本稿では「なぜアメリカとイランの戦争が読みにくくなるのか」を、日米のメディアの観点から分析する。アメリカのメディアはすでに壊れており日本のメディアは意識的に壊れていると見ないようにしている。この2つが複合的に問題を引き起こしている。
いつも昼頃にまとめているABCニュースで、トランプ大統領が「アヤトラと交渉する、誰かはわからないが次のアヤトラだ」と絶叫していた。これを聞いて、直感的に「ああ、これはダメだな」と思った。同時に、おそらく英語がわからない人には「ダメさ加減が伝わらないだろう」とも確信した。
あえて言語化すると次のとおりだ。
第一に、アヤトラを殺したのはアメリカとイスラエルの攻撃である。つまりトランプ大統領は交渉相手を殺す作戦を承認した当事者だ。
第二に、トランプ大統領は今でもイランが「最高指導者」によって動かされる国だと考えており、その最高指導者を自分が好む人物に変えることができれば問題は解決すると考えている。
第三に、「その相手が誰だろうが」と言っていることから、交渉相手を特定できていないことがわかる。
第三の「特定できていない」はAxiosの記事から読み取れる。次の交渉はバンス副大統領が主導すると見られているが「そもそもバンス副大統領が出てくるような交渉そのものが存在するのだろうか」と疑問視されている。
英語圏でニュースを受け取っている人は、これが「直感的に」理解できる。ところが日本のメディアはこれをそのまま伝えない。理由は3つある。
第一に、アメリカ合衆国の意思決定システムが極めて危うい状況にあると認めたくない。このため「トランプ大統領個人の問題だ」と捉えたがる。
第二に、「長引く戦争」という不利益を認めたくない。現在、イスラエルのメディアが盛んに情報戦を仕掛けており、「4月9日終戦説」や「モジタバ師が計画を最終承認した」という情報が出ている。イスラエル側の狙いはよくわからないが、日本のメディアはこれを「安心材料」として伝える。
第三に、アメリカ合衆国の専門家も「意思決定システムが積み上げ型でなくなっている」と認めたくない。自分が積み上げてきた知識や人脈の価値が揺らぐからだ。
では「日本のメディアはすべてデタラメ」で、アメリカのメディアこそが優れているのだろうか。
実はアメリカ合衆国はさらに深刻な状況にある。CNNが「【分析】不審なほどに時機を計るトランプ氏の対イラン発言、意思決定の動機は何なのか?」という記事を出している。
要するに「トランプ大統領は市場を意識した発言を繰り返している」というものだが、根拠がまったくない。これを材料にサブスタックやポッドキャストで「断定的な」記事が量産されても不思議ではない。「トランプ大統領は市場操作をしている」と言う記事が書きやすい。
一方で地上波は訴訟を恐れているのか、大統領の発言の信頼性に確信が持てないのか、「事実だけを並べる」傾向が強まっている。ABCニュースの記事を読んでもトランプ大統領が言っていることは真剣に受け止められていない事はわかるものの何が起きているのかはさっぱりわからない状況になっている。だからこそAxiosのバラク・ラビド記者のように「政権に食い込んだ」記者が重用される。
ここで「であればAIを使ってメディアを補強すればいいのではないか」と考えるのだが、そうはならない。ChatGPTも「狂って」いる。ここではあえてこの言葉を使う。
そもそもChatGPTはディベート懐疑論から生まれたが、学習データが「論破型」であったため、論破競争に巻き込まれてしまった。GoogleのGeminiは一切抵抗しないが、ChatGPTは「意識の高さ」を残しており、これがかえって仇になっている。このため仮説をぶつけると「それは証明できない」と応答する。結果的に「トランプ大統領を支援している」ような感覚になる。さらに、証明しきれない内容については「表現をすべて削除」してしまうこともある。このためユーザーが「この表現は必要だ」とAIを説得する羽目になる。
結果的にアメリカ合衆国では「相手に論破さえさせなければ証明不能となり政治的資源を使い切るまで暴走が止められない」というような政治状況が生まれており、ChatGPTも一部これに加担している。ChatGPTは議論偏重主義の重力圏を抜けられなかったのだ。
アメリカ合衆国では、イランの和平交渉のニュースはSAVEアメリカ法と一体として語られる。合理的に考えれば、その目的は問題解決ではなく「民主党のせいで問題解決ができない」というアジェンダ設定にある可能性が高い。空港によっては6時間もの長い列ができており、全米を忙しく飛び回るビジネスマンたちのいら立ちは最高潮に達している。それでもトランプ大統領は「支持者さえ固まれば自分は選挙に勝てる」と考えている可能性が高い。トランプ大統領はICEエージェントを空港に派遣した。通常であれば「列を短くするための対応」と考えられるが、「実際には事態をかえって複雑にしているように見える」とABCニュースは旅行客に語らせていた。
トランプ大統領は混乱を作り出し民主党への敵意を増幅させようとしている可能性があるが、これは証明できない。そのため、結果としてCNNのような「ほのめかし報道」が多数生まれることになる。
ヨーロッパの首脳たちはこうした状況を深刻に受け止めているようだ。スターマー首相はスタッフに対し「中東の紛争がすぐに終わるとは思わないように」と伝えた。また、法的根拠がなければ参戦しないとも述べている。ドイツのシュタインマイヤー大統領も、第2次トランプ政権がもたらした欧米関係の断絶は元には戻らない可能性があるとの認識を示している。
- 英首相、中東での紛争は「迅速かつ早期」には終わらないと警告 「我々の戦争ではない」とも強調(BBC)
- 欧米の関係断絶、ウクライナ侵攻に匹敵 元に戻らず=独大統領(REUTERS)
- イラン交戦は「不要な戦争」 トランプ政権を痛烈批判―ドイツ大統領(時事通信)
本稿では、この戦争は「すぐに終結する」と考えている。トランプ大統領にシステムそのものを破壊する意思はなく、また暴走を続けるための燃料も限られているからである。しかし読者の中には「すぐに終結すると言いながら、混乱が長引くというのは矛盾しているのではないか」と感じる人もいるだろう。つまり、論理的に考えるならば、戦争の終結は「これまでと同じ状況」が戻ることを意味するわけではないということだ。
アメリカ合衆国はメディアも含めて「混乱状態」にある。ChatGPTはこの状況の中で安全装置として機能しようとしているが、それは暴走する車に必死でブレーキをかけているようなものだ。通常であれば先に限界を迎えるのはブレーキの方である。
また、日本のメディアは「戦争終結=秩序の回復」という前提に立っているため、状況が見えなくなるのはむしろ自然である。

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