トランプ大統領がNATOへの攻撃を排除しなかった。彼は攻め込むつもりなのだ。そう書けると面白いのだが、実はそういう話ではない。日本にも関係がある話なので丁寧に分解してゆきたい。日本が戦後80年間規範としてきた正解が音を立てて崩れておりもう二度ともとに戻らないだろう。
まずそもそも今回の発言は国内向けのアピールだ。「えっ」と思うかもしれない。
- トランプ大統領は国内政策に行き詰まりつつある。最高裁判所と議会が障壁になっている。関税も9日に判決が出ることになっている。
- トランプ大統領はアメリカの連邦議会が行き詰まりの結果であり、また原因にもなっている。このため、イアン・ブレマーが言うところの「アメリカ革命」を通じて大統領権限を拡大しようとしている。
- 合衆国憲法は大統領に軍事力行使など大幅な権限を認めており、国内より国外のほうが成果を上げやすい。
- 結果的にベネズエラ侵攻が行われ成功してしまった。
- トランプ大統領は次の成果を求めてグリーンランドを手に入れると言い始めた。
- このときに自分は誰にも制限されず、軍隊さえ自由自在に動かせる万能の男なのだと示すことにした。と同時に様々なことが成功しつつあり本人もおそらくそれを信じ始めている。
スティーブン・ミラー氏は本気で西半球帝国を目指しているがトランプ大統領にはそこまでの主張はないだろう。しかしミラー氏の戦略(情報飽和からベネズエラ侵攻)が成功してしまったことでトランプ大統領はこれが正解だと信じ込んでしまった。その過程でトランプ大統領はディールを多用するビジネスマンから「何か」に変質しつつある。しかしそれが何なのかには名前がない。
実はこの名前のなさこそが今回の革命の特徴だ。スティーブ・ミラー氏は学生時代に意識高い系に反発するようになりそのまま政治言論家になった。ただし彼はアメリカ合衆国憲法の脆弱性を突いてしまった。思いの外派手に崩れたため「これが正解だった」とみなされるようになったのだろう。
トランプ大統領は西半球帝国を目指しているのではなく、行きがかり上、スティーブン・ミラー氏に代表するなにかに触れて成功を積み重ねる内に「そちらの方向」に引き寄せられている。そしてそれはトランプ大統領の成功というよりも、アメリカ憲法の「最も弱い部分」を意図せず効果的に突いてしまった結果だ。
つまりイアン・ブレマーのいうアメリカ革命は革命ドクトリンやマニフェストを持たないという意味で行きがかり革命か行き当たりばったり革命と呼べる。そして行きがかり革命は一度壊れると再現できない。そもそも再構築すべき物語がないからだ。
これを形にするのがエスタブリッシュメントの仕事だった。しかしルビオ国務長官にはカリスマもなく、キッシンジャー国務長官のような自由度もない。単なる行きがかり革命の後で状況を整理する使いっ走りのような状況になっている。
今彼は盛んに「自分は外交官なので、グリーンランドの問題もベネズエラの問題も外交的に解決する」と言っている。しかしおそらくこの発言を真に受ける人はもう殆どいないだろう。これは火事のようなものだが消防士は「この火は管理された火です」といい続けている。そして彼の見ている前で次々に大統領が火を付けて回っているのだ。
米国が軍事的選択肢を進めることで、北大西洋条約機構(NATO)の同盟国を危険にさらす可能性があるかという記者団からの質問に対し、ルビオ長官は「米大統領が国家安全保障に対する脅威を認識した場合、いずれの大統領も軍事的手段でそれに対処する選択肢を保持している」と指摘。「私は現在外交官として、異なる方法で解決することを選好する。それはベネズエラの問題も含まれる」と語った。
米国務長官、デンマークと来週会談 グリーンランド巡る緊張受け(REUTERS)
デンマークの首相は、デンマークを攻撃した時点で「NATOは崩壊する」と主張している。
グリーンランドを半自治領としているデンマークは、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国。同国のメッテ・フレデリクセン首相は5日、アメリカによる攻撃はNATOの終わりを意味すると警告した。
米政府、グリーンランド領有へ軍の活用も選択肢として検討と(BBC)
トランプ大統領はこれに応えて「アメリカがいないNATOには何の価値もない」とSNSで情報発信した。つまりアメリカが手を引いた瞬間にNATOは終わるんだからグリーンランドを差し出す以外に選択肢はないとNATOに「ディール」を迫ったのである。そもそもSNSのメッセージは興奮しており彼の思考がますますまとまりをなくしている事がわかる。一株の興奮状態にあるのだろう。
更にトランプ大統領はアメリカ人が大切にしてきた正義と公正にも手を付け始めた。2021年に起きたアメリカ議会襲撃事件を歴史改竄し「平和な抗議活動である」と書き換えた。そして民主党のペロシ氏が暴動を扇動したと公式に主張している。
この新しいウェブサイトは21年1月6日の暴動について、法執行機関と当時のペロシ下院議長によって扇動されたものだと根拠なく主張している。暴徒をその日の犠牲者に書き換え、トランプ大統領を英雄として描く内容にもなっている。後者に関しては、死傷者を出したこの襲撃事件に絡んで起訴された約1600人に全面的な恩赦を与えたというのが理由だ。
1月6日の議事堂襲撃から5年、ホワイトハウスが内容書き換え 事態激化は警察の責任と主張(BBC)
この行きがかり革命は、アメリカの国際的地位を破壊しているのではない。正義の国であるという彼らの自己認識を破壊しているのだ。
と同時に戦後80年の間「民主主義の教師」としてアメリカを奉ってきた日本の思想基盤も燃えていることが分かる。我々はこの事実から目を背けるべきではないし、おそらく背けることもできないだろう。それこそ「火を見るより明らか」だ。

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