リスク社会を考える為の書籍ガイド-一般化するリスク

1969年の『ドラッカー名著集7 断絶の時代: 7』で、ドラッカーは、グローバル化が進展し政府の役割が限定的になる社会を予想した。情報化の進展もあり、変化は急激に進むだろうが、知的社会と知的労働者が対処するであろうというわけだ。
この頃には既に「複雑性」というものが問題になりかけており、情報の氾濫とが、複雑化の原因になるだろうということは分かっていた。
ドラッカーを読むのはビジネスエリートやマネージャと言った一握りのエリートたちだ。リスクはエリートだけが知っておけばよい知識だった。
1986年の『危険社会 – 新しい近代への道 (叢書・ウニベルシタス)』はドイツの社会学者、ウルリッヒ・ベックの著作。複雑な社会が緊密に結びつき、リスクが蔓延した状態について考察している。
ベックのいうリストとは放射性物質汚染や化学物質汚染だ。こうしたリスク要因は目に見えないので、まずはリスクの正体を確定すべきだと考えている。また、その後に続く著作でも、複雑化したリスク社会は「合理的に」克服する事が可能だと考えているようだ。
ドラッカーとの一番の違いはリスクというものがすでに一部のビジネスエリートたちのものではなく、一般的な庶民が考える必要があるものに変わりつつあったという点だろう。リスクは目に見えないので漠然とした不安をもたらす。チェルノブイリで事故が起きたのが1986年だ。
この時点では金融やグローバル化した経済などが「リスク」になるような事態は想定されていない。その後、EUがヨーロッパを統合する。ベックにはEUの統合について考察した著作もある。
1997年の『イノベーションのジレンマ – 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)』は、巨大企業が見過ごしがちな機会を企業家が捉え、やがて巨大企業を滅ぼす様子を観察した。ここから企業のイノベーション活動は組織が複雑化し、やがて行き詰まりを見せるという一般的な法則を導く。これを避けるためにはどうしたら良いのか、というのが主な研究テーマだ。組織を更新するための起業家や起業家精神のリーダーシップが重要視されている
2013年に出版された『Xイベント 複雑性の罠が世界を崩壊させる』は、発生の確率は低いものの、いったん起こると大きな影響力があるイベントを羅列した本。これだけを読むと煽動的な本に見える。
この本は複雑さを増した社会や組織がより単純な社会に接した時に起こる壊滅的な変化についての言及がある。本の中では、複雑になったアラブ圏の政府が、単純な社会構造を持つ民衆によって倒される例が引き合いに出されている。
Xイベントは事前に予測することができない。著者はこれをシミュレーションで予測できるようにしようとしているらしい。また、破壊は形状に組み入れられているので、個々人がどのように行動するのかということは、形状の変化とは何の関係もない。つまり、崩れる時には崩れるのであって、個人の合理的な意志で防ぐ事はできない。これが、ベックやドラッカーと全く異なる点である。
複雑性についての議論が多いので、予め複雑性について書いた著作を読んでおくのがよいかもしれない。バラバシの『新ネットワーク思考 – 世界のしくみを読み解く』や『バースト! 人間行動を支配するパターン』などがある。
自由主義経済は「神の見えざる手」という実際にはないかもしれない自動調整機構に頼っている。結びつきが緊密になり情報が氾濫すると、こうした調整機構がうまく働かなくなる。もしくは、複雑化しすぎたものが自壊して単純なものに立ち返る過程そのものが「見えざる手」なのではないかと思えてくる。
一部の専門家が取り扱えばよかったリスクという概念や用語も一般化し普通の人々がリスクについて考えなければならないというような状況になっている。

不安を軽減する為にはどうしたら良いか

リスクや不安には様々なものがある。実際起こっているものと将来不安は分けて考える必要がある。
すでに危険な状態に陥っているものを「カタストロフ」と呼ぶ。カタストロフには自力で対処可能なものとそうでないものがある。対処できない場合には逡巡せずに「火事だ!」と大声で助けを求めるべきだろう。
リスク分析は重要でかつ難しい。例えば、民主党政権は福島第一原子力発電所が爆発事故を起こした時「訴訟」が政権にとって大きなリスクになると考えたようだ。ところがこの事で初動が遅れ問題をこじらせた。「直ちに健康被害はない」などと繰り返したため、政権の問題解決能力に決定的な疑問符が付くことになり政権を失った。
彼らは「リスク」と「対処すべき問題」の切り分けを決定的に間違えてた。リスク対処に当たっては感情も大きな要素になるのだが、あの「直ちに…」という弁護士的な発言で、民主党は国民の痛みが分からない冷たい政党だと気がついた人も多かったのではないかと思う。もともとは天災由来なのだから「一緒に危機を乗り越えよう」と言い、情報開示していれば状況はかなり違ったかもしれない。
さて、対処すべき問題が分かったら、今度は問題にアプローチする為のモデルを明確にすべきである。それぞれのモデルには前提となる「合理的な前提」がある。モデルには前提があるのだから、限界もある。
複数モデルを不用意に混ぜると前提条件が不明瞭になる。
例えば、マネタリズムのモデルではデフレからの脱却が可能だが、そのあとに人々が経済参加する意欲を取戻すかどうかは分からない。マネタリズムのモデルには意欲というパラメータはなく、アクターはただ「合理的に行動することが期待されている」からだ。
自民党政権は「市場に意欲があることを前提とした自由主義的な政策」と「国家が最低限の暮らしを保証してくれるだろう」という社会主義的な政策を混合した政策モデルを持っているようだ。国民は常に不安を抱えている状態なので、新自由主義的な政策が効果を発揮しないうちに、社会主義的な政策を取って、効能を半減させるのではないかという点が懸念されている。危機の後に安心を提示してしまうと意欲が削がれる。効果が実感できない国民はさらに不安になり、消費を冷え込ませる。
リスク回避のためにもっとも扱いにくい要素は感情だ。不安により消費行動や起業意欲が抑制される場合があり、いくら「合理的な説明」を加えても思い通りに動いて貰えない場合がある。
解決崎を受け入れてもらうためには感情が非常に大きな要素になる。つまり、コミットメントや情熱といった非合理なものが、実は分析やソリューションそのものよりも重要な場合がある。

物事を単純化してもリスクは消え去らない

文明は困窮を充足に、危険を安全に置き換える試みだった。個人のがんばりが重要だということになり、自由主義が生まれた。自由主義では、所有の自由、チャンスの平等、安定的継続的な市場などが重要だと考えられている。危険を安全に変えるために作られたのが社会主義的なアプローチだった。できるだけ大きな枠組みでリスクを保障するという仕組みがとられた。
ところが、どんなにがんばっても危険(リスク)はなくせなかった。『危険社会 – 新しい近代への道 (叢書・ウニベルシタス)』は増大するリスクによって、結局世界は緊密につながらざるを得なくなり、逃げ場がなくなったと指摘している。ベックの指摘する危険には放射能汚染や化学物質に汚染される食品などがある。情報が取りやすくなると、却って不安を意識することが多くなり、。リスクの扱いに困るたびにリスクを保証する枠組みは大きくなった。『危険社会』が書かれたころには、緊密に連結された金融市場はまだ登場していなかった。つまり、リスクは増え続けている。
日本ではリスクを世代間で負担しようとして年金問題という時限爆弾を抱えることになった。ヨーロッパでは国家間が協力する事でリスクを管理しようとしたのだが、キプロスやギリシャなどの周辺国で問題が発生した。ベックは最近の著作で、ギリシャの命運をドイツの国民が決めることになったことで「民主主義そのものが危機に陥っている」と言っている。財政が破綻したギリシャの議会には自分たちの運命を決める権限がなく、実際に決定しているのはベルリンとブリュッセルだからだ。
民主主義はリスクを持て余しつつある。国家でさえリスクを持て余しているのだから、個人はほとんど「リスクに飲み込まれている」と言っても良い。リスクは国家の枠組みを越えつつある。
ドラッカーは『ドラッカー名著集7 断絶の時代』の中で、グローバルに結びついた経済、新しいイノベーションによって急速に変わる世界、脱中央集権した組織、知識中心主義などの概念を用いて未来を予想した。当時は新しかった理想はアメリカの覇権の元で実現するかに見えた。ところが最近ではこうした変化そのものが「リスク」だと捉えられているようにも見える。(『断絶の時代』についてのダイヤモンド社の提供する概要はこちら
アメリカ人は、こうした問題を解決する為に文化的な背景を無視して「ユニバーサルな」解決策を提示しようとした。『Crazy like US』という著作では鬱病についてのアメリカ流のアプローチが紹介されている。
日本はもともと憂いを文化に取り込むことで「鬱状態」に対処していた。ここに「心の風邪だから薬を飲もう」というソリューションが登場したことで、却って鬱病が病気になってしまった。鬱病の薬が有効性があるかという点には議論があるそうだ。
こうした流れは全て「グローバリゼーション」と呼ばれて、新自由主義と同じように嫌われている。これは「文化の違い」という複雑なものを単純化しようとした結果、却って状況を悪化させたのだと考えることもできる。

経済活動のリスクは誰が負担すべきか

大きな絵が欲しくなり、ウルリッヒ・ベックの小冊子をぱらぱらとめくった。「リスク社会」という概念について書いており、ベックは、ドイツ一国が強くなってしまった現状を分析しつつ、このままヨーロッパの理想を追求すべきだと言っている。その主張は、どことなく超然としている。
「ヨーロッパの若者に仕事がないこと」と「リスク社会」がどのように関係しているのかは分からないが、人々がリスクを回避しようとすればするほど社会への依存度が増すということはわかる。それは国家社会主義を越えて、EUのような領域社会主義へと至る。さらにグローバル社会主義のように緊密に絡み合った体制に移行するだろう。すると皮肉なことに、一人ひとりの役割が限定されてしまう。
現実は不愉快だが、構造は面白い。自由主義の人たちは、活力を得る為に「私利私欲」を肯定し有効に活用しようと考える。ところが、その行き過ぎたやり方はリスクを生み、個別のリスクは全体へと付け回しされる。すると、それは「グローバル社会主義」への望みを拡大させる。リスクが巨大で一カ国だけではとても賄いきれないからだ。すると、自由主義は押し込められ、やがて反動が増す。以下、この繰り返しではないか。
経済学者の池田信夫は原子力発電所は合理的な選択だと考えている。福島第一発電所のような事故は100年に1度しか起こらず、年あたりの事故処理コストは無視できるという。だから無視しても構わない、というのが議論の筋だ。
だが、サブプライムローンで分かったように、無視できるコストを切り刻んで処理をすると、結局計算外の大きなコストが発生する危険が生まれる。池田信夫は思想家というより、旧来の経営者たちのポジションを代弁しているだけなのだろう。つまり「儲けて何が悪い」という人たちだ。
原発の場合には、国家的あるいは国際的な保証のスキームを作らない限り受け入れは不可能だろう。つまり日常の儲けのために、誰がそうした保障システムのコストを負担するのかという問題が出てくる。
この負担について考えているエッセーを見つけた。内田樹の『五輪招致について』では東京五輪招致のような「私利私欲」と「アジアとの付き合い」や「福島事故の処理」などの問題を対置させて安倍政権を批判している。内田は「どれくらい儲かるかを計算する事=金儲け」を否定的に捉えている。儲けは一部の人たちの手に入り、一方で大衆はコストばかりを押し付けられるという前提があるのだろう。
だが、内田の議論『五輪招致について』は「新自由主義」と「ゆきすぎた社会主義」の対立を、「金儲け」と「文化的成熟」に置き換えているので分かりにくくなっている。
いずれにせよ、企業の儲けの受益者とリスク負担について考えない限り、この問題は収束しないだろう。

TPPについて考える前に「世界経済」についておさらいしてみてはいかがですか?

TPPについて考えるべきポイントはいくつかある。実際には農業も大きなファクターなのだが、今回は除外した。農産物のだぶつきにより価格が低迷し、その後の飢饉で農家が壊滅的な打撃を受けるということがなんどか起こっている。

  • ヨーロッパの戦争と戦間の平和な時期が景気の循環を作っている。それを次第にアメリカ合衆国が引き継いだ。戦争は次第に大きくなり、最終的に世界大戦に拡大した。戦争は破壊をもたらし、その後の需用を喚起する。しかし行き過ぎた需要喚起は在庫のだぶつきを招く。ただし、内戦や恒常的に続く戦争は需要喚起には役立たず、単に経済を悪化させる。
  • 戦後の安定期に蓄積された富が投資先を失い、一つの分野に殺到するとバブルが起きる。これが破裂すると金融システムが不安定化する。しかしその影響は、先進国と新興国で全く異なっている。
  • 経済に自信がある国は自由貿易を指向する。場合によっては周辺国を恫喝したりして、自由貿易に引き入れる事がある。しかし、それはやがて「周辺の」後発諸国から反発を受け、ブロック経済化をもたらす。
  • 理念と現実の間にはタイムラグがある。ときに深刻な状態をもたらす。
  • 100x100アメリカは過去の記憶から自由貿易に自信を持っているようだが、実際には赤字が累積している。逆に日本は過去に製品貿易では黒字を出している。つまり、自由貿易が拡大するとこの不均衡も再拡大する可能性がある。これはアメリカには不利だ。日本人の貯蓄がアメリカに吸い取られるのではないかという懸念もあるが、貯蓄の所有権が変わる訳ではないので、却って貸し手である日本への依存度が高まることが予想される。また過去の実績としては2000年の大規模小売店舗立地法(新大店法)がある。アメリカの圧力によるものとされており、実際に外資系小売りが市場参入したが選り好みが激しく、高い(ときには過剰な)サービスを期待する日本人の消費者は外資系小売りを受け入れなかった。だから、アメリカがどうして自由貿易を推進したがるのか良くわからない。例えば、アメリカは公共事業や政府調達から外国製品を排除しようとしている(バイ・アメリカ法)のような保護主義的な動きもある。つまり、アメリカには保護主義と自由主義の2つの流れが存在する。自由貿易主義が行き詰れば、選挙による政権交代が起こるだろう。

イギリスが自由貿易を指向 – 非公式帝国を作り上げる

フランス革命の後、ナポレオンが出現し、ヨーロッパは全面戦争に入った。戦費出費で疲弊したイギリスのポンドが暴落する。ポンドの暴落を防ぐ為に1816年にイギリスは金本位制に移行した。しばらくイギリスの銀行は混乱するが、ロバート・ピール内閣のもとで銀行法が成立し、イングランド銀行が中央銀行となった結果安定する。
ナポレオン戦争後、ウィーン体制の元でヨーロッパは安定する。長期的に見ると民族主義や自由主義運動を押さえきることはできなかったが、それでもフランス革命以前の安定した状態が戻ってきた。
イギリスはビクトリア女王の時代に入り、イギリスは自由貿易主義を採用した。主要な輸出品目は綿織物や鉄鋼などだった。各地の関税を引き下げて、軍事力を背景に港を確保した。当初、イギリスは中国に対して貿易赤字を抱えていたが、アヘンを売り込む事で貿易不均衡を解消する。その後「麻薬を売り込むな」と主張した清に対して戦争を仕掛け、逆に中国の一部に権益を確保した。1838年にトルコ=イギリス通商条約が結ばれ、既に弱体化していたトルコの市場がイギリスに解放される。このような「自由貿易」の結果イギリスは繁栄し、中間層や富裕層が生まれる。
好景気を背景にして、農業が好調となり工業生産も急増した。また、ヨーロッパ各地では人口が増え始めた。ロイターのこの記事ではこれを第一次グローバリゼーションと呼んでいるようだ。つまり現代のグローバル化は第二次だ。

約50年で経済が過熱し、その後で大不況に

しかし、好調は長くは続かなかった。1848年にヨーロッパ各地で革命が起こる。19世紀の後半になると供給が過剰になり、農産物や工業製品の価格が値崩れして大不況が起こる。不況のあおりで資金需用が低迷し、英国債の利回りが低下する。イギリスからの借り入れに依存するようになっていたオスマントルコはこの時に財政破綻した。余剰資金は海外に流れ出した。例えば、新興国のアルゼンチンは好景気に湧いた。
自由貿易は徐々にブロック経済化に向かい、アジアやアフリカに各国の経済圏が作られるようになった。日本はこのころ開国した。ドイツは統一に向かうが植民地獲得戦争には乗り遅れた。結局、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、トルコは第一次世界大戦を起こして、西のイギリス、フランス、東のロシア帝国と対抗することになる。第一次世界大戦は1914年に始まって1919年に終った。

第一次世界大戦・アメリカの好景気・大恐慌

20世紀の初頭にはアメリカで好景気が起きていた。アルゼンチンは引き続き好調で、アメリカ合衆国も順調だった。第一次世界大戦向けの輸出が好調であり、重工業への投資も順調だった。株式市場も過熱した。第一次世界大戦後はヨーロッパの工場が破壊されたせいで、アメリカ合衆国の比較優位は拡大する。
実際には在庫が積み上がっていたにも関わらず、投資は過熱しつづけた。結局、1929年に株価が暴落した。これが大恐慌だ。各国に影響があったが、当時世界第五位の富裕国だったアルゼンチン経済はここで破綻した。モノカルチャと呼ばれる極度の農業依存であり補完産業がなかった。また資金供給を外国に依存していたことも崩壊を招いた原因だった。
金本位制から離脱する国が増え、ブロック経済化が進んだ。戦後補償で追い込まれたドイツは、大恐慌が最後の一押しとなり、憲法が停止されて狂人が国を支配することになった。麻生太郎さんが「真似をしてみては」と言っているのがこの時の状況だ。日本は中国大陸に遅れて進出したが、経済的な包囲網を敷かれて追い込まれた結果、第二次世界大戦に突入した。

第二次世界大戦・戦後体制・アメリカの貿易不均衡

結局、第二次世界大戦で日本は敗戦したが、その後海外からの資金調達を受けて復興して再建を果たした。各国の海外植民地は独立を果たし、ブロック経済は自然消滅した。ドイツと日本は経済が好調になり、投機が殺到する。両国はドルを買い支えて暴落を防ごうとしたが、支えきれなくなる。またアメリカでは1970年に不況が始まり、歳出が増大した。財政支出の増大が予想されることから、アメリカは1971年に金本位体制を停止した。これをニクソンショックと呼ぶ。しかし、その後もアメリカの財政赤字は増え続けた。一方、日本では外資によるバブルは起こらなかったが、国内の資金の行き場が土地などの資産に向い大幅なバブルを引き起こした。1980年代半ばから1991年まで続いた。これが弾けて以降、失われた20年と呼ばれるようになる。

共産圏の自由経済圏復帰と新興国経済

一方、ソ連が1991年に崩壊し、自由主義経済ブロックに復帰した。中国も「改革開放路線」で国内市場を開放したために急激な成長が起きた。まず1980年に特区が作られ、次第に拡大した。インド経済も徐々に市場開放を進めており、最近では「総合小売りが解放される」ことがニュースになったばかりだ。このような経済を「新興国経済」と呼んでいる。ブラジルも資金が少ない新興国だが、1993年に2500%のインフレを記録した後、高度成長に転換した。これらの国をまとめてBRICSと呼んでいる。
これまでの流れを概観すると、日本、アメリカ、ヨーロッパの金融市場不調よりも、新興国由来の金融パニックの方が「時代の区切り線」にはふさわしい。しかし、今のところその兆候はない。

麻生さんの失言について考える

麻生さんが「ナチに学んで憲法をこっそり改憲せよ」と主張したというニュースを聞いたときには、たいして驚かなかった。「ああ、またか」と思ったからだ。
この問題で検索したところ、BBCの記事が見つかった。BBCは日本の副首相麻生太郎がナチコメントを撤回と題する記事の冒頭で「月曜日には、副首相の麻生氏は平和憲法を変えるためにはナチのテクニックに学ぶべきだと主張し、木曜日に撤回した」と書いている。確かに間違いではないが、平和憲法とナチを引き合いに出す事で、あるニュアンスを与えている。そのあとご丁寧にも「ナチが憲法を停止したのは非常事態下でのことだ」という解説を加えた。つまり「日本の政治家はヨーロッパの歴史なんか知らないのだろう」というイメージも持たせてある。
ノーマン・デービスの『ヨーロッパ』によると、第一次世界大戦の賠償で疲弊したドイツ経済は大恐慌で完全に混乱状態に陥った。議会は長らく少数分裂状態が続いており、多数派を形成できなかった。そんな中登場したのがヒトラーだ。ヒトラーは国民を「説得」し、複雑さに耐えかねた国民はそれを受け入れる。大統領も最初はヒトラーを利用して混乱状態を切り抜けようとしていた。結果的に、憲法は停止され、ドイツは暴走を始めた。ワイマール憲法自体は改訂されなかったので、第二次世界大戦に負けるまで存続した。
ただし「複雑さに耐えかねた」のはドイツだけではなかった。ロシアでは共産主義が台頭し、イタリアとスペインにはファシスト政党が出現した。自分たちだけが科学的だと信じ、敵を設定して、国内の不純物を除去しようとした。また、どの政権も目的を達成するためには暴力的な手段の行使もいとわなかった。
だから麻生さんの発言に従って、ナチを手本にするなら、憲法改正などというまどろっこしい手段は取らないで、自民党に全権を渡すように大衆を煽動すべきだということになる。
自民党の幹部たちが本音ではどう思っているかは知る由もないのだが、表向きは麻生さんの親切な提案には乗らなかったようだ。ご本人たちは意識していないようだが、自民党政権が「複雑さに耐えかねて」いるという点は似ている。麻生さんの発言を読むと「静かにやりたい」という点が強調されており、静かにならないのは、野党やマスコミが騒ぎすぎるからだということになっている。安倍首相は衆議院・参議院選挙を通じて「国会がねじれているから」(つまり状況が複雑だから) 問題が解決できないと主張し、概ね受け入れられた。
100x100自民党とナチス党や共産党との違いは、自民党が「<理論的>で<科学的>な理論の整備」を行っていないところだ。また、国民が感情的に追い込まれていないという点にも違いがある。さらに情報環境の違いもある。現代の情報環境は雲の巣状になっていて、誰か一人が煽動しても必ずチェック機能が働いてしまう。
麻生さんの発言自体は「無邪気」なものなのだろう。彼が一人で考えた物語だ。中にはかなり危険な思想も含まれるが、それは「暴れた馬を乗りこなす」ような喜びにあふれているのかもしれない。そして思いついた話を誰かに聞かせたくてたまらない。
個人で着想しているぶんには何を考えても構わない。危険な発想も面白いかもしれない。ところがいったんそれを口にすると、それぞれの受け手が、それぞれの状況で勝手に解釈してしまうので、話がややこしくなる。結果として「静かに改憲したい」と考えた麻生さんが騒ぎを作り出す結果になってしまった。
麻生さんは楽しい人だが、時々中途半端な知識をひけらかし回りをあぜんとさせる。彼は財務大臣と金融担当大臣を兼務しているので、大きな国際会議で世間を騒がせるようなことがあれば、たちまち国債などの価格に影響を与えるだろう。大切な会議の場では官僚たちに押さえられて、お話の才能が発揮できないとイライラを募らせていたのかもしれない。エンターティナーとしての才能をいかんなく発揮していただきたいところではあるが、できれば飯塚あたりで小説家になっていただいた方がよいのではないだろうか。
しかし、この議論が無駄だったということにはならない。我々がこの一連の議論から学んだことはいくつもある。国家権力は、国民に制限されることなく自由に国家権力を行使したいと考えるようになるという点。そうした権力の暴走から国民を守るのが憲法だという点。さらに、日本人はそのような憲法を自分たちだけで作れなかったということだ。今回さらに、国会が混乱すると複雑さに耐えかねた国民が「憲法を停止してもよい」と容認することもある(時事ドットコム「民主政体でなぜ独裁?」)という点を学んだ。
その点では自民党というのは「憲法のありがたさ」と「合意形成の大切さ」を教えてくれる立派な教師のようなものだといえなくもない。

不景気と失われた20年の歴史

ふと思い立って「不景気の歴史」を時系列で並べてみることにした。基本的にはアメリカで貿易不均衡がありそのバランスを取る為に各国にしわ寄せが来るという形になっている。






一方で、多くの国が基軸通貨国アメリカに依存しており、この体制からぬけだすことができない。2013年現在、アメリカ連邦政府は法律で定められたぎりぎりまで借金をしている。プラザ合意のような国際協調が再び行われるかもしれないが、ヨーロッパにも日本にもそのような余裕はない。

合わせて、派遣法やサラリーマンの給与についても書いた。派遣法は景気が良いときに改訂されている。

給与の水準の変化は政権交代と大きく関係がある。つまり、このまま低水準で平均給与が変わらなければ政権交代にまでは発展しないかもしれないが、下がれば政治の不安定化を招くだろう。また、給与水準の変化は、日本の政策というよりは海外の需用の変化に影響を受けている。つまり、海外の不調は直接日本の政権を揺さぶるのである。

一方で新しい不安要因もある。それが少子高齢化だ。1997年をピークに労働人口は減少に転じた。これを解決する為には労働・生産人口を増やす必要があるのだが、具体的な策を論じる人は少ない。

プラザ合意を経て円高不況

1985年のプラザ合意でドルの価格が235円から150円台にまで急激に下落し、日本の製造業は不況に陥った。背景には日米の貿易不均衡があった。日本では所得税減税などが起こり、余剰資金が土地に流れた。日本から見たアメリカの土地の価格も値下がりしたために、アメリカの資産を買う動きも起きた。

資産バブル(日本)

1986年〜1991年。強い円を背景にしてバブルが起こる。ちなみに最初の派遣法ができたのは1986年、バブルの最初の年にあたる。1987年まで中曽根政権だった。バブル崩壊の直接のきっかけは、大蔵省の「土地関連融資の抑制について」だとされる。バブル崩壊の後「非自民」の連立で細川政権が誕生した。バブル崩壊の後1993年まで宮沢内閣。

また非正規労働者という言葉が一般的ではなく、労働調整は「リストラ」を中心に行われた。

IMF危機(韓国)・アジア通貨危機

1997年からアジア各国で通貨危機が起こる。震源地はタイで、1997年7月だった。アメリカのヘッジファンドの空売りが原因とされる。急速な経済成長を背景に海外から資金が流れ込んでいた。韓国はIMFに支援を要請し、代わりに構造改革と経済の自由化を受け入れた。労働市場改革なども含まれる。タイ、インドネシアでも通貨が下落しIMF管理体制に入った。

日本の給与のピークは1997年。バブルが終ってもしばらくは平均給与は上がり続けていたらしい。終身雇用の為、業績に関係なく給与は上がり続けている。名目GDPもこのころまでは上がり続けている。つまり、資産バブルが崩壊して、日本の経済が低迷したというのは正しくない印象のようだ。1997年からGDPデフレータは下落を続けており、今も改善されていない。

GDPデフレータと消費者物価の間には無視できないずれがある。消費者物価指数には企業の設備投資などが含まれていない。例えばIT関連の設備は性能が大幅に上がっても価格が下がるというようなことが起こる。つまり、企業の設備投資の主役が工場からIT設備に移ると、景気に与えるプラスの影響も小さくなるというわけだ。

なぜ「デフレ」が進行しているのかという点を国際状況のみからは説明できない。強いて挙げるとすれば、労働人口の減少だ。1997年ごろが労働人口のピークになっている。その後、安定状態を経て2002年ごろから減り始めた。年金生活に入れば支出を抑えるのは当然だ。

加えて、男性の正社員が減少し、それを女性(男性に比べると平均給与が低い)やパートなどに置き換わって行く。すると国内市場が冷え込み、さらに給与が下がって行くというスパイラルがあることが考えられる。すると子育てがしにくくなり、さらに少子化に拍車がかかる。また、若年層も生涯給与の伸びが期待できないため、生活水準を抑えてしまうといったことが考えられる。ただし、1997年の時点では非正規雇用は限定的で、専門分野に限られていた。

インターネットバブル

1990年代末期から2000年まで。IT企業への投資熱が高まる。日本ではIT景気とも言われる。エンロンやワールドコムの粉飾決算が問題になり、その後の企業倫理向上への関心が高まることになった。エンロンは1980年代から粉飾会計に手を染めていたとされている。

2001年から小泉政権。

BRICs

2001年に次世代の経済を牽引する国として挙げられた、ブラジル、ロシア、インド、中国を指す。ゴールドマンサックスが使い始めた。2011年には南アフリカが加入した。中国は2002年ころから経済成長期に入った。

住宅資産バブル(アメリカ)

2003年ころ。2005〜2006年ころにピークを迎えた。アメリカでは住宅の価値が値上がりするので、転売するたびに資産が増えた。住宅の価格も担保にしてお金を借りることができたために、消費が活発だった。

アメリカや中国の景気が好調なのを背景に日本の名目GDPは少し持ち直した。しかし平均給与は減り続ける。2004年に派遣法が改正されて、製造業の派遣が認められるようになった。背景には中国とアメリカの好調な需要があったのだから、派遣法の改正は、人材をリストラするために行なわれたのではなく、供給する為に行われたのだということになる。

日本の景気は持ち直したものの、実感なき好景気などと言われた。また、団塊の世代が定年を迎え、生産人口が減少し始める。

Next Eleven

2005年にゴールドマンサックスが使い始めた用語。韓国、バングラデシュ、エジプト、インドネシア、イラン、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、トルコ、ベトナム、メキシコを指す。

2006年9月まで小泉政権。そのあと、安倍、福田、麻生と一年ごとに政権が変わる。2007年のサブプライムローン危機を受けて景気が悪化したためだ。企業の儲けは給与に反映されなかったが、景気が悪化すると給与が急速に下がった。この時点では失業率の悪化にはつながらず、失業率が悪化するのは2008年ころからだった。ワーキングプアという言葉は『ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない』(2006年7月23日)ごろから注目された。

サブプライムローン危機

2007年ころから住宅価格よりもローン残高の方が割高になり、住宅を手放す人が増えた。いったん住宅市場が冷え込むとローン利率が跳ね上がり状況を悪化させた。しかし、住宅を差し押さえても銀行はローン金額を回収できない。金融市場は複雑な金融工学の上に成り立っており、クレジットデフォルトスワップ(CDS)などの金融商品の格付けも信頼できなくなった。

このころから日本の名目GDPは落ち込み始め、それが給与の減りに直結した。こうした不満が自民党の政権交代の直接のきっかけになっているものと思われる。これがリーマンショックにつながり、ヨーロッパに飛び火したことが2013年現在の状況につながっている。高い成長率を維持したのは中国のみだった。

リーマンショック

2008年9月15日に、リーマンブラザーズが破綻した。2007年にサブプライムローンが不良債権化したことが発端になっている。このころからPIIGSという言葉が使われるようになった。統合されたEUでは国単位での財政規律が問題になり、ユーロの信用を大きく毀損した。ヨーロッパでは若年層の雇用問題が深刻化し、今も収まっていない。

この時にQE1が始まり、2010年まで続いた。その後、2010年11月からQE2が開始され2011年まで続く。QE3は2012年9月に開始された。市場から住宅ローン担保証券(MBS)などを買い取って、大量にドルを供給した。このため、ドルが安い状態(すなわち円が高い状態)が継続することになる。アメリカの失業率は思ったほど改善しておらず、政府は限度額ぎりぎりまで借金をしている。このために強制的な財政赤字の削減が予想される。

ちなみに日本の給与の底は2009年。この後、わずかながら上昇していた。衆議院選挙の結果民主党が政権をとったのもこの年。マニフェストが流行語となり、国政も冷静に「エンジニアリング」すれば刷新できるものと信じられていたが、約束は実行されなかった。

欧州ソブリン危機

2009年にギリシャが財政を粉飾していたことを認め、危機がヨーロッパに広がった。ソブリンリスクとは国家がデフォルト(つまり倒産)してしまうリスクを指す。2010年ころから顕在化しはじめ、今に至っても解決していない。

2009年6月1日にゼネラルモーターズが連邦倒産法11章の適用を申請した。

2011年3月11日に東日本大震災が起きた。原発事故の処理にいくらかかるのかは分からず、日本の景気のどのような影響があるのかもよく分かっていない。後の円安の影響もあり、エネルギー調達コストが増大している。

アベノミクスと中国の景気減速

2012年末に安倍首相が発表した金融緩和政策の結果、株価が上がり、極端な円高が是正された。2012年までの不調は「民主党の政策運営が悪かったからだ」と解され、自民党への高い支持率に結びつき、現在に至る。金利の上昇が懸念され、消費者物価(エネルギーと食料)のみが値上げされるのではないかという懸念もある。

同時期に中国経済が減速している。ヨーロッパ経済が不調で輸出が伸び悩んでいるためだと考えられているが、富裕層の預金が地方開発に向かっており、これが回収できない可能性がある。シャドーバンキング問題と呼ばれている。影響は限定的とする専門家とバブルが崩れるのではないかという人で意見が分かれている。

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アシアナ事故と集団思考(グループシンキング)

サンフランシスコ空港でアシアナ機が着陸に失敗した。訓練中の副操縦士が起した事故だと考えられている。このニュースを見ていて、古いケーススタディを思い出した人も多いのではないかと思う。グループシンキングで良く用いられる教材である。
伝統的な韓国社会には上下の区別が厳しく存在する。目上の人に対しては絶対服従であって、意見が違う事は許されない。例えば副操縦士が異状に気づいていたとしても、操縦士が大丈夫だと思っていれば、おいそれとは意義を唱えられない。そもそも、教官が大丈夫だと言っているのだからと、違和感すら覚えないかもしれない。
ウォールストリートジャーナルの記事はこう指摘する。

調査官は、対気速度が危険なほどに下がった場合に発せられる、操縦室のさまざまな警告システムに、なぜパイロットたちが反応できなかったのか、その理由を問いただしている。そうした警告システムは、視覚的にも聴覚的にもはっきりとした警報を出すように設計されている。

少なくとも副操縦士以下は、その機の中で一番偉い機長が疑問を呈するまで「警告システムが」と指摘できなかった可能性があることになる。このように集団が明らかな危険性をなぜか見逃してしまうことを「グループシンキング(集団思考)」という。国際感覚に長けたパイロットに文化的バイアスなどなさそうだが、ウォールストリートジャーナルの別の記事はこう指摘する。

サンフランシスコ国際空港での韓国アシアナ航空機事故について、米事故調査当局は8日から、原因究明のため同機のパイロットに対し事情聴取を続けている。しかし関係筋によれば、英語力に限界があるため、聴取が順調に進んでいないという。

ポイントとなるのは、調査をしているのはアメリカ人だという点だ。アメリカ人は「個人が判断して言うべき事は言うべきだ」と教育されるため「みんなが死ぬかもしれないのに意義を唱えない」というような可能性自体が理解できないかもしれない。また、韓国人はアメリカ人に対して「恥ずかしさ」を覚えるかもしれない。いわば身内の恥と考えられる為に、問題などなかったと主張するかもしれないのだ。
母国語であればぼかしながら伝えられる問題も、英語だとうまく伝えられないだろう。NTSB側は慎重に事を進める構えのようだが、面子を重んじるアシアナ航空側がどのような対応を取るかは分からない。「管理には問題はなく、すべて機長の問題だ」と主張している。
このような書き方をすると、必ず「だから韓国人は…」と揶揄するような反応が出てくる。ネット上では「正しい態度」なのかもしれないが、マネジメントを学ぶ上では「正しい」態度とはいえない。
日本人にも意識しない文化的な特徴がある。例えば先生に指名されるまで自分の意見を言わないとか、周囲の空気を読みながら許容されることだけを話すというような態度は、世界的に通用するとは言えない。原子力発電所の問題も記憶に新しい。不確定な事柄に対して、身内でかばい合っているうちに、最悪の可能性が指摘できなくなってしまった。現在では逆のバイアスが働いている。いったん「大丈夫だ」と認めてしまうと同様のことが起きることが容易に予測できるために、何も認められなくなってしまった。誰も、全ての責任を取りたくない。
他国の文化を笑ってばかりいると自分たちの持っているバイアスに気がつく事ができない。
100x100日本人でも外国人の部下を持つ可能性が出てきた。例えば韓国人の部下は日本人の上司に対しても、全ての規範を提示してくれるものと期待する可能性がある。日本人はグループ内の調和を重要視するので、部下に意見を聞く。この態度が「上司としての責任を放棄している」と取られかねないのである。ここに意見をはっきりと伝えるアメリカ人の部下などが加わると、さらに状況はややこしくなるだろう。
いずれにせよこの事故は、何がグループシンキングを引き起こし、どうしたら防げるのかということを考える上でよいきっかけを与えてくれるものと思われる。今後の成り行きを注目したい。

アパレル産業の概況をまとめる

Facebookのタイムラインに「バナー広告は終った」とか「SNSは危ない」というような書き込みが見られるようになった。これに反論したいのだが、そのままでは言葉が通じない。それぞれの業界には特有の用語と事情があり、通訳しないと話が通じないからだ。なぜ、このような状況が生まれたかというと、やはり終身雇用制の影響が大きいのではないかと思う。
ここでは「アパレル産業」を例にとって、この業界を理解するところから始めたい。できれば直接話ができるとうれしいのだが、コンタクトもないので、本で調べることにする。事実誤認などがあれば、お知らせいただきたい。

アパレルの特徴

特定業界の情報は『会社四季報 業界地図 2013年版』などを読むと簡単に手に入る。また、専門雑誌にも参考にできるものがある。
アパレル産業にはいくつかの特徴がある。衣食住の一つである衣料品は生活必需品だ。その市場規模は8.9兆円(2010年:矢野経済研究所)だそうだ。そのうちカジュアル衣料は1兆円強(日経MJ)の市場規模があるそうだ。繊維産業は軽工業に分類される。設備投資が比較的安価であり、参入がしやすい。結果、独占や寡占といった状況が作られにくく、ユニクロ(ファーストリテーリング全体で年間8,200億円の売上があるが、海外の売上を含んでいるはずだ)が登場するまでは、上位でも数パーセントのシェアしかなかったそうだ。また「流行」や「ブランドイメージ」の存在があり、情報が売上げに大きなインパクトを与える。つまり、製造業と情報産業という二つの側面を持っていることになる。

それぞれの停滞

近年、アパルレ産業はいくつかの理由で停滞しているが、その停滞の様子は語り手によって大きく異なる。第一の停滞は繊維産業の停滞だ。第二次世界大戦前の日本は軽工業が盛んな国だったので、産業育成は国が主導して行われていた。戦後、重工業が盛んになるとその調整力は失われしまった。縫製などの一部工程が中国に流れ、製造業としてのシステムが分断される。アパレル産業の一部で、中国や韓国を敵対視するような意見が聞かれるのはそのためではないかと思われる。
次に、デパートの優位が崩れつつある。代わりに台頭しつつあるのが、専門店、アウトレット、e-commerceなどである。かつては、デパートとジーンズカジュアル店が住み分けていたのだが、ジーンズショップはセレクトショップやユニクロなどのSPAに取って代わられつつある。つまり、ジーンズからカジュアルという変化が起きたようだ。デパートは特定のアパレルメーカーとのつながりを持っているので、関連する会社全体が不況観を持つようになる。
第三の停滞はセールが常態化したことだろう。かつて何らかの形で存在した「レギュレータ」が壊れてしまったのではないかと考えられる。かつては、デパートが主体になって時期を調整していたのではないかと思われるが、これに関する資料は見つからなかった。
総論すると産業内調整力のなさが問題だ。産業内調整が利かないのは、新規参入が容易く、業界を支配するようなプレイヤーが現れないからだと考えられる。
価格が低位で推移するようになった理由は消費者側にあるのだろう。将来が不安であり、可処分所得が少なくなってしまったからだ。最後にブランドセールスを支えたのはパラサイトシングルと呼ばれる人たちだった。インポート品の売上げは、2005年には1兆2,000億円あったのだが、リーマンショックの影響もあり、7,700億円まで減少してしまった。若年シングル層の多くが非正規雇用化していることを考えると、大衆がブランド品を買い支えるというようなことはしばらく起きそうにない。また、消費の主眼が「モノ」から、イベントや関係性の構築という「コト」に移りつつあるのだという観測もある。
セールが濫用されるのには別の理由もありそうだ。もともとアパレル産業は寡占が起きにくいので、メーカーが価格やトレンドを発信するのが難しい。ユナイテッドアローズの竹田光広社長は、市場でプレゼンスを持って情報発信するためには、少なくとも1%のシェア(1,000億円)が必要だと言っている。ユナイテッドアローズは業界10位以内の売上げを誇り、決して中小規模ではないにも関わらず、影響力を持つのにぎりぎりの規模だと言っていることになる。アパレルメーカー1社で情報発信ができないのだから、別の存在が情報を制御し、セールを調整していたものと思われる。
すると考えられるのは、テレビや雑誌などのマスメディアかデパートの存在である。雑誌も寡占が起きにくい(新規参入がしやすい)ことを考えると、残るのはデパートとデパート系列の専門店街が産業内の調整者としての役割を果たし、それをテレビや雑誌が増幅していたのではないかと考えられる。つまり、デパートがその地位から転落することで、産業内の調整が利かなくなったものと類推することができる。デパートなどのレギュレータの役割は2つある。1つはセールを調整することで、利益を維持するという機能だ。もう1つは「流行おくれ」を作る事で、過去の流通在庫やタンスの中の衣類の価値をなくしてしまうという機能である。流行おくれがあるからこそ「新しい流行」が成立するわけだが、全てがユニクロ化(ここでは低価格の定番化くらいの意味である)してしまえば、新しい衣類を買う必要はない。
現在ではe-commerce、ユニクロなどの専門店、アウトレットモールと販売チャネルが多様化し、それぞれに集客の手段としてセールを濫用している。本の中には低価格化だけではなく「どれも同じようなものを売るようになってしまった」と「流行の消失」を心配する記述もあった。このような環境は、例えば携帯電話会社や高速通信網の値引きと囲い込みのような状態を生み出す。サービス内容で差違を作る事ができず、値引きが状態化する。
100x100本来なら、価格競争が起こると大手が価格操作の主導権を握ることになるはずだ。中小のプレイヤーは淘汰され、市場を支配することになったプレイヤーが残余利益を享受する。その候補になる大手プレイヤーはユニクロ(ファーストリテイリング)なのだが、今の所、そうしたことは起きていない。もともと、新規参入が容易く、流行というつかみ所のないものに支配されたマーケットだからではないかと考えることができる。また、囲い込みも難しい。携帯電話のように「2年間連続で使ってくれたら、値引きしますよ」というような施策が取れないからである。
であれば、別の方法を使って価格の低下を防がなければならない。「流行を作り出すことによって、陳腐かを防ぐ」という策が考えられる。しかし、調べてみると「何が流行を作っているのか」ということについてはこれといった情報が見つからない。次回は流行について考えたい。

リプリー氏の秘密

誰にでも秘密はある。開けっぴろげに自分のことを何でも話したがるのは下層階級に属している証だ。また、秘密を抱えているからこそ、その人は慎ましく、美しく見えるのだ。有閑階級のコスチュームを忠実にデザインしたアン・ロスの衣装デザインは最高だ。
パトリシア・ハイスミス原作、マット・デイモン主演の『リプリー [DVD]』を見るとそんな感想文が書きたくなる。1999年に作られたこの映画は、誰もが持っている他人になりすましたいという願望とその代償を主題にしている。
以下、あらすじを含むので、これから映画を見たいという方は、お読みいただかない方がよいだろう。
ニューヨークで貧しく暮らしていた「才能あふれる」リプリー氏は、偶然から知り合った大金持ちの父親から、イタリアで放蕩三昧の生活を送る息子を連れ戻して欲しいという依頼を受ける。しかし、イタリアで放蕩息子に惹かれて夢のような時間を過ごす。ところが、その夢のような時間は長くは続かない。途中から関係はぎくしゃくしたものに変わり、遂には口論の末放蕩息子を殺してしまう。リプリー氏はその「才能」をいかんなく発揮し、放蕩息子になりすましてイタリア中を旅行を続ける。途中で悪事が露見しそうになるのだが、父親はリプリー氏が自分の息子を殺したのだということを見抜けず、放蕩息子の財産を彼に与える。いっけん全てが順調に見える。しかし、その代償としてリプリー氏は「ありのまま」の自分を受け入れてくれそうになった愛する男性を殺さざるを得なくなる。リプリー氏は、遂には自分自身を喪失してしまうのだった。
映画だけを見ると「リプリー氏の秘密」は殺人を犯してしまったことであり、その原因になったのは社会に受け入れられることがない「同性愛」という彼の性的指向であると考える事ができる。ところが、話はそんなに単純ではない。
原作を書いたパトリシア・ハイスミスは「同性愛傾向があった女性」だそうだ。つまり、もともとこの話は男性の同性愛者の立場から書かれたものではない。同じ本を原作にした『太陽がいっぱい』というアランドロン主演の映画があるのだが、こちらは「犯罪が露見する」ことが仄めかされて終るのだが、『リプリー』では、犯罪は露見しない。しかし、リプリー氏は自分がやったことを後悔しており、最後は苦悩する場面で終っている。愛している人を殺したのだから当然だ、と見ている方は思う。
このリプリー氏の物語はシリーズ化されている。『死者と踊るリプリー (河出文庫)』まで、計五冊が書かれている。つまり、リプリー氏はその間警察に捕まることもなく、殺人を反省することもなかった。1991年に書かれた『死者と踊る…』でも過去の殺人が露見しそうになるが、結局のところ、殺人が露見しない。
また、リプリー氏は結婚しており、男性の登場人物と恋仲になることもない。つまり、シリーズの間に、同性愛そのものも「たいしたモチーフ」ではなくなっている。『太陽がいっぱい』の分析の中には、あれは同性愛が隠れたモチーフになっているのだというものがあるのだが(実際「映画」にはそのモチーフがあるのかもしれない)それは少なくとも最終作では消えている。
本の中には「ディッキー(最初に殺した放蕩息子)のことは後悔している」と書かれている。つまり、それ以外の殺人にはとくにためらいは見せていないということだ。また、リプリー氏は金持ちの女性と結婚していて、この同居人のような妻は特にリプリー氏に対して憎しみを抱いている様子はない。彼女はストーリーを面白くするためと、リプリー氏に活躍の舞台であるフランスの豪邸を与えるという「機能」がある。
殺人そのものにためらいを見せず、それが露見するかしないかということにドキドキするというのは、いわゆる「サイコパス」の症状だ。ところが、小説の中ではそのサイコパスが罰せられることはない。読者はあろうことか、「殺人がばれませんように」とサイコパス側の気持ちになって、リプリー氏を応援することになる。
映画には、なぜリプリー氏が他人のフリをすることに目覚めるのかという点に対する説明はなかった。そこで、観客は埋め合わせるように「他人への憧れが同一化をうむのだろう」というような想像をする。しかし、これは最初から間違った解釈らしい。そもそもリプリー氏には「ありのままに受け入れてくれる環境」がないか「ありのままの自分」そのものがなさそうだ。だからこそ、相手に自分を重ねて見たてしまったり、受け入れてくれそうになった人を殺そうとしたりというように両極端の態度を取る。距離間が掴めないのだ。
また、それを抑圧すべき「父権」というものも存在しない。映画『リプリー』では、父権的な存在としてグリーンリーフ氏とイタリア警察が出てくるが、どちらも不完全な形で存在している。警察は表面的なことだけを見てまともに事件を検証しようとはしないし、父親は私立探偵を雇って「隠された事実」(実はディッキーにも秘密がある)を知っているのだが、息子であるディッキーに何の同情心も示さないばかりか、最後には重大な事実を見過ごしてしまう。「母権」に至ってはさらに薄弱で、車いすに乗った母親というのが出てくるだけだ。リプリー氏の両親は幼いころに溺死したことになっている。また、舞台はヨーロッパであり、リプリー氏にとっての「落ち着ける故郷」の不在が示される。
「ありのままの自分」や「自己同一性」というものは、最初の他者である「父権と母権」によって支えられているのかもしれない。それがない(あるいは感じられない)と、他者への距離感というものが生まれない。
私達は「本当の自分」というものがあるという前提を生きている。それが「仮面で偽られている」からこそ「ばれるのではないか」と感じる。また「偽らざるを得ない」のは、父権的な権力に抑圧されているからだ。
ところが、ハイスミスのリプリーシリーズには、この論理がない。つまり「本当の自分がないからこそ、誰にでもなれる」わけだが、それではつまらないので「ばれるかもしれない」という危機が訪れる。しかし、抑圧してくるはずの相手は無能なので、結局スリルだけを味わって終わりになってしまうのだ。そして「相手との距離が取れない」ことになるので、相手の存在そのものが脅かされる危機が訪れるのである。
100x100多分「リプリー氏の秘密」とは、「実は、他者がなく、従って自分がない」ということだったのだと思う。『太陽がいっぱい』や「リプリー」ではその辺りがぼやかされていて、適度に感情移入ができるようになっている。
ハイスミスの立場に立ってみると「相手に対して、適当な距離と穏やかな感情を保てない」ことが重大な秘密だったのではないかと思う。殺人に感情を示す「水」が多用されている。また、叱って受け入れてくれる人はいないわけだし、所属先もないわけだから「警察から逃げ切れること」が幸せなのかどうかは分からない。
このように中身が空虚であるからこそ、映画のコスチュームはどれもとても美しく見える。第二次世界大戦後のアメリカ人の有閑階級のコスチュームを勉強するのには最適の映像素材ではないかと思う。適度に洗練されていて、適度にだらしがない。そもそもファッションに理屈や倫理など求めてはいけないのかもしれないとすら思えてくる。