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「変形ルネ・ジラール理論」で文脈で考える、高市早苗総理の危険性(宗教化するアメリカの4/4)

10〜14分

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今回は、日本の安全保障の基盤となるアメリカ合衆国の精神的変質の可能性について考えている。日本の安全保障の基盤は、戦後に「国連中心主義」と「日米同盟」という、厳密には異なる二つの基盤の上に乗った精密なガラス細工だ。つまり、このどちらかが動くと、その基盤が揺らぐことになる。

日本の安全保障は、そもそも内部に亀裂というべき小さな矛盾を抱えている。戦後日本は憲法9条によって武力放棄を宣言した。しかし冷戦の進展により現実の安全保障が必要となり、自衛隊が創設され、日米安全保障体制が構築された。その後も解釈変更によって自衛権の範囲は徐々に拡張され、現在では限定的な集団的自衛権まで認められるようになっている。

つまり日本の安全保障体制は、理念と現実の折り合いをつけながら積み上げられてきた構造なのである。さらに、限定的な集団的自衛権の導入によって日本がアメリカの戦争により深く関与し、実際に犠牲が生まれるような事態になれば、それはこのガラス細工のような安全保障体制を一気に崩壊させてしまう可能性もある。

現在は、安全保障理事会常任理事国であるロシアとアメリカの暴走により国連中心主義が揺らいでいるが、実はアメリカ合衆国を支える精神的理念にも変質の兆しが見える。まず下からは「福音派」が台頭し、さらに上からも「エリート支配」という、今回紹介したような別の動きがある。さらに、今回のアメリカとイランの戦争は、シーア派が持っている「終末戦争理論」を刺激しかねないという危険性がある。

つまり、日本の国益確保という観点から見れば、日本はこうした「終末論」への傾倒を抑制し、世界をより合理的な方向に押し戻さなければならない。では高市総理はそれにふさわしいのか。確定とは言えないが、二つの懸念がある。

女性自身に「『権力者が国民を縛るための憲法』と学者は警鐘…高市政権で現実味を帯びる“憲法改正”が危うい『二つの理由』」という記事がある。慶応大学名誉教授の小林節氏の論考なので、「何だ護憲派の言い分か」と考えられがちだが、「憲法は国を縛るものである」と主張する小林氏に対して、高市氏は「憲法は、国家に権力を与えるものです」と反論してきたという。そもそも小林氏と高市氏は、ある意味では同じことを言っている。つまり憲法は「国家権力の自由度」を定義するものであって、見方によって「権限を付与するもの」にも「制限するもの」にもなり得る。しかし高市氏は、明らかに権力者的視点を強く持っている。

次に、高市総理は夫婦別姓問題などの「リベラルな課題」に反対している。これは「偶然にも」国内の宗教右派の考え方に一致する。デイリー新潮は「『非常に不可解』 高市首相に3000万円の寄付を行う謎の宗教団体の実態… 『年間来場者21人でどうやって多額の経費を捻出できるのか』」と、謎の宗教団体「神奈我良(かむながら)」との関係を指摘する。国家権力を手にするために宗教を利用するという考え方は、アメリカ合衆国の宗教右派と親和性が高いと言えるだろう。

この二つが結びついてしまうと、「これまでのグローバル経済が否定される」ことになる。それをアメリカと日本の国民が納得してくれればよいのだが、おそらくそうはならないだろう。ホルムズ海峡が封鎖され、インフレ懸念が出てきただけで、日本もアメリカも大騒ぎになっている。

高市総理の背景にいると思われる宗教右派と、アメリカ・ファーストを掲げる宗教右派は、「表面的な親和性」を持っているため、仮初の同盟が作られる可能性は高い。おそらく日本の宗教右派や自称保守派は、一時的に熱狂するかもしれない。

しかし、アメリカ・ファーストの宗教右派は、背景にキリスト教的終末論思想の色濃い影響を受けており、日本やその他の同盟国に対する優先度はそれほど高くない。そして「あてが外れた」と考えたときには、日本の安全保障が抱える根源的な基底問題が露呈し、法的な収拾がつかなくなる可能性も、それなりに高いのではないかと思う。

さらに今回の問題の本質が「アメリカの宗教化」ではなく、強迫観念(obsession)のアルゴリズムによる固定化であると考えるなら、別の危険性も見えてくる。「アメリカの今は日本の10年後」とも言われるからだ。

本来、アメリカの政治思想や宗教的言説は、その歴史的・宗教的背景と不可分である。しかし宗教的バックグラウンドを共有しない日本社会では、その背景が理解されないまま、結論やスローガンだけが輸入される可能性がある。

もしそうなれば、日本人はその思想の前提を言語化できないまま、結果だけを受け入れてしまうことになる。つまり元の思想にアクセスできないまま、アルゴリズムによって増幅された断片的なナラティブだけが社会に浸透し、日本の政治や社会の前提そのものを静かに変えてしまう可能性も否定できないのである。


本日の議論は4部構成になっています。興味のある方はこちらもご覧ください。

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