本日のテーマはアメリカ覇権時代の終わりである。最初のエントリーで今起きていることを分析したので、次はなぜトランプ大統領が力による現状変更を許容するのかについて考える。
そもそも帝国はなぜ繁栄し衰退するのかという議論だ。
そもそも帝国とはなにかを定義しなければならない。
今回は域内を力でまとめ上げそれなりの秩序を作ることであると定義したい。帝国が機能している間は共通のルールが作られそのルールのもとで活発な交渉が行われる。戦後の世界には2つの帝国があったと考えられる。西側の自由主義陣営と東側の社会主義陣営である。西側の自由主義陣営にはアメリカ型とヨーロッパ型の2つのモデルがある。前者は主権国家としての強い結びつきであり、後者は主権国家同士の比較的弱い結びつきだ。
東側陣営は1989年に崩壊が始まった。勝利したのは西側陣営だと思われていたが、今や西側の結束も風前の灯である。一体何があったのか。
バーモント州選出のバーニー・サンダース議員がNEW STUDY: Nearly $80 Trillion Redistributed from the Bottom 90% to the Top 1% Since 1975という記事を出している。1975年以降「残りの90%」の富がトップ1%に約80兆ドルも転移しているという。
東側陣営の失敗は行き過ぎた平等だったが西側陣営の失敗は行き過ぎた格差の拡大だった。確かに帝国は自由な通商を保証することで繁栄を享受してきたのだがシステムが作動すればするほど中央に吸い込まれて格差が拡大することになっている。
このため自由主義のプロモーターたちは自由主義陣営を広げ続ける必要がある。最終的には搾取されるにせよ外からエネルギーを加え続けることで中間所得者に流れる富を確保しようとしたのである。
この過程でアメリカ合衆国は中国をWTO体制に加える。これが計算違いだった。ヨーロッパの人口とアメリカの人口を加えても中国には勝てない。資本主義は中央に富を収奪し続ける仕組みなので「中央」が偏ってしまうと構造が壊れてしまう。計算違いを悟ったアメリカ合衆国は一転して中国排除(デカップリング)を目指すことになるのだが、一度癒着した経済を引き剥がすのは容易ではない。
アメリカ合衆国は強い軍事力を背景に基軸通貨としての地位を守り中央に富を集め続ける装置だった。
しかしこのシステムを成り立たせるためには原理的にフロンティアを加え続けるしかない。中国を組み込んで以降のアメリカ合衆国は人工的にフロンティアを作って破壊するという「バブル」を生じさせるようになっている。
その一つがインターネット・バブルであり、もう一つが金融工学バブルだった。金融工学バブルの結果がリーマンショックだったわけだがこのときには麻生政権が吹き飛んで民主党政権が生まれている。
現在はAIが新しいフロンティアとみなされている。Axiosによればアメリカ合衆国の経済はコロナ禍の政府債務の拡大で生じた貯蓄を中間所得者が使い果たした段階に入っており、富裕層だけが消費を牽引する状況になっているそうだ。またAIはホワイカラーから仕事を奪う特性がある。
当初はアメリカ合衆国が作り上げた通商インフラは「みんなのため」のものだった。しかしながら次第に受益者が偏るようになると通商インフラを維持するためのコストを負担する気持ちになれなくなる。これはローマ帝国でも見られた現象だ。西ローマ帝国は次第に外国人に防衛と領土経営を委ねるようになり結果的に外敵の侵入を防げなくなった。
合理的に考えるならば通商インフラを守るためには再分配を通じて格差の縮小を行う必要があるのだがそうはならない。盗んだのは外にいる敵であるという指摘がなされると同時にできるだけ負担を避け受益だけを求める動きが出てくる。
これがいまアメリカ合衆国で起きていることである。
トランプ大統領には帝国の主催者であるという意識はない。例えばトランプ大統領は銀行に圧力をかけて暗号資産の取り扱いを増やそうとしている。トランプ大統領の一族が経営する企業は暗号資産を取り扱っているのだからこれも私的な利益の追求だ。このときに「暗号資産」とは言わずに保守派の政治信条を差別されてはならないと付け加えるのがコツである。中間所得者を適当に巻き込んでおけば後は勝手に支持してくれるのだ。
ウクライナの戦争について分析したときに「トランプ大統領の私益追求の動きはトランプ大統領個人の資質ではない」と書いた。むしろトランプ大統領はアメリカの政治的志向変化の結果であって原因ではないということだ。誰もがいつかは自分も上流階級に登れるかもしれないというアメリカンドリームを信じていて実は収奪される側にいると言うことに気がついていない。これはもう一種の宗教だ。
現在トランプ大統領はテキサス州州知事に対して選挙区の区割りを見直して共和党の議席を5つ増やすように命じている。国勢調査を行わない限り区割りはできないという声が上がると「今までの国勢調査は不法移民が入っている」と根拠なく主張し国勢調査のやり直しを求めている。統計の責任者を解雇したことからもトランプ大統領に都合の悪い事実は「事実ではない」ことになる。
民主党側もこれに呼応し「共和党がその気ならこちらも防衛するしかない」としカリフォルニア州などの区割りを民主党に有利なように変えようとしている。ペロシ前下院議長は「これは自衛だ」と宣言しており共和党の攻撃に対する自衛戦争であるとの認識を示した。
アメリカではすでに州の間の政治的内戦が起きており、アメリカ合衆国という通商基盤を擁護する気持ちは失われてしまっている。
