし国内では大きな混乱が起きている。
トランプ大統領はSNSなどでこの軍事作戦に様々な呼び方をしている。その中には「戦争」という言葉も含まれている。ところがジョンソン下院議長は決してこれを戦争とは呼ばない。宣戦布告は議会の権限であるという建前を崩せないためだ。
国務省は大統領の主張を説明し正当化する必要がある。特に議会とのリエゾンになっているマルコ・ルビオ国務長官は、議員たちが有権者に説明できるようなロジックを提供する責任があった。ところが大統領の発言があまりにも不規則すぎるため、ついに論理的に崩壊してしまった。
共和党議員たちはルビオ国務長官の発言を引用できないが、かといってトランプ大統領に反対姿勢を示すこともできない。すでにこの構造は犠牲者を出している。ICEの作戦の責任を取らされる形でクリスティ・ノーム氏が更迭された。「宣伝のために多額の経費を浪費した」ことが議会の反発を招いたとされているが、動揺する共和党の支持者に説明を果たすための犠牲になったと考えたほうがよさそうだ。
そもそもこの軍事作戦を戦争と呼ぶわけにはいかないが、大統領はそれを気にしない。国内向けにはノーム長官のように首をすげ替えればよいかもしれないが、国際社会はそうはいかない。
ヨーロッパはルビオ発言を引用できないため「今回の軍事作戦には協力できない」との意見に傾きつつある。スペインの首相が強硬にトランプ大統領の作戦を批判し、フランスもスペインに同調した。ホワイトハウスは「スペインは協力を申し出た」と一方的に主張しスペインから即座に反論されている。イギリスもできれば良好な関係を築きたかったのだろうが、結果的に距離を置かざるを得なくなった。
さらに金融市場もかなり混乱している。イランがCIAに対して停戦を呼びかけたというニュースを受けてニューヨークの株式市場には資金が戻り、日本の商社株も押し返した。しかしイラン当局がこれを否定したことで再びニューヨークの株式市場から資金が流出している。原油先物価格も上昇した。
このようにアメリカ合衆国の大統領には様々な制約が課されている。アメリカ合衆国は経済的に成功しているため「失うもの」が多い。ABCニュースは今回の軍事行動をWar with Iran(つまり戦争)と呼んでいる。
一方でイランはもはや失うものがない「無敵の人」状態になっている。様々な報道からハメネイ師は殉教を覚悟していたようだ。彼を取り巻く高官たちも犠牲になった。しかし実は革命防衛隊と近い息子が生き残っている。殉教を覚悟したハメネイ師が後継者として温存した可能性がある。さらに革命防衛隊に対しては、いざというときに権限が渡るようにあらかじめ取り決めがしてあったようだ。
アメリカ合衆国は戦争を継続するために様々な制約条件をかいくぐる必要がある。しかしハメネイ師は「自分の命を犠牲にしてでも宗教的大義」を守ろうとした。結果的にイスラエルとアメリカに殺されたことによって「宗教的殉教者」ということになり、「聖戦」構造が確定しつつある。
すでにアメリカ合衆国では6人の戦争犠牲者が大々的に取り上げられている。一方でイラン側は「あらゆる犠牲を払ってでも宗教的大義を全うすべきだ」と考える人々が残っている。アメリカ合衆国が遠く離れたイランへの兵站を維持するためには多額の出費が必要で、その兵器も高額なものばかりだ。一方でイランはそれよりも安価な兵器を利用する。
おそらくイスラエルはこの構造を掴んでいたはずだが、トランプ大統領には伝えなかったのだろう。イスラエルは長年、非対称戦争を経験してきた国家であり、宗教的殉教を動員する勢力との戦争が軍事力だけでは決着しないことを熟知している。それにもかかわらずアメリカが戦争に踏み込んだのだとすれば、イスラエルはその構造を理解した上で静観した可能性がある。
ネタニヤフ首相はトランプ大統領が「自発的に戦争を選んだ」と思わせることに成功した。アメリカ合衆国にもリスクを分析する専門家は大勢いたのだろうが、トランプ大統領からは遠ざけられていた。トランプ大統領がこの戦争を10点満点中15点と評価するのは批判の押し返しと考えて良い。つまり彼は自己正当化に夢中になっており、これはすなわち「この戦争は自分が選び取った」と信じ込まされているのである。
イスラエルは軍事力だけでなく意思決定の心理戦に長けた国家である。ネタニヤフ首相は長年アメリカ政治を研究してきた人物であり、トランプ大統領が「自分の決断で戦争を選んだ」と感じる構造を作ることに成功した可能性がある。
この心理的構造を理解すると、「誠実にトランプ大統領と向き合おうとする高市総理の危険性」も自ずと見えてくる。認知的不協和に陥っている人間は、味方だと主張する相手に対して過大な要求を突きつけることで自己を補償しようとする傾向がある。ここで中途半端な姿勢を示せば、その人物は激しく攻撃されることになる。すでにスターマー首相はその状態に近づきつつある。しかしその要求は次第に過大なものになり、最終的には誰も約束を果たせなくなる。結果として、関係そのものが破綻してしまうのである。
本来の議論は「イランとアメリカの戦力分析」だったはずだ。戦力を単純に比較すれば、アメリカ合衆国のほうが強いという結論になる。そうであれば、わざわざ長々と分析する必要もなかっただろう。
しかし分析が進むにつれて、この問題は国家の軍事力の差では説明できないことが見えてくる。問題の核心は戦力ではなく、政治の構造、そして指導者の心理状態にある。
つまり、この戦争におけるアメリカ合衆国の脆弱性は国家の能力にあるのではない。トランプ大統領個人の資質こそが、その最大の不確定要因になっているのである。
当初この戦争比較は「War with Iran」という言葉に引きずられ、「アメリカとイランの戦争」について議論してきた。しかし途中で、問題の核心はトランプ大統領の心理状態にあるのではないかと気がついた。となると、そもそもアメリカ合衆国は本当に「イランとの戦争」を戦っているのだろうか、という疑問が生まれる。
どうやら現時点での勝者はイスラエルのようだ。ではイスラエルは誰と戦い、何を勝ち取ったのかということになる。勝者がいれば敗者もいる。おそらく第一の敗者はアメリカ国民であり、それに付随する我が国を含む同盟国もまた、イスラエルに敗れたのかもしれない。

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