トランプ大統領が一律15〜20%の関税を賦課すると伝えられたが株式市場は反応しなかった。TACO理論が浸透しており「どうせ今回も最後には妥協するだろう」と思われているからだ。アメリカ合衆国は世界中から投資を集め続けており米ドルの基軸通貨としての地位も揺らぎそうにない。
トランプ大統領の政策が市場関係者から信任され続けているということがわかる。株式投資目線から見るとこんなに恵まれた国はないからだ。
Quoraのために関税に関するニュースを集めていて唖然とした。まずベース関税が15-20%になりそうだ。ブラジルでは司法介入のために50%の関税が課される予定になっている。また銅にも50%の関税がかかる可能性がある。
現在最も深刻なのはカナダだ。35%の関税を課される見込み。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に適合した製品にはかからない可能性が高いと見なされているため象徴的な意味合いが大きい。トランプ大統領が高い関税を予告したことでカナダはデジタル関税政策を転換した。ところがその後になって「やっぱり関税をかける」と言い出した。ABCニュースははっきりと「恫喝だ」としている。
今回トランプ大統領は「フェンタニル対策」を理由としてあげている。だがカナダから流入するフェタニルはわずか1%に過ぎない。もともとアメリカのフェンタニル汚染はFDAの取り締まりの失敗に起因している。鎮痛剤に中毒性のある成分が含まれていたが、FDAは長年これを放置してきた。このためアメリカ合衆国にはすっかりオピオイド市場が出来上がってしまっているのだ。
このようにトランプ大統領は関税を恫喝手段として活用しており合理的な交渉の余地はない。これを止めることができるのは金融市場だけと言われているのだがTACO理論が浸透しているため余り動揺しなかった。最後にはトランプ大統領が日和ると考えられているのである。トランプ大統領は「関税が市場から信任された」と捉えているようだ。
しかし仮に関税がこのまま課されてもアメリカ合衆国は魅力的な市場で有り続けるのではないかと思う。
これが今回の話の最も残酷なことろだ。
トランプ大統領は明らかに企業向けの政策を連発しており新自由主義的な色合いが強い。政府の規制は極限まで撤廃され稼ぐ自由が保証されている上に富裕層に優しい税制が導入された。もはやアメリカは企業の経済植民地と言ってもよいだろう。投資家にとっては(これは日本人の株式投資かも含めてだが)魅力的な環境である。
またトランプ大統領はありとあらゆる手段でインフレを起こそうとしている。現在ではFRB議長に圧力をかけて利下げをさせようとしているがこれもインフレ要因んとなる。
インフレになれば普通はドルの価値が下がりそうだがアメリカは基軸通貨国なのでドルの価値が比較的守られている。これは物価高騰のあおりをうける生活者にとっては大災難だ。ドルが強ければ輸入品が安く買えるはずだがこれは政府に関税として召し上げられて富裕層減税に向かう。富裕層は関税の恩恵を受けることになる。関税で払ったぶんは減税で戻って来る。
富裕層減税とメディケア・メディケイドの削減の組み合わせもお金を持っている人たちには好都合だ。彼らは積極的に消費を謳歌しアメリカ経済を支え続ける。気象変動はなかったことにされ災害被害も州の自主的な努力でなんとかすべきだと言われる。
トランプ大統領の政策はきわめて新自由主義的な傾向が強いがドイツ的父権主義とのハイブリッドになっているため、中間・下中間あたりの人たちはトランプ大統領はアメリカの価値観を擁護してくれていると無邪気に信じている。政治的言論はもはや機能していないため「好きなものを信じればいい」という情況だ。
新自由主義の反発を大統領が抑え込んでいるというのは投資家にとっては非常に都合がいい。
これで「成功」したのがチリである。シカゴ学派が入り込んだチリは新自由主義的な政策が実施され「チリの軌跡」と称賛された。このチリの奇跡は2019-2020年のチリ暴動で終りを迎える。首都サンチアゴの地下鉄の値上げがきっかけだった。
このチリ暴動は最終的に新自由主義を保証した憲法改正運動に結びつくのだがあまりにも急進的すぎるとして否決された。この揺り戻しの「右派的」な憲法改正案も否決されたため結果的にもとの憲法がそのまま残っているそうである。
このように投資家にとって都合がいい制度を「収奪国家」と記述したのが「国家はなぜ衰退するのか」である。中進国から先進国になれない国の特徴として「収奪国家化」を挙げている。この著者たちは2024年にノーベル経済学賞を受賞して話題になった。
収奪国家論が話題になったのは「アメリカ合衆国が収奪国家化しているのではないか」とする懸念が示されたかからである。河野龍太郎氏は「日本も構造的に収奪国家化しているのではないか」との懸念を示している。
ただし日本は1940年体制による年金や医療保険の制度が残っている。これを支えるために極端な富裕層が出にくく「企業の大っぴらな収奪」が起こりにくい。アメリカ合衆国にはそもそもこうした社会主義の軛がないため中間所得者が収奪のからくりに気がつくまでは世界中の投資家からのカネが集まり続けのである。
