キプロスとお金の話

しばらく前に「キプロスの銀行が大変なのだ」というニュースを聞いた。ところが日本ではあまり伝えられる気配がなく、伝えられたとしてもEUとの関係で少し触れるだけという感じだ。ところが、この話について少し考えてみるといろいろなことが見えてくるように思える。
まず、疑問を並べてみる。

  • なぜ、キプロスは国にはお金があるのに(GDPの8倍もある)経済破綻の危機に直面しているのか。
  • メドベージェフにとってキプロスと北方領土の共通点は何か。
  • 日本銀行が金融緩和してもインフレにならないのはどうしてか。

キプロスの金融危機について、納得の行く説明をしてくれたニュースショーは皆無だった。日本には以前銀行口座が封鎖された歴史がある。そのために「報道を自粛しているのだろう」という人もいる。
唯一、なんとなく分かったように思えたのは、キプロスは昔からロシアの金融オフショア先になっていたというネットの記事だ。どうやら、お金は「お金A」と「お金B」に別れているらしい。お金Aは人々が何かを買うために使う手段だ。しかし、お金Bは「貯めて増やす」ものであり、お金Aとは分離されている。ロシアのお金持ちたちは、儲けた金を国内ではなく海外に逃避させた。これをオフショア金融というのだそうだ。しかし、キプロスの銀行はギリシャ危機をきっかけに資金の一部を失ってしまう。銀行が潰れると、ロシア人のお金持ちたちは資金の一部を失うことになる。
なぜ、ロシア人たちは自分たちで稼いだお金を国内ではなく海外に預ける必要があったのだろうかという点が次の疑問になる。この点についてはよく分からないものの、キプロスが小さな国であり、なおかつロシアと宗教が同じであるという点が重要らしい。さらにイギリスの植民地だった経緯がありビジネスインフラが整っていたことと、EU圏だということも重要なのではないかと思われる。つまり、ロシアにとってキプロスは、EU圏に開かれた出島のような存在だったということになる。EUの立場から見ると、自分の圏内にロシアの出先があるのは面白くなかっただろう。単に規模が小さいから潰すのではなく、この機会に「オフショア金融」を潰したいと考えても不思議はない。政府からみるとそれは「脱税行為」だからだ。
すると、メドベージェフが言った「北方領土をオフショア基地に」という言葉の意味が分かる。ロシアにとって北方領土は「円経済圏の出島」になれる。領有権問題を棚上げにして共同運用区域にすれば、日本の税制もロシアの税制も完全には及ばない(逆に言えば、両方の影響力が等しく及ぶ)区域を作る事ができる。ロシアはEUと日本の間でバランスを取りながら、両方のいいとこ取りができるだろうし、日本の政治家たちにもうまみがあるかもしれないと考えても不思議ではない。
このように世界のお金は、国民の懐からオフショア勘定に流れて行くような仕組みができあがっているらしい。この事が正しければ、いくら金融緩和策を取っても一般消費者が関与する物価が上がらないことが説明できる。これは結局、税金として戻ってこないことを意味する。
お金がそのまま消えてしまえば、それはそれで問題がなさそうだ。しかし、実際には株式、国債、土地、資源、小麦などの農産物などの価格をつり上げる「バブル」が起こる。だから、「株がちょっと上がった」くらいで喜んでいてはいけないのだろう。しかし、バブルを経験した事があるおじさんたちが支配的なマスコミはもウキウキらしい。投資信託や株の本を読んでいる高齢者も多いのではないかと思う。つまり、多くの日本人(多分政治家も含めて)にとって、お金にはAもBもないのだろう。また、経済についての考え方にも一定の「しばり」がかかっているに違いない。1980年代の物の見方が支配的なのだといえる。
メドベージェフの言う事をそのまま受けるのはあまり得策とは言えそうにないが、日本はロシアの提案を戦略的に検討することができる。アメリカとロシアの間でバランスを取りながら、政策選択ができるからだ。ところが安倍首相は「優等生」のように見えるので、このような「リスクを伴う」政策を検討する事はできないだろう。「日本にとってアメリカとの同盟が基軸です」というのが、日本にとっての唯一の正解であり、ここから外れることはない。
例えば、多くの国民はロシアに譲歩することは受け入れがたいと感じるだろう。たぶん選択肢として俎上に載せただけで「売国・親ロシア派」というレッテルが付くのではないかと思う。これも戦後すぐに作られた感情的なフレームをそのまま維持していることによる弊害だ。だから、ロシアと「取り引き」して「新しい金融ゾーンを作ろう」などと言い出せば、国賊扱いされた上でTPP以上の大問題に発展するに違いない。戦後すぐに構築されたマインドセットに縛られていると「北方領土にオフショアセンターを作るとは、さては返す気がないというサインだな」などと読んでしまいかねない。
マスコミがこの件をあまり熱心に伝えないのは、キプロス問題が、基本的にはEUの問題だと考えられているからではないかと思う。だから、EUがこの問題を処理できさえすれば問題は解決するのだろうと思っているのだろう。ところが、実際にはもう少しだけ多面的な広がりを持っているのではないかと思う。
日本はどうTPPを取り扱えるかということを3年も逡巡している。背景にあるのは、アメリカの機嫌も損ねたくないし、戦後すぐに作られた農業利権も損ねたくないという「解答のないパズル」だ。それぞれ一定の時期に作られたマインドセットである。そもそも動けないのだから、新しいスキームが入り込む余地はない。日本が動きを止めている間にも、事態は大きく動いている。しばりから自由になれれば、いろいろな選択肢が手に入るだろうし、今考えている経済政策には実は誤りもあるのではないかということが分かるだろう。
日本人はマインドセットを変更せずに、問題をどのように処理しようかと考えている。このために、周囲で起きている様々な問題が不安定で恐ろしいものに思えるのではないかと思う。
このように、マインドセットは人々の選択肢を大きく制限して物事に対する理解を限定的にしてしまうのである。

クリエイティブな脳の作り方

日々、検索キーワードを眺めていると、いろいろ面白いものがある。今回は「クリエイティブな脳の作り方 本」というのがあった。クリエイティブってなんだよ、とひとしきり毒づいたあとで、気を取り直してこのテーマについて考えてみることにする。
「クリエイティブってなんだよ」と毒づくのは「ネットでクリエイティブって検索して、すぐに見つかるほど甘いもんじゃないよ」という気持ちがあるからだ。多分、検索して1時間くらい本を読んだら「クリエイティブになれる」くらいの安直なものを探しているのだろうなどと思ってしまう。
ところが、世の中にはそうした人たちに向けて書かれた本というのが実際に存在する。『リファクタリング・ウェットウェア – 達人プログラマーの思考法と学習法』の「ウェットウェア」とはつまり脳の事である。著者は「本書で紹介するテクニックを実践すれば、読者の学習スキルおよび思考スキルは向上、日々の生産性を20%から30%改善できる」と主張している。
この手の本はいくつも存在する。しかし、本が指南するのは生産性を上げる方法であって、それが「必ずしもクリエイティブであるか」とは限らない。
そもそもクリエイティブってどういうことなのだという問題は残されたままである。
次の本はウォートンビジネススクールが出版した『インポッシブル・シンキング 最新脳科学が教える固定観念を打ち砕く技法』という本だ。この本は「メンタルモデル」について書いている。
メンタルモデルとはいわば「固定概念」や「思い込み」の事だ。メンタルモデルを持つ事自体は悪い事ではない。メンタルモデルがあるおかげで人は様々な情報を知識として理解することができる。
しかし古くなったモデルは様々な問題を引き起こす。そこでモデルそのものを疑ってみる事で、新しいアイディアを得ようとするのがこの本のアプローチである。
この本の優れた所は「固定概念はいけないことだ」との断定を避けている点だ。逆に古いモデルを完全に捨ててしまうことで起こる不具合というものも存在する。また、新しいモデルを他人に受け入れてもらうためにはどうしたらいいのかという点 – いわゆるチェンジマネジメント – についても言及している。新しいアイディアを考えても、現実に受け入れられなければ意味がないという姿勢が見える。
最初の本『リファクタリング・ウェットウェア』は、自分の与えられている職務の範囲でのクリエイティビティを扱っていた。ゴールそのものには意義を差し挟まない。ところが、ビジネススクールは経営を扱っているので、チーム全体が生き残れるように最適なモデルを提供する必要がある。
同じ「クリエイティブ」でも、そのレイヤーによって違いがあるらしい。だんだんと「クリエイティブ」が何を意味するかということも明確になってきた。
次の本は名著『天才はいかにうつをてなずけたか』である。Amazonの書評は辛い。実際にうつ状態にある人が解決策を見つけようとして、この本を買うらしい。ところがこの本は「うつを克服する」方法には触れていない。「どう、てなずけるか」というのは「うつ状態」が持つ役割について理解する、折り合いをつけるということだ。
いっけん、クリエイティビティとは関係がなさそうだが、人間の創造性の破壊的な側面について書いてあるともいえる。創造力というのは、現在にないコンセプトやメンタルモデルを作り上げるということだ。
心理学、政治、物理学などの課題にまじめに取り組んでいると、革新的なアイディアに行き当たることがある。『インポッシブル・シンキング』と用語を揃えると、こうした「メンタルモデルの変更」は人生やキャリアそのものを大きく脅かすことがある。
しかしながら、それを乗り越えた所に偉大な業績がうまれることがあるのもまた事実だ。チャーチル、カフカ、ニュートン、ユングなどの事例を紹介しつつ、彼らの「創造性」について考察している。
このレベルの創造性は「社会的な常識との折り合い」が付けにくい。人が一生をかけて身を投じるレベルの「創造性」だ。また「創造的になろう」と思ってこのような境地に至ったということですらなさそうである。
多分「ネットでクリエイティブについて検索してやろう」と考えている人は、このようなレベルのクリエイティビティを求めているわけではないと思う。例えば、日々CMを作っている「クリエイティブなディレクタ」が、全く創造的な映像表現手法を思いついたとする。それは高い確率で「お茶の間にはそのまま流せない」ような映像のはずだ。この考えに取り憑かれたディレクタが、その後も仕事を続けたければ、その思いつきをきれいさっぱり忘れてしまう必要がある。
いずれにしても、クリエイティブであるということは、オリジナルであるということと同じ意味らしい。そのためにはキャリアの最初に「ただひたすら作る」とか「経験を積む」というスキルを伸ばす時期が必要だ。
今回、ご紹介した本は、例えば「オリジナリティのある帽子を作りたい」というような人には向かないかもしれない。しかし、考えてみれば専門学校を卒業した時点で何の蓄積もなく「オリジナルでクリエイティブな帽子」が作れるはずはない。もし、若くしてオリジナルな何かが作れるとしたら、それはその人が持っている特性とか経験や物の見方に根ざした何かがあるからだろう。また「クリエイティブな帽子」が出てきた背景には、なんらかのマインドセットの変更があるはずだ。
ことさらに「クリエイティブ」になろうと思わなくても、人間の脳には「クリエイティビティを指向する回路」というものが組み込まれているのではないかと思う。でなければ、人生が台無しになる危険を冒してまで創造性に生きようという人が出てくる理由が説明できない。

放蕩息子の帰還

新しい教皇はイエズス会出身だそうである。ということで、イエズス会の歴史を調べても良かったのだが、代わりに聖書のエピソードを取り上げたい。「放蕩息子の帰還」というお話である。レンブラントの絵でも有名だ。
兄弟のうち弟が、父親が元気なうちから「財産の分け前が欲しい」という。その財産を処分し、弟は遠くに旅立ってしまったのだが、結局散在してしまう。食べるのにも困った弟は使用人でもいいからと考えて父親に赦しを求める。父はその息子を無条件で赦すのだが、兄はそれを認めようとはしない。そこで父は兄をたしなめるという話である。
この話には前後に別の例え話があり「正しい律法に基づいている人は、神様がなさるように罪人をも赦さなければならない」ことを意味しているのだと考えられてる。当時のユダヤ教と達は、宗教的な生活を実践しない人たちを差別していたのだが、キリスト教は、病気の人、貧しい人、そして罪人たちをも救済の対象にした。
現代日本であれば、弟は自己責任で破滅したのだし、実家に戻ってくれば兄の取り分が減ってしまうだろうと解釈されそうな話だ。
放蕩息子の帰郷 – 父の家に立ち返る物語 – 』は、この説話とレンブラントの絵画に触発された著者が、弟の立場、兄の立場、そして父の立場について考えを巡らせている。
弟の立場に立つのは比較的易しい。誰でも罪の意識というものを持っていて、純粋なものに立ち返りたいと思いつつもいろいろ逡巡するものだ。そして、そうした罪を「無条件に赦されたい」と考えている。
ところが「兄の立場」について考えるのは難しい。こちらは奔放な弟をうらやましいと思いつつも、実際には旅立つ事ができなかった人である。正しい立場にあるにも関わらず「嫉妬」というネガティブな感情を抱える。どの人にも同じような感覚があるに違いない。正しい行いを実践している人が、なぜ罪悪感を感じ、叱責されなければならないのか。
著者のナウエンは司祭なのだが、ここから「自分が父の立場」つまり、司祭として息子たちを指導して行く事と無償で与える事の難しさについても考えている。父は無条件の許しを与える神だというのが、聖書の普通の解釈だろう。
キリスト教の伝統的な解釈から外れると、これを一人の人が抱える問題だと捉え直すことができる。ある人が、心の中に欠落感を抱えている。それはなんとなく「昔に旅立ったまま帰ってこない息子」のようなものだ。ところが、ある日その人は「放蕩息子」を自分の中に見つける。そのまま祝福してやりたいが、一方で「まじめに生きてきた部分」があり、どうにも納得できない。そもそも自分がやってきたことのうちにいくつかは全く人生の無駄遣いなのではないかと感じるかもしれない。これをどう捉えるべきだろうか。
この2人の息子は、その人が持っている人格の多様性のようなものである。つまり祝福されたあるべき性質というものはすくすくと伸びて行く。その人の全人格のように生育する。ところが、人にはそれだけでは満たされない部分というものがある。祝福された性質に隠れて伸びる事ができなかった「劣等な性質」というものだ。ある日それを見つけて「劣等な性格に立派な着物を着せてやり」祝福することにする。つまり、放蕩息子に立派な着物を着せてはじめて、全人格が揃い喪失感がなくなるわけである。こうした感情を人生の成長の時期に持つのは難しいに違いない。
この物語には「なぜ、弟は出て行かなければならなかったのか」が全く描かれていない。「単なる放蕩」として語られる。もしかしたら、立派な片一方の人格の裏で育つ事ができなかった別の何かがあるのかもしれない。しかし、それを無視する事はできない。なぜならば、それも含めて個別の何かだからだ。
そして、出て行ったものを再び迎え入れることが「全くムダな行為なのか」という点も、実は考察に値する。弟は「全く無駄だった」と考えているらしいが、出て行く前の状態と戻ってきてからの状態は、単なる現状復帰に見えても、異なる状態のはずだからだ。
このようにこの逸話にはいくつかの解釈の仕方があり、どれが正解ということは言えないのではないかと思う。
さて、ローマカトリックは、現在問題を抱えている。法を守っているように見えて、内部では権力闘争や性的な退廃を完全に排除すること事ができない。ヨーロッパではこのことに失望した人たちがいて、カトリック教会からの離反もある。一方、イエズス会のように「外に出て行って」現地の文化を受け入れつつ、独自の経験を積み重ねてきた人たちもいる。ローマから見ると「必ずしも純粋とはいえない」かもしれない。
ベネディクト16世は、1981年から教理省の長官としてヴァティカンにいた。一方、新教皇にはローマでの経験がほとんどないそうだ。しばらくの間、ローマカトリックは、名誉教皇と教皇という2名の教皇を戴くことになる。

「日本人は品質管理が得意」という嘘

日本には有害な神話がいくつかある。その中の一つに、もともと日本人はモノ作りが得意で、品質管理に極めて熱心だというものがある。確かに真実を含んでいるのだが、たいへん有害な嘘も含まれている。このために「行き過ぎた円高が是正されさえすれば、モノ作り大国が復活する」と無邪気に考える人があらわれた。多分、単純な「モノ作り信仰」を持っている人ほど失望させられることになるだろう。
戦前から終戦後まで、日本の工業製品はたいして品質が良くなかった。特に占領時代、日本製品は粗悪品だとさえ考えられていた。
特に品質にはこだわらず、ただ作ればいいと信じられていたのだそうだ。これを変えたのが、アメリカの統計学者デミングだ。以下『デミングの品質管理哲学 – QCの原点から新たな展開へ』による。(アメリカ側の視点からの著作であり、それなりの「脚色」があるかもしれない)
デミングはアメリカで品質管理の為に統計学が使えるということに気がつき、実践しようとしたのだが、本国ではあまりうまく行かなかった。経営者が品質管理にあまり熱心ではなかったこともあるが、戦後残った唯一の工業国アメリカでは、とにかく何もしなくても作る品物は売れた。だから、特に品質向上に努める必要はなかったのだ。

日本の品質管理神話はアメリカで作られた

1980年代に入り、アメリカの製造業は日本製品に押されて不振に陥ってしまう。そこでデミングは「もともと日本製品の品質は高くなかったが、科学的な品質管理手法を取り入れたおかげで、現在を地位を得た」と主張し、経営者たちに受け入れられた。
1946年にデミングが日本に立ち寄ったときの講演は統計学者には理解されたが、「とにかくたくさん作ればいい」と考えた経営者には理解されなかった。その結果、日本には粗悪品が蔓延するようになる。
アメリカでの経験から、デミングは「品質管理を徹底させるためには、経営者の意識改革が大切だ」ということを痛感していた。そこで、1950年に日本に招かれた時、経団連を通じて経営者に品質管理の重要性を説いたのだった。デミングは「5年以内に世界中の人たちが日本製品を買いたがるようになる」というビジョンを示した。戦後、大陸市場を失っていた日本の会社はこうして彼のビジョンを受け入れた。結果、5年を待たずに「日本の製品は高品質だ」という評判が得られるようになった。

学習することの大切さ

ここまでで学べるのは「学習することの大切さ」だ。高いビジョンがあり、それをどう実践すれば良いかが分かっている時、人は動機づけられる。ただ、一般的に信じられているように「日本人が最初から高品質にこだわっていた」というわけではなく、どちらかというと外国人に動機づけられていたという点もまた重要なポイントだ。
とにかく、日本の産業界は品質管理の重要性に気が付き「デミング賞」を作る。何年かの実践の後、はじめて賞に挑戦できるというような制度だった。デミング賞は、実践ありきの賞として出発したのだった。この段階では、市場に受け入れられたいという動機があり、それを達成するための手段としてデミングの手法があった。
この『デミングの品質管理哲学 – QCの原点から新たな展開へ』が書かれたのは1980年代だ。当時アメリカのモノ作りはすっかり自信を失っており「何が悪かったんだろうか」という模索が始まっていた。その時に「日本人は、実はアメリカ人から品質管理を学んだのだ」ということが知られるようになる。

当初の意欲が忘れられると、活動が自己目的化する

ところが、このころの日本ではちょっとした異変が起きていたようである。『日本的経営の興亡- TQCはわれわれに何をもたらしたのか』は90年代に書かれた本だが「TQC疲れ」とも言える悲惨な状態が書かれている。
賞を取る事が目的化してしまい、品質管理絶対主義のような会社があったようだ。教祖のような学者がいて、宗教のように(これはつまり、何も根拠がないということの婉曲的な表現だろうが)品質管理が信じられていた。品質追求の方法論は固定化され、現実にはそぐわないものになっていった。にも関わらず、各地で「品質管理さえすれば、経営は安泰」というような風潮ができていた。80年代の後半には「日本はアメリカの製造業に勝ち、もう学ぶものはない」と言われていた。この時期を通じて日本のモノ作りの変質が始まっていたのだろう。
もともと品質管理は、顧客に対してより良いものを届けようという運動だったはずだ。ところが、世代が変わると「品質管理さえすればモノは買ってもらえる」というように誤解されるようになった。独創的な発想は消え、デミング賞を取るために、本業そっちのけで働いた末に過労死しかねないというような事態が起きていたと、本には書かれている。(この本はTQCを否定したいというポジションから書かれていることに注意したい)
結局90年代になって「TQCは時代遅れだ」ということになり、代わって「TQM」という言葉が使われるようになった。今でも「職場が一致協力してISOを取得しようという」運動があるように、日本人は集団で1つの目標に邁進するのが大好きだ。
その後バブルが弾け「モノが売れないのは全てバブルのせいだ」ということになった。また円高の影響から「外的環境が悪いからモノが売れない」という主張が聞かれるようになり、現在に到る。

単純な品質神話は慢心を生む

「日本人は手先が器用だから、うまれつき品質の良いものが作れる」と信じている人がいるようだが、こうした考え方は有害だ。日本人が戦後品質管理を徹底したのは、強い動機付けによるものだ。だから動機が忘れられれば、意欲が失われて当然なのである。また、デミングには具体的な方法を通して「品質管理手法」を教えていた。だから、外国人に対して「根性で品質管理精神を植え付ける」という態度も有害だろう。
アメリカは結局アップルのような「ファブレス」企業が成功し、品質管理に目覚めたはずのデトロイトは凋落した。デミングの品質管理手法は「みんなで問題を発見しよう」という手法なので、IT産業など向いていない業種もある。プログラマは毎日他の人と違うプログラムを組んでいるので、集団的な方法が使えそうにない。また「完璧なものを作るまでがんばる」のではなく「そこそこでリリースして顧客と一緒に状況を改善して行く」というやり方の方がふわしい。
自信を失っている時に「実は日本人には優れた潜在的能力がある」と考えるのは別に悪くないと思う。実際に日本の製造業には実績がある。しかし、いったん自信を取戻したら今度は新しい学習を始めるべきだろう。
[2015/7/23:書き直し]

麺とグローバリゼーション

CIMG3509最近、秋に収穫をしたトウガラシを使ったペペロンチーノを作っている。
単純なパスタだが、水とオリーブオイルを混ぜ合わせる乳化という作業があり、なかなか難しい。
単純なだけに却って熟練を要するように思える。なんとなく挑戦しがいがある料理なのだ。
さて、パスタといえばイタリア料理である。日本風の食材を使うと和風のペペロンチーノができる。ほとんどそうめんなのだが、それでもなぜか「これはイタリア料理なのだ」という気分になる。多分スパゲティのソースもイタリア風の名前をつけたほうが売れるに違いない。
なぜヨーロッパではイタリア人だけがパスタを食べるのか気になって調べることにした。以下『ヌードルの文化史』を参考にした。
小麦は中央アジアからイランのどこかに自生していたイネ科の作物だ。これを乾燥させて持ち運んだのもこの地域の人たちなのだそうだ。これが東に広がり「麺」と呼ばれ、アラビア経由でヨーロッパに持ち込まれたのが「パスタ」だ。中央アジアやロシアにも小麦を加工した食品は広く食べられている。
イタリア人も古はからパスタを食べていたと主張する。当初彼らが食べていたのはヌードル状になったパスタではなく、シートになった今でいうラザニアのようなものだ。パスタはエトルリア時代の遺跡からも見つかっているのだそうだ。
現在の「パスタ」はシチリア島に持ち込んまれた。シリチアは当時イスラム圏だった。そこからジェノバやナポリに広がり、ナポリでトマトと出会った。当時南イタリアを支配していたのはスペイン人で、ラテンアメリカから持ち込まれたトマトやトウガラシなどと合わさって、現在のような形ができた。
このことから、現在のようなパスタは「イタリアでうまれた」というよりは、貿易の拠点として栄えた多国籍文化を背景に育ってきたことが分かる。
結局、どうしてヨーロッパでイタリア人だけが麺料理に取り組んだのかはよく分からなかった。スペインもかつてはアラブ圏だったのだが、こちらは、パエリアのような米料理は食べても、ヌードル状の料理はなさそうだ。ギリシャとトルコにはヌードルやパスタがあるそうだ。

CIMG0004_16
台湾には牛肉麺と呼ばれる麺料理がある。

日本人はヌードル状の料理を麺と呼ぶ。これらはうどんを含めて中国経由だと考えられている。特にラーメンは「中華料理」の一種と見なされることが多い。
ところが、台湾や中国では、日本人が想像するようなラーメンを見かけることは少ない。例えば台湾で有名な牛肉麺はどちらかといえば、牛肉のダシで食べるうどんみたいな印象である。
そもそも中国語の「麺」には「ヌードル」の意味はないそうだ。麺は小麦粉を練って作った食品全般を指す。
とにかく、大陸生まれとされるラーメンは日本に入り様々な変化が加えられるようになった。特に劇的な変化は、麺を揚げたインスタントラーメンだ。この時「即席うどんを作ろう」という発想にならなかったのは、ラーメンが外来食品だとみなされていたからではないかと思われる。うどんやそばのような既成概念がなかったから却って自由な発想ができたのだろう。
これがさらに国際化されてカップヌードルがうまれる。
私達が英語だと思っているヌードルだが、語源はドイツ語なのだそうだ。ただしドイツではヌードルに麺という意味はなく、国際化された結果「麺のようなもの」を表す言葉として広く使われるようになった。中国の「麺」が日本で「ヌードル」の意味を持つようになったのと似ている。
例えば、ソバは小麦料理ではないので中国では「麺」とは呼ばれない。そもそもソバは穀類ですらないのだそうだ。
このように食べ物には保守的な側面と革新的な側面が共存している。土着の食べ物に対しては保守的な気持ちが働き古い性質が残される。ところが、外国から持ち込まれた食品に対してはとても大胆な改良が加えられることがある。その一部が土着化して固定される。麺やヌードルのように、ある国でうまれた言葉が誤解された結果、別の国に広がることもある。
例えば、日本産とされる寿司はsushiになる。西洋人は生魚など食べないという日本人の常識に反して、アメリカ人はランチにスーパーで買ったsushiを食べる。その中身を見ると、アボガドやサーモンなどが使われていて、主食というよりはサラダの感覚で食べられているようだ。
21世紀はグローバリゼーションの時代と言われるのだが、実際には紀元前から国際交流があり、その結果私達の食生活は豊かになった。こうした交流からイノベーションがうまれることがある。
 

共感の欠落と理系脳

このところ、日経サイエンスが面白い記事を載せている。一つはサイコパスに関するもの(日経サイエンス2013年2月号)。そして今月は理系脳と自閉症の関係(日経サイエンス 2013年 03月号)について書いている。

自閉的な傾向とは

「自閉的な傾向」とは相手の言っていることがうまく読み取れない特性だ。相手の気持ちを読み取れない代わりに、一つのことに執着する傾向を見せることがある。自閉的脳は世界を「パターン化・システム化」したがる脳だということが言える。そして、自閉症の子どもの親は有為に高い確率で科学者なのだそうだ。故に科学者の適性と自閉的な傾向にはつながりがあるものと類推される。数学が得意な学生も自閉的特性(AQ)が高い人たちがいる。調べてみると、胎児期に浴びるテストステロンの濃度などが関連しているらしい。
「自閉的傾向」といっても、ある境界で「正常」と「異常」が区切られているというようなものではない。故に、境界にいる人たちは「なぜか相手を怒らせてばかりいる」とか「空気が読めず、顰蹙を買う」というようなことが起こるかもしれない。「共感」とは相手の気持ちを読んで、その場で適切に対応する能力だ。特に「集団に従う」ことを要求される社会では居心地の悪い思いをする可能性もあるだろう。

自閉的傾向の人たちが集る地域と職業

こうした特性の脳が世界中が集ってくる地域がある。記事によると、シリコンバレーでは自閉症児の出現する確率が高いのだそうだ。金融高額やゲノム解析などに欠かせないプログラマの適性は高い付加価値をうむ。つまりこのような特性は「異常」というよりは、アウトライヤーである可能性が高い。逆に「お互いの気持ちを読み合うばかり」の教育が、こうした高い能力を持った人たちを排除してしまう可能性もある。潜在能力が高くても、「自分は社会からの落伍者なのだ」と認識してしまえば、その能力が伸ばされることはないだろう。

アウトライヤーが切り開く可能性

現代は「モノ作り」が一段落して、より高い精度で消費者と感性を一致させることが必要な時代だ。だからより「共感」が求められるのだと考えることもできる。ところが何が共感なのかと問われると、よく分からないことが多い。
まず、自閉脳とパターン認識の関連で見たように、消費者の反応はある程度パターン化できてしまう。このため、データさえ集める事ができれば、あとは自動計算ができるようになるかもしれない。また、相手と共感できないが故に「より適切に」共感関係を築くことができる特殊な人たちもいる。
サイコパスの人たちは、相手を思いやる回路に欠落がある。このため、大抵のサイコパスたちは、社会生活を破綻させてしまう。しかし中には過剰に適応している人たちがいる。この人たちは相手を騙すことをなんとも思わず、むしろゲームのように楽しむ事ができる「天性の詐欺師」のような人たちである。彼らは相手の思っていることが手に取るように分かってしまうので、表面的にはとても魅力的に見える。ところが実際には、相手とは全く共感していない。むしろ「どうやって、相手を騙してやろうか」などと考えているのである。

変わり続ける自閉的傾向の位置づけ

アメリカでは、サイコパスや自閉症という正常範囲から外れた脳の特性をどう位置づけるかについて、様々な研究や議論があり、最近も区分が変わったばかりだ。サイコパスという言葉自体も精神医学では使われなくなりつつあるそうだ。
詐欺を働くと犯罪者だが、このような能力はいろいろなところで活かすことができる。犯罪に手を染めさえしなければ、相手に心地よい言葉をささやきかけるマーケターになれるだろうし、お互いの協力関係がすべて利害につながっている企業のトップにも適した才能なのかもしれない。ビジネスの現場で「善悪の判断がつかない」ことが問題にならないことが多いのもまた事実である。

過剰な脳の進化によって支えられた危うい社会

日本は、集団で面接し相手の気持ちを読み合うような作業を延々とくりかえす。こうした作業の結果「共感できない」人たちが排除されてしまう可能性は否定できない。また「どうしても子どもを愛せない」という母親が期待される母親像とのギャップに苦しむことがあるが、女性も男性よりは確率が低いとはいえ、こうした傾向を持っている人たちがいるのだそうだ。さらに「共感」といっても、相手の気持ちを読み取る能力や相手の喜びを自分の喜びにすることができる能力など複数の能力の組み合わせになっていることも分かる。
もともと脳には多様性がありそれぞれ得意分野がある。これを活かす事ができれば、社会の成長に貢献するだろう。逆にヒトの脳は進化しすぎたために、社会生活を営むうえで正常と異常ぎりぎりのところで危ういバランスを取っているのだと考えることもできる。

蝶ネクタイの結び方

靴ひもが結べますか?だったら、蝶ネクタイも結べます

ボウタイ、もしくは蝶ネクタイ。結び方が分からない、という人は多いのじゃないだろうか。ネットで調べると、イラストやビデオが山ほど出てくる。しかしなんだか要領を得ない。肩も頭も痛くなってくる。
しかし、探しているうちにわかりやすいページを見つけた。ダンヒルのページ。一言「ボウタイは誰にでも結べます」と書いてある。靴ひもと同じですということだ。そう、靴ひもと同じ蝶結びなのだ。

太ももにボウタイを巻いて、蝶結びにしてみた。あっさりとできた。次に首に巻いて鏡を見たら、またできなくなる。
テレビをみながらやると簡単にできた。どうやら蝶結びのやり方は頭でなく、手が覚えているらしい。不思議と意識をそらしたほうがいいのだ。
意外と新しいボウタイの歴史
男はなぜネクタイを結ぶのか (新潮新書)によると、ボウタイはネクタイを蝶結びにしていた時代の名残で結び目の部分だけが残った形なのだそうだ。

歴史は意外と新しく、初出ははっきりとはしないものの1850年代頃だそうで、最初に流行したのは1900年頃だということだ。
この本にはチャーチル、リプトン、プッチーニがボウタイ好きとして挙げられている。それぞれにストーリーがあって、意外と面白い本だった。リプトンのボウタイは蝶の形ではなく、クローバーの形に開いている。アイルランド系の出自を現しているということだ。最初から結ばれているボウタイも売られているのだが、手結びのボウタイは、すこし崩している方が味がある。緩く結んでもほどけないのは、よいシルクを使っている手結びボウタイにしか出せない「味」なのだという。
普通のスーツにボウタイをあわせてしまうと、なんだか古めかしい感じになってしまう。最近は、意外とカジュアルでもありのようだ。
手結びのボウタイを売っている店は少ない。ブルックス・ブラザーズと、ポロ・ラルフローレンには置いてあった。だいたい7,500円から8,500円程度。この他にも「アメカジ」とか「フォーマル」のコンテクストで売られているボウタイもある。ブルックス・ブラザーズは通販でも購入可能だ。

スウェーデン好きを表明すると日本で嫌われるのはなぜか

今回の原発問題で脱原発を唱った嘉田由紀子さんは、選挙期間中に大いに罵倒された。中でも多かったのが「嘉田さんはスウェーデンが好きだが、スウェーデンというのは…」という批判だった。今日はこれについて考えてみたい。
思い起こせば、民主党も北欧モデルを福祉国家の理想として取り扱ったことがある。しかし、国民からはあまり受け入れられず、結局はフランスの事例を持ち出すことが多くなった。「北欧は日本とはあまりにも違いすぎる」という意見が多かったからではないかと思う。いったい、何が違うのだろうか。
ホフステードの研究によれば、北欧諸国は「女性的傾向」が強いとされる。(『多文化世界 – 違いを学び共存への道を探る』などを参照のこと)。ホフステードは企業文化を比較している。だから、この場合に「女性的傾向が強い国」というのは、企業などにおいて、共助・協調性が高い国のことを言う。ライフタイムバランスへの取り組みに熱心なのも、女性的傾向が強い国の特徴だ。生活の質への意識も高いからだ。
これに比較して日本は極めて男性的な社会(リンク先でMASと呼ばれるスコアを参照)だとされている。リンク先にある説明はこうだ。

日本は、社会は競争・達成・成功を重んじ、他人を慮ったり、人生の質を追求したりといった関心は低い。男性的な国では勝つ事に価値が置かれ、女性的な国では自分がやっていることが好きかどうかが重要視される。

このスコアがジェンダーと結びつけられていることに異論を唱える人は多いかもしれない。実際には女性管理職の中にも「競争が好き」な人はいるだろう。また、男尊女卑の国にも「女性的」な国が存在する。いずれにせよ、日本のMASインデックスは突出して高い。反対に、スウェーデンのMASインデックスは極めて低い。つまり、日本とスウェーデンの価値観は対極的なのだ。
これを覆すにはかなりの時間がかかるだろう。
今回の選挙中は女性が「社会が育み育てるという」価値観を否定する議論があった。男性が女性を嘲笑するのはなんとなく理解できるのだが、男性社会に適応した女性までもこうした共助の価値観を否定するケースがある。
政治経済や企業活動の文化では「他人を大切にしたい」とか「話し合いで解決したい」というような意見は、あからさまに攻撃される可能性が高い。またそれを嘲笑しても、社会的にはあまり批判されることはない。政治経済の現場では女性的な態度(つまり、他人を大切にし、協調して社会を維持して行こうという姿勢)は受け入れられないのだ、と感じているのかもしれない。
どうして日本社会がこうした男性的な企業態度を持つに至ったのかは、よく分からない。第二次世界大戦を通じて作られた富国強兵文化が企業文化に引き継がれたのかとも思えるが、競争や自己責任など政治的な主張も極めて男性的だ。
国際的に競争しないと負けてしまうとか、アジアの中で軍拡してでも競争しなければならないという主張がおおっぴらに語られる一方で、不況や震災で困っている人たちを助けたいという主張はあまり受け入れられない。領土問題を平和裏に話し合いで進めるべきだという主張は嘲笑される傾向がある。「弱腰で女っぽい」と思われてしまうからだ。
不況になると、企業社会で競争心を満たすことができなくなると、それが政治に向かうのかもしれない。女性は社会では低位にいる存在で、従ってその意見も取るに足らないものだという気持ちがあるのかもしれない。
いずれにせよ、女性的な価値観を全面に押し出した社会民主党は存亡の危機にあるし、女性を全面に立てた日本未来の党は出だしから躓いた。女性閣僚を多く登用すると女性からの支持は得やすくなるが、やはりサポーティングロールであって、全体的な雰囲気を支配するまでには至らないのが通常だ。
一方、スウェーデンなどの北欧社会がどうして女性的なのかも分からない。男性が海に出てしまい、政治やコミュニティ維持の現場でも女性が活躍したからだという説がある。同じように女性的傾向が強い国にはノルウェー、ポルトガル、オランダなどがある。
いずれにせよ「女性がスウェーデンを持ち出す」と、いろいろな理屈で意見が否定されるわけだが、これに正面から論争を挑んでもあまり意味はない。そもそも「文化的な偏見」だからだ。興味深いなと思えるのは、「女性的な意見」をあからさまに否定する人は、必ずしも社会的に成功している人ではない。競争に執着していて「勝てる相手を選んでいる」ようにも見える。今回「勝ちすぎた」といわれる自民党は、こうした勇ましい議論を引っ込めてしまった。選挙に勝ったことで、議論によって勝つ必要がなくなったからではないかと思う。強い人が弱者をことさらにいじめるのは「男らしくない」わけだ。
日本社会はあまりにも男性的なので、放置すると競争が自己目的化することがある。しかし、それを補正するために「女性的な価値観」をあまり強調しすぎると、男性のみならず女性からも嫌われてしまう。人生の質を向上させたり、協調的な政策を成功させるためには、こうした偏見をなんらかの形で乗り越える必要がある。
最近はイクメンブームだが「育児は実は知的なのだ」とか「シゴトができる要領のよい男性ほど育児に参画しやすい」といった、競争的な側面を強調した言い方がされることがある。「遅くまで残業している男は余裕がない」というのも価値観の転化だ。また、男性は優しくて力があるからこそ、女性を助けることができるというのも、男性的な理由づけである。
同じように、原発の問題でも「古いスキームにしがみついているのは、知的レベルが低いからだ」とか「新しい電力供給スキームの開発競争こそが知的ゲームである」といった方が、競争を促進しやすいのではないかと思える。
また、領土問題にしても「話し合いで平和的に解決しよう」というよりも「戦略的に相手を誘導すべき」という上から目線の言い方の方が好まれそうである。「弱いイヌほどよく吠えるから、軍備を増強しようといった、女々しい態度に出る」というリポジショニング(まあ、たんなるラベル貼りなのだが…)もできるだろう。男らしく正々堂々と協議で渡り合うべきだ、と言った方が男性的な価値観の中では、支持者を増やすことができるだろう。

インセンティブはやる気を殺すことがある

政治は刻一刻とある「罠」に近づきつつある。
何かを起爆剤にして景気を浮揚させる。しかし、それは長くは続かない。まるで麻薬が切れるようにして効果がなくなり、後には苦痛が残る。この麻薬は、一般的にインセンティブと呼ばれる。短期的な効果はあるが長続きしない。
インセンティブによってぼろぼろにされた産業がある。それはテレビだ。ここで分かったのは、インセンティブは「買いたい気持ち」を破壊してしまうということだ。あの政策は単なる需要のタイムシフトではなかった。
憲法改正論者は、国民にやる気がないのは憲法が原因だと考えたらしい。権利ばかり主張するのではなく義務について考えようと主張する。考えてみれば分かる事だが「国家が強制労働させて経済が発展する」などということは考えにくい。
最悪なのは、実際に国民がこうした考え方を受け入れてしまう状況だろう。最低賃金で仕事をあてがってもらえれば、少なくとも自分が何をやりたいのか考えなくてもすむ。このようにして作られた労働者は、人生に大した希望も持たないだろうし、職場をより良くするために貢献したりはしないだろう。怒られれば働くが、それ以上のことはしない。こうした労働環境で、生産性が上がったり、国際競争力の高い産業が育成できるとは考えにくい。
考えれば、こうした状況は既に蔓延している。医療保険分野で働く人たちの給与は政府の福祉支出に支配されている。また、企業が最低賃金で労働者を働かせることができるのは、労働者のやる気に依存しない経済圏が形成されているからだ。正社員を育成して会社への忠誠心を演出する必要もない。多くの仕事はマニュアル化された単純労働に置き換えることができるからだ。
生活保護の代わりに労務提供を求めたり、最低賃金を撤廃しようという主張は、結局の所、このようなトレンドに沿った議論だ。
この行き着く先を探していたところ、パチンコ店を見つけた。労働がインセンティブによって大きく支配されている現場だ。
郊外には大型のパチンコ店ができていて、駐車場は埋め尽くされている。中にはブランドショップ(とはいえ、量産されたものが多いのだが)とレストラン(とはいえ、食べ放題なのだが)が設置されていて、ポイントでこうした楽しみを買う事ができる。客は設定されたイベントに沿って興奮し玉を打ち続けている。この作業は遊びというよりは労働に似ている。
ここでより多くの客を誘致するためには、イベントを工夫するか、賞品の交換率を上げてやるしかない。つまり外部からのインセンティブが効果的な遊びなのだ。客は自ら工夫してパチンコを面白いものにしたりはしないだろうし、お互いに調整して遊びを面白くしたりすることはない。つまり、パチンコから新しい遊びは生まれない。
さらに、ここでの売上げを増やすためには2つの通路がある。1つは出玉(景気)を良くする事であり、もう1つは景品交換率(つまり価格)を下げることだ。まったくの偶然かもしれないが、現在の消費事情に似ている。商品の魅力を増やしても、消費が上がったりはしないのだ。また、出玉を良くするために客が努力することはない。彼らは決まった労働(レバーを操作する)ことをやっているだけであり、景気を良くするために工夫することもない。
パチンコと経済は違うのではないかという人もいるだろう。パチンコは客からお金を取ってパチンコ屋を維持している。しかし考えてみると分かるのだが、国も国民から税金を取っている。海外交易によって稼ぐ経済では、パチンコ屋と国の経営は相似ではないのだが、政府支出と年金が経済を維持する状態では相似する。
「操作」された状態では、人々はインセンティブ以上の事はやらなくなる。そもそもパチンコしかない状態で「自発的な遊びもあるはずだ」と考えるのは空しい。
ダニエル・ピンクは、機械的作業の場合、インセンティブは有効だが、創造的な作業(これを発見的作業と呼んでいる)にはあまり効果がないと言っている。作業の質は従事者によって異なり、全ての人が創造的な作業を楽しめるわけではなく、機械的作業が好きな人もいる。
この分析では「遊びと仕事(もしくは経済活動)」が倒置されているという批判があるかもしれない。しかし、この倒置こそが、本質なのだと考えられる。もはや「機械的作業」ですらなくなっているわけである。

繊維産業はなぜ「衰退」したのか

アパレル産業は斜陽産業だと言われている。「国に依存しすぎたために、産業内調整力が失われた」らしい。現在では生地生産工程と縫製工程が分断されている。生地生産には国際競争力があるが。技術革新の波について行けず衰退するかもしれないと言われているそうだ。






今回は二本の論文を参考にした。1本目は、慶応義塾大学産業研究所の「わが国繊維産業の現状と課題」(辻村、溝下)で、2本目は、三菱総合研究所が出している「転換期の日本経済・産業」(奥村)だ。「わが国繊維産業の現状と課題」はミクロとマクロの両面から繊維産業について調査・考察している。一方、「転換期の日本経済・産業」は短い読み物だ。

1930年代、繊維製品は主要な輸出品目だったが衰退が続いた。1991年には製造業の5.2%を占めていた売上げも2001年には2.5%%まで落ち込んだ。従業員も114万人(1985年)から51万人(2001年)にまで急激に低下している。

慶応義塾大学のレポートによると、日本の生地生産工程には競争力がある。しかし、縫製工程は手間がかかる割に収益が上がりにくく、中国などの発展途上国に流出した。これに引っ張られる形で、それ以外の工程も流出してしまうかもしれないとレポートは危惧している。

もう一つの問題は生産設備だ。意外にも生産機械は技術革新が早い分野だが、外国製機械への依存が強まっている。ニット織り機のように「プログラミング」が必要な分野もあるのだが、プログラミング技術者も不足している。

日本が国際優位性を持っているのは、資本設備(生産施設などのことだと思われる)が高度に集積した分野だ。同じような理由でヨーロッパにも繊維産業の拠点がある。しかし、生産設備が老朽化し更新ができないと、優位性が失われるかもしれない。一社では設備の更新ができず、技術革新についてゆけないということも起こっているそうだ。日本で製造した機械もメンテナンスする人材が高齢化で辞めてしまえば、やがて使えなくなってしまうだろう。

外部から見ると、中間工程(縫製)の流出や生産設備の更新など一社で対応できないものも、共同すればなんとか対応できるのではないかと思える。しかし、それぞれの中小企業が個別対応しようとしているのが実情のようだ。慶応技術大学のレポートを読んでもどうしてこのようになってしまったのかがよく分からない。「国がきちんとサポートすべきである」という提言が見られるのみだ。

三菱総合研究所の短いレポートはこの事情を分析している。戦前、繊維産業は国内の主要輸出物であり、国策で機械化などが進んだ。戦争で一時落ち込むのだが、戦後一気に需要が高まり、貿易摩擦を引き起こすほどに成長したが、国が主導する形で産業規模を縮小した。このような経緯から「政策依存」の体質が作られたのだというのだ。

朝鮮戦争が始まると繊維製品への需要が高まった。織り機さえ持っていれば飛ぶように売れたため「ガチャ万景気」と言われた。当時は農村からの格安の労働力が豊富にあり価格競争力も高かったものと思われる。

当時は円が安いレートで固定されていたため国際競争力が高かった。アメリカのニクソン政権は1970年代初頭に日本に圧力をかけて繊維産業の縮小を求めた。沖縄の返還交渉をカードにしたとも言われており「糸を売って縄を買う」と揶揄された。日本政府は田仲角栄通産大臣がが2000億円ほどの予算で救済策を実施した。国内の機械を買い取って企業を救済したのだ。その後、円高が進行すると国内の繊維産業は競争力を失った。

繊維産業衰退を分析する中には、エンドユーザーとのつながりに関する記述はない。三菱総合研究所のレポートで商社の役割が示唆されている程度だ。実際には商社から先にデパートや海外などへのつながりがあり、バリューチェーンが完成するはずだ。

アパレル産業は「趣味趣向」に左右される。であれば、少量多品種を管理して市場のニーズをいち早く掴めばよいように思える。しかし、実際に成功しているのはユニクロのような規模の経済を活かした大量生産・消費型の企業である。

業界内にリーダーシップを持った起業家さえいれば状況は改善するように思えるが、国が主導した「殖産興業」の歴史が長かったので、個人でリスクを取って産業を興そうという気にならなかったのかもしれない。また、改革に必要なシステムも整備されなかったのだろう。

[2015/8/30:書き直し]

Google Recommendation Advertisement